長い夏休みもあと3日で終わりである。大学は9月末まで休みだが、高校生の娘が東京から帰ってくるのである。別に娘がいようといまいと、あなたは休みなんでしょ、と気楽に言ってくれるけどね。そういうものではないのです。ひとりで起きて、ひとりでご飯作って、にこにこと「行ってきます」と頬を赤く染めてスキップしながら学校へ行ってくれるような娘であれば、何の苦労がありましょう。
人間がふたりいると、そこにはおのずと役割分担というものが発生する。「秩序紊乱者」と「秩序維持者」に担当が別れるのである。
娘はあらゆることを私が「だめ」という限界までやる。朝まで起きていて、夕方まで寝ていて、パジャマ姿のまま起きている間中テレビをみているか大音量で音楽を聴いているか漫画を読んでいるか昼寝をしている。(起きている間にひるねをしているというのは論理的には矛盾しているが、事実なのである)
私はそういうことを「してはいかん」と言っているのではありません。「ほどほどにね」というておるのです。しかし「ほどほどとはどの程度のことであろう」と自力で考えるのと「『だめ』と他人に言われるまでやる」のでは知的負荷がぜんぜん違う。当然、彼女はよりらくちんな方を選ぶことになり、私は一日何度となく「だめ」という言葉をいわなければならなくなる。
何がつらいといって、私のような人間が「体制護持」のために汲々としなくてはいけないというのがつらい。この家の秩序を「守る」側であることがはじめから決まっているのがつらい。もちろん私が「秩序紊乱者」になって、娘の給食費を競馬につぎこみ、三日も風呂に入らず、大酒を食らって吠えながら家のものを壊すような人間になれば、そのときは晴れて娘が「秩序維持者」になって、「お父さん、やめてえ!」という側になるのだろうが、それくらいやらないと役割の入れ替えにならないのである。
二人しかいない人間関係では「先手必勝」である。「私、悪い子の役!」って先に宣言されたらもう負けである。
というわけで、娘が帰ってくると、私はまた「負け」役を演じなければいけないのである。「しっかりものの、ちょっと愚痴っぽいお父さん」を演じなければいけないのである。おいら、この役もう飽きてんだよ。しくしく。
私が定期的に講読している刊行物は二つしかない。『映画秘宝』と『学士会報』である。
『学士会報』というのは学士会という旧帝大卒業生たちのクラブ会報なのだが、内容は過激である。つまり「体制側」のインサイダーで功成り名遂げたひとたちが「身内」を相手に何の遠慮もなく手柄話やら内幕暴露をするというなかなかコアな出版物なのである。面白いのはここいときどき寄稿する自然科学者の書くものである。自然科学には当然どの分野にも審査のある「ジャーナル」というものがある。ちゃんとした論文ならそれに書くべきなのだが、データが足りないとかテストの方法がずさんとか結論が過激すぎるとか「ジャーナル」にはリジェクトされそうなものが、ときどきぼろっと『会報』に出ることがある。それが楽しみで読んでいるのです。
ま、それはさておき、『映画秘宝』はいわゆる「鬼畜系」の映画評論誌で、ウエィン町山とガース柳下という(名前からもそれと知れる)バカ映画評論家が創刊した「バカの踏み絵」的な雑誌である。私お二人がイチオシの『エド・ウッド』と『ウェインズ・ワールド』にはげしく魂をゆさぶられてしまったので、以来かなり肩入れしてきたのであるが、最近、町山さんに続いて柳下さんも編集の一線から退いたらしく、がくんと過激さがパワーダウンして、ただ下品で排他的なマニア雑誌に堕しつつあるのが残念である。
『学士会報』と『映画秘宝』をじっくり読み比べると(そういうことをしている人はあまりいないであろうが)「体制」側の方が開放的で過激なのである。困ったものだ。
ひさりぶりに日記を更新。(これって「日記」だったのか)
うちのパソコンからはボードへの書き込みしかできないので、この5日間、毎日ばりばりボードに「意見」を書いてしまった。でもなんだか、だんだん自分の言ったことで「自縄自縛」になったような気がする。(「正論」を言うからいけないんだけど・・・つい)
ひさしぶりに学校のメールボックスをあけたら、残暑見舞いがたくさん来ていた。
そのうちのふたつをご紹介しますね。(勝手に転載してごめんね。でも心温まる文だったから、みんなにもちょっとその感じを分かち合ってもらおうと思ってさ)
ひとつは小学校以来の親友「ひらちゃん」から。「ひらちゃん」は何をしているのかよく分からない会社(私はその役員なんだけど)の社長さんです。
「残暑お見舞いありがとうございます。
今年は、シリコンバレーに会社なんかつくってしまい、日米を又にかけて、又裂け常態です。おかげさまで、ベイエリアに関しては観光ガイドができます。
http://www.business-cafe.com
覗いてみてください。ルーカスフィルムの技術部長や、Linux を作ったリノスや Amazon.com の創立メンバーなどと親交を持ち、アメリカンビジネスのコツとツボを押さえたので、また客員教授で呼んでください。
バリ旅行とは、うらやましいね。
だけど、僕が行ったのは 15 年前だからたぶんまったく変わってしまっているのだろうね。あの頃は、クタビーチはヌーディストビーチで、おおきなおっぱいのオーストラリア美人が、ごろごろとまぐろのように浜に並んでいました。僕は空手着を着て、早朝マラソンをしたものです。(ばかだねぇ)
アーバンはいつもどおり元気で、シリコンバレーにもスタンフォード MBA を一人雇っています。もうじき、IPO してお金回すからね。
内田研究室の HP は、ほとんど毎日チェック入れてます。とくに、アメリカ人メンタリティ批判はグッドです。
残暑厳しきおり、ご自愛を。」
どうもありがとう。ご活躍なによりです。また秋にでも講演しに来て下さい。
ところでIPOってなんのことですか、お金が回ってくるというのならきっといい話なんでしょうね。(わくわく)
次のお便りは、高校時代以来の親友「かっちゃん」から。「かっちゃん」は医大の先生です。
「オーーッ暑い。このあいだ樹君のホームページ見てたら夏休みだってんで、東京に来ても挨拶もない冷たい友達だ!なんて脳内温度2度上昇させながら逆上を必死にこらえてたら、そのころ私も夏休みで東京にいないのに気づいたんだ。途端に脳内温度3度下がって、みんな、それぞれ都合ってもんがあるのよね。なんて。人間て勝手なもんだね。昨日、帰ってきて、今日から仕事始めたんだけど、まだ、暑いから、もう少し夏休みとろうかななんて、休みぼけの虫が囁いています。
20年程前にバリに行ったよ。パリは数えられないぐらい行ったけど、バリは一度だけ。
暑かったなー。バテイーク着て、サングラスしてたら、ホテルでも、空港でも、レストランでも、だれも日本人だと信じてくれなかった。土産物屋にみんなで行ったら、お店の人が、私を現地のガイドと間違えて、ブランド製品が並んでる別室に案内して、好きなネクタイ持っていっていいよって言うから、エルメスのネクタイいただいた。
次の日、別のお店にいったけど、なんにもくれないので、店のもの何にも見ないでイスにすわってたら、店の人が、釣り銭なくなったから、両替してくれだって。
ガメラン音楽とケチャックダンスのリズムは良かったね。
音楽、芝居、恋愛、健康食品、病気治療、哲学等みんな、何を尋ねてもラーマーヤナによればって現地ガイドは教えてくれるんだけど、いったい、ラーマヤナってなにが書いてあるんだろう。読んだら教えて下さい。
ジャワに行ったらコーランによれば、でした。コーランには何が書いてあるのか、ついでに教えて下さい。南米のポポロブーは以前、読んだ気がします。
あまり暑いので、バスでデンパサールからキンタマニと言う高地に行ったらとても涼しく、軽井沢のようでした。私たちはすっかりキンタマ山が好きになりました。
バリは暑いけれど、異文化の香りがたちこめててよかった。次はパプアニューギニアに行こうと誓ったけれど、まだ行って無い。樹君のバリ行がいい旅でありますようにお祈りします。」
貴重な情報提供をありがとう。かっちゃんの場合は、どこにいっても何十年もそこに暮らしている「そこの人」に見えるという「遊星からの物質X」体質だね。(高校のとき、そう思ったよ。一緒に入学したはずなのに、もうあきるほど高校生をしているような顔してたから)
ところで「南米のポポロブー」って何ですか。何が書いてあるのか、読んでいるなら教えて下さい。
(1999-08-24 00:00)