3月15日

2000-03-15 mercredi

るんさんがレコードをずるずるとラックから引き出してる。
去年の暮れにクリスマス・プレゼントでコロンビアのちっちゃいレコードプレイヤーを買ってあげたのだが、それで聴くものを探しているらしい。最近の女子高校生のあいだではふるいアナログレコードを聴くのが先端的な音楽活動のようである。
「おお」
とるんの叫び声がする。
「お父さんのレコード・コレクションて渋いじゃない」
あれこれと選び出して床に並べている。
構わず仕事をしていたら、隣の部屋からとんでもない音がきこえてきた。

♪水の匂いが眩しい通りに/雨に憑かれたひとびとが行き交う

おいおいそれは「12月の雨の日」じゃないの、どこからそんなもの探してきたんだ。
「これいい曲だね」
「これはね、はっぴいえんどのデビューアルバム、通称『ゆでめん』に収録された彼らの初レコーディング曲で、ここから『日本語によるロック』が始まったという歴史的名曲なのだよ。しかし、なんでまたいまごろはっぴいえんどを・・・」
「いま音楽聴いている子はみんな、はっぴいえんど知ってるよ。」
「え゛―!!」
どうやら彼女たちのごひいきの当世のバンドのみなさんが「影響を受けた先人」とか「アマチュアのころコピーしたバンド」とか「カヴァーをしている曲」の中に細野晴臣、大瀧詠一、坂本龍一、井上陽水、忌野清志郎といった方々がおられるようである。「アイドルのアイドル」であるから、るんさん、崇敬の念をこめてレコードを押し戴いている。
るんさんが選び出して床に並べていたレコードは次の通り。

『ベスト・オブ・トラフィック/トラフィック』(これはジャケットがかっこいいからという理由で選んだとのこと。ひさしぶりにスティーヴィー・ウィンウッドの「ペーパー・サン」を聴いた)

『リヴォルヴァー』(この変な人誰?というので「リンゴじゃない」といったら驚いていた。そういえばこのジャケットには隅っこのほうに小さくthe Beatles と書いてあるだけでクラウル・ヴーアマンのイラストで埋め尽くされている)

『パール/ジャニス・ジョプリン』(ジャニス・ジョプリンとジミヘンはいまの高校生にとっても依然として「神さま」であるらしい。ジム・モリソンはどうなっているのだろう)

『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー/YMO』(YMOはるんさんごひいきのテクノバンド、ポリシックスのアイドル。ひさしぶりに『ライディーン』を聴く。)

『浮気なぼくら/YMO』(♪君に胸キュン・・・うう、なつかしい)

『レトロスペクティヴ/バッフォロー・スプリングフィールド』(これはいったいどういう根拠で選んだの? いやー、なんか怪しいバンドだなーと思って。これ誰? 若き日のニール・ヤングさまですがな。はっぴいえんどはこのバンドのコピーバンドとして出発したのだから、いわば『日本語のロック』の直系の祖先なんすよこれが。)

『ホテル・カリフォルニア/イーグルス』(この選択にはあんまり意外性はない)

『ディズレーリ・ギアーズ/クリーム』(Sunshine of your love のギター・リフを聴きながら「これいいね」。そうなのだよ、エリック・クラプトンといえば、これと『レイラ』で決まりだよ)

『ベスト・オブ・モンキーズ』(るんさんはこれがいちばん感動したようであった。「ステッピン・ストーン」をミシェルガンエレファントがカヴァーしたことでモンキーズの名はいちやく女子高校生のあいだに知られてそうであるが、肝心のモンキーズの音源は超レアである。こんなところにあったのね。お父さんて偉い! なんのなんの、ふ・ふ・ふ)

るんさんは気づいていないようだが、私のコレクションの自慢は『ナイアガラ・ムーン』以後の大瀧詠一のアナログをずらりと揃えていることである。『レッツ・オンド・アゲイン』なんか発売当日に買いに走ったのである。CDがどんどん再発されているとはいえ、大瀧詠一のアナログはものによっては何十万円という価格で取り引きされているらしいので、これは超お宝レア・アイテム。
ともあれ(80年代にはゴミ扱いであったが)今時の女子高生からすれば「宝の山」のようなレコード・コレクションるんさんは熱い尊敬の念をこめてみつめておりました。
「ねえ、これ家出るとき、もらっていい?」
「だ・め」