『月刊ペン』という雑誌で、2026年に活躍したクリエイターとして斎藤幸平さんが選ばれた。その「お祝いコメント」を求められたので、こんなことを書いた。
斎藤幸平さんが今年を代表するクリエイターの一人に選ばれた。『人新世の「資本論」』に続く『人新世の「黙示録」』で洛陽の紙価を高めた功績を徴するなら当然の人選だと思う。
「黙示録」では「暗黒社会主義」というオリジナルなアイディアを提示してみせた。気候変動や資本主義の暴走がもたらすカオス的未来をある程度抑止しがたいものとして受け入れた上で、それでも人間にできるぎりぎりの知的・倫理的な可能性を探る、というスタンスはリアルでクールだ。
でも、斎藤さんのオリジナリティはそこにはとどまらない。彼のえらいところは、自分の哲学的アイディアを現実化しようとしているところに存する。本に書いて「あとはよろしく」ではなく、自分が書いた仮説の妥当性を身銭を切って証明しようとしている。この点がふつうの「知識人」とは違う。
彼は意図的にさまざまなテレビ番組やYoutube ニュース番組に出て、発言している。その狙いをご本人は「政治のエンターテインメント化」と呼んでいる。このねらいはリスクは高いけれども効果的だ。「エンターテインメント化」というのは、人々が政治問題について思量し、対話することを「楽しむ」というあり方を指している。たしかに楽しくなければ人はのめりこまない。楽しくなければ広がらないし、浸透しない。「政治を前景化する」という効果をめざすなら「エンターテインメント化」は正解かも知れない。
もう一つの功績は「左翼のカジュアル化」である。「サヨク」と表記されることもあるが、これは「左翼」とはかなり手触りが違う。マルクスを読まなくても、政治党派に属さなくても、デモに参加しなくても、人は「サヨク」であることができる。これは斎藤さんの発信した重要なメッセージである。
「サヨク」であるための条件は、「未来は可塑的である」と信じること、「人間は合理的に思考できる」と信じること、この二つだと私は思う。「信じる」という動詞の復権をもたらしたこと。これも斎藤さんの功績の一つに数えてよいかも知れない。
(10月15日)
(2026-10-16 08:33)