3 Dec

1999-12-03 vendredi

ああ、疲れた。
昨日(木曜)は朝の2限からワークショップ、3限・フランス語初級、4限・専攻ゼミ、5限・20世紀「戦争論の構造」。今朝は1限・語学ゼミ、2限・フランス語初級。昨日から連続6限ですがな。
これはしんどい。さすがに身体がぼろぼろになって「膏肓」(「こうこう」と読むのだよ)がきりきりと痛む。「病膏肓に入る」と昔からよく言うでしょ。膏肓が痛くなると、もうじき「お疲れさん」なのだ。
一番疲れたのが「20世紀」。1年生対象の講義科目なのだが、持ち時間が2回。180分のあいだに「戦争」についてひとまとまりのことを論じるのは容易なことではない。
クラウゼヴィッツから説き起こし、西谷修、多木浩二、加藤典洋、高橋哲哉と、話をすすめて、最後はレヴィナス先生の引用でフィニッシュを決めるはずだったが、時間切れで加藤典洋と村上春樹と大岡昇平の共通点について話しているところでゴング。
しかし、途中で「取り憑かれ」状態になったので、があがあしゃべっていたら最初のうちぐーすか眠っていた学生もみんな目を覚まして、不思議なものでもみるように、教壇で文学の使命とレイテ島の死者と地下鉄サリン事件について論じる私をみつめていた。があがあ。
国民国家=戦争機械=大衆社会を超克する契機はいずこにありや。があがあ。
あ、疲れた。
今日はアッセンブリー・アワーに講堂で、院長、学長ご臨席のもと、大島初江賞と女性学インスティチュートの優秀論文の授賞式があった。4人の受賞者のうち3人が私の「弟子」なのだ。(大島初江賞のごんちゃん、最優秀論文の古田君、優秀論文の梁木君)
私のことを遊んでばかりいるでたらめな教師だと思っている人がいるかもしれないけれど、それは大きな間違いである。私は教育にも(それなりに)情熱をかけているのである。
なお残る一人の受賞者岡田さんは難波江ゼミに進学予定の由。「おさわがせパネラーズ」のそこぢからを見たか。ふふふふ。
そのあと長く厳しい会議。死力(くらいしか残っていない)を振り絞って提案説明と質疑応答。私の提案がとりあえず了承されて、そのまま這って部屋に戻る。もはや歩く力も残っていない。
明日はイスラエル文化研究会の研究例会が本学である。私は当番幹事。朝から会場設営やポスター貼りをしたりお茶を入れたりしなくちゃいけないのだ。それもひとりで。夜は懇親会の幹事。とほほ。
日曜日は死に寝の予定。誰も私に電話をしてこないように。よろしくね。