みなさん、こんにちは。内田樹です。
ちくまプリマー新書に書くのは二回目です。今から21年前に、シリーズが始まる記念すべき001が橋本治さんの『ちゃんと話すための敬語の本』。それに続く002として僕が『先生はえらい』を書きました。
シリーズの劈頭(へきとう)でしたから、ブランドに統一感があるといいんじゃないかと(よけいなことを)考えて、当時の担当編集者だった吉崎宏人さんに無理を言って、橋本さんの原稿のハードコピーを頂きました。そして、それを傍らに置いて、『先生はえらい』は「臨書」しました。「兄ちゃんが書いた本」と「弟が書いた本」が二冊並んで刊行...と言う感じになればいいなと思ったのでした。
その時にいかに自分が橋本さんのものの考え方と言葉づかいに影響されているのかということがしみじみ身にしみました。さいわい『先生はえらい』はロングセラーになって、今でも書店の新書の書架でお手にとって頂けます。
それから20年経ち、「プリマー新書20周年記念」でまた教育について書いてくださいと頼まれました。橋本さんは鬼籍に入ってしまわれたので、もう書いたものを読んで頂くことはできなくなりました。でも、せっかくちくまプリマー新書に書くのなら、今度も「橋本治を臨書する」という気持ちで書くことにしました。
今回は書き下ろしではありません。僕は神戸で武道と哲学研究のための学塾凱風館を主宰しているのですが、そこで週に一度「寺子屋ゼミ」というものをやっています。大学院でやっていた社会人ゼミの続きですので、これもかれこれ20年以上続く事業です。
その寺子屋ゼミで、教育を素材にした発表がいくつかありました。発表の後に、毎回僕がコメントを加えます。ふつうは30分から40分くらい、つまり原稿用紙に直すと30枚から40枚くらいの量です。文字起こししたコメントに少し加筆して、二倍くらいに膨らませました。ゼミ発表は4つ。テーマは「道徳教育」「人権教育」「修行と競争」などでした。ゼミの受講生は学校の先生が多いんです(小学校から大学まで)。ですから、現場から発信される具体的な議論が展開されております。
もともと、プリマー新書には「中高生向き」というしばりがあるんですけれども、申し訳ありませんが、この本については、中高生の読者諸君には少し難しいかも知れません。中高生が知らない術語や学説にも言及されています。でも、ご心配なく。そこは橋本治さんに倣って、きちんと一つ一つ噛み砕いて、初めて聴く話でも、「なるほど、そういうことね」と中高生にもわかってもらえるように書いています(加筆して膨らんだ箇所の多くはその「噛み砕いた説明」の分です)
今回の教育論のテーマはタイトルが示すように「雑に生きる」です。
前著の『先生はえらい』は、担当の吉崎さんに「今、中高生に一番言いたいことがあるとしたら、どんな言葉ですか?」と訊かれたので、少し考えて「先生はえらい、かな」と答えたことがきっかけで書かれました。今、誰かに「中高生に言いたいことがあるとしたら、どんな言葉ですか?」と訊かれたら、たぶん僕は「雑に生きる、かな」と答えると思います。
主題的に「雑に生きる」を論じているのは第四講ですけれども、僕の「世の中、いろいろあるから、まあ、気楽に行きましょう」というメッセージは全編に伏流しております。それが中高生の皆さんに伝わるといいんですけど。
(8月17日)
(2026-09-16 09:16)