1 Sept

1999-09-01 mercredi

むすめさんが朝御飯のとき私の顔をまじまじとみながら
「お父さん、目が赤いよ。目の下にくまあるよ。顔色青いよ。どうしたの」
と心配してくれる。あんたが帰って来ちゃったからだよとも言えず、寝不足かもしれないねと答えておく。
ちゃんと8時になったら「行ってきます」と、とことこ学校へ出かけていった。その後ろ姿を見送りながら二度寝。
クロード・シモンを読んだけれど、ぜんぜん面白くないぜと石原裕次郎が愛人に文句を言っている夢を見る。どういう無意識の作用でこんな夢をみるのであろう。

ぼーっとしたまま机に向かって仕事をする。論文と著作関係の原稿が一通り片づいたので、レヴィナスの翻訳に戻る。『レオン・ブランシュヴィックの日記』という未訳のテクストをこりこり訳して行く。ところどころ分からないところがある。分からないのだけれど、それが「すごく深遠なことが書いてあるのだが、そのあまりの深遠さにフランス語が耐えきれず悲鳴を上げている」のだということには確信があるから、じっとテクストをみつめる。
百読意自ずから通ずというけれど、もちろんただ百回読んでも分からないものは分からない。
分かるためには、レヴィナス先生の思考回路に同調しなければならない。
そのためには、直前の文章を繰り返し繰り返し読む。そのうちに「この論脈であれば、次はどうしてもこういう言葉遣いの、こういう展開になるはずだ」という読み筋が浮かび上がってくる。それが見えてくると、あとは数行から数頁、ぱたぱたとすすむ。
しかし深遠すぎるテクストの場合は、読み筋の見通しが立つ区間が短く。思考回路に同調するために「イタコ」ゲームを日に何度もしなければならない。けっこう疲れる。
しかし他の人間ならともかくレヴィナス先生の「よりしろ」(「のりしろ」ちゃうで)となるのは、たいへんに光栄なことである。なによりもその間だけ自分がすこし賢くなったような気がしてくるのがうれしい。
原稿を書くのも楽しいけれど、やはり翻訳の快楽は他をもっては代え難い。
世の中には、つまらない人の翻訳や、見るからにくだらない本の翻訳をしているひとがいるが、あれはどういう気分のものなのであろう。自分がバカになった気がして気分が悪くはならないのであろうか。
私はむかしすごく頭の悪いミステリー作家のものを(貧乏だったのでしかたなく)訳したことがある。文章はひどいし、作家の頭の中の「からから」と音が聞こえるほどに中身のないものだったので、怒って全面的に書き直してしまった。(犯人も動機も殺人の方法も全部書き直してしまったのである。)そしたらすごく面白くなった。
出版社もいい加減なところだったので「面白いね、これ」と言ってそのまま出版して、それをどこかの局がラジオドラマにしてそのまま放送してしまった。

今週の業務連絡

(1)ゼミの第一期生井手由記子さんは絵本作家なのです。今度ご本が出ました。「いつもありあまるほど」(郁朋社)全国書店で発売中だそうです。買って上げてね。東京で絵本展「コトバとイロとカタチ 3」もやっています。9月13日から26日まで。場所は神宮前のbadsというギャラリーです。tel:03-5466-2110 東京在住の内田ゼミの卒業生は時間があったら行ってあげてね。

(2)「京都でいちばんお洒落なカフェ」cafe opal は、うちのゼミの第二期生、小川順子さんのお兄さんの「けんちゃん」が店主です。店主の妻トモコさんは私の能楽の姉弟子さまでもあります。 http://www.cafeopal.com/ 「店主の日記」は読み出すとやめられないぞ。京都にいったひとは、かならずお店に行ってあげて下さい。

(3)九月の末に、大学の女性学インスティチュート主宰の論文審査がある。在学生と今年の卒業生の書いたジェンダーに関する論文から優秀なものを選んで表彰、出版してくれるというけっこうな企画である。さっそく今年の卒業生のうち、梁木君と古田君の論文がジェンダーものなのでアプライすることにした。梁木君の論文もそういうわけで本人の許可が得られたので、電子図書館で公開することにした。古田君の「セーラームーン論」と併せて、ぜひご一読下さい。どっちもおもしろいぞ。

(4)在学生、卒業生でジェンダー論を書いて五万円欲しい人はさっそく応募してみよう。