ICCはリヴァイアサンか?

2026-08-25 mardi

 国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を米国政府は制裁対象に認定した。
 ICCがイスラエルのネタニヤフ首相や前国防相のガザでの行為を戦争犯罪に認定して逮捕状を出したことを不当としたのである。資産凍結や入国禁止などの制裁を科す方針を示した。ルビオ国務長官はICCを「腐敗し、致命的に政治化された超国家的裁判所」であると批判している。
 これは米国政府が「法の支配」というものを理解できていないということを露呈した歴史的な出来事として記憶されてよいだろう。すべての国はそれぞれの国益の最大化を求めて争っているという「万国の万国に対する戦い」モデルで彼らは世界を理解している。
 「万人は万人にとっての狼である」という自然状態では誰一人安定的に自己利益を確保できない。だから、個人同士の争いを制御するために、法律を作り、裁判官に理非の判定を委ね、その判定に服さないものには公的暴力装置を発動して判決を実現するようにした...というのがホッブズやロックが立てた近代市民社会論の基本的なロジックである。これに基づいて市民革命が行われ、近代国家が成立した。世界史ではそう教わったはずである。
 たしかに米国にも法律があり、裁判官がおり、警察がある。でも、ご案内の通り、トランプ大統領は「司法を兵器化する」ことでこれまで政敵たちをなぎ倒し、反対者を弾圧してきた。法律は権力者の道具であり、それ以外の使途はないとおそらくトランプは考えている。その考え方をそのまま国際社会に適用するから彼の眼には「誰かが」ICCを兵器化して利用しているように見えるのだ。彼には「公共」という概念がついに理解できないのだと思う。
 ICCはホッブズの喩えを借りれば、「リヴァイアサン」である。誰かがその力を利用して自己利益を増大しようとしている。すべての人は「オレみたいな人間」だと思い込んでいる人間には国際機関はどれもそう見えるのである。(信濃毎日新聞8月21日)