ミドルメディアの時代

2026-08-25 mardi

 日本のメディアの劣化についての話の続き。
 前回書いた通り、報道の自由度ランキングで日本は世界62位である。これは権力の弾圧に屈したためではなく、メディア自身が権力に阿り、批評性を捨てて「獲得」した62位である。だから、心ある人たちは大手メディアを去って、新しいジャーナリズムの可能性を模索している。
 新しいメディアはもう「メジャー」なものにはならないだろう。私が視聴しているニュース番組はDemocracy Times もArc Times もポリタスTVも「路上のラジオ」も、どこも視聴者は5万から20万である。私のX(Twitter)のフォロワー数も30万人手前で止まったままだ。私の意見に関心を持ってくれる日本人の数が最多で30万人だとしたら、それは私の皮膚感覚と一致する。たぶんこれくらいのサイズの「ミドル・メディア」がこれからしばらくの間、ニュース報道と現状分析の一般的なツールになると思う。
 海外ニュースについてはNew York Times とForeign Affairs Report の電子版が私にとっては主な情報源である。国内ニュースについては毎日新聞を購読しているが、速報性と一つのトピックに割くことのできる時間の長さでは紙媒体はネットニュースに遠く及ばない。でも、紙の新聞は「読む気のなかった記事」に出会うことがあるので、まだ講読を止めていない。
 今日紙面から目に入って驚いたのは「少年ジャンプ」の発行部数が100万部を切ったという記事であった。かつて650万部を誇った媒体である。発売日の月曜日の朝に電車に乗ると、車両に「少年ジャンプ」を拡げている男性があちこちにいた。遠い昔のことだ。これで紙の雑誌で100万部を超えるものが一つもなくなったと記事は続いていた。おそらくもう二度と出てこないだろう。
 新聞も部数が激減している。かつて1000万部を誇った讀賣が半減して530万部、800万部だった朝日が半分以下の320万、日経が125万。読者の減少をメディア自身は「読者の高齢化」で説明している。若い人たちはもう新聞を読む習慣を失ったのだ、と。それは違うだろう。New York Times は紙媒体の時、最多で100万部だったが、電子版にしてから全世界に1280万の読者を獲得した(紙媒体の読者もまだ55万残っている)。
 日本の新聞で、電子版で海外に新しい読者を拡げられるという自信があるものが何紙あるだろうか。一つもないと思う。世界で今何が起きているのを理解するために讀賣や朝日の電子版を買って読むという海外の読者が何人いるだろうか。ほんとうに世界について知りたければ彼らはNew York Times やGuardianの電子版を読むだろう。
 問題はそのことを日本の大手メディアは特に恥ずかしいことだと思っていないということである。そんな一流メディアとうちを比較されても困ると苦笑いするだけだろう。だから部数が減り続けるのだ。そのプライドの低さが紙面の質を下げているのだ。いい加減にそのことに気づいて欲しい。
 テレビのニュースを観なくなってもう7~8年になる。自分でテレビをつけるのは自然災害と開票速報の時くらいである。申し訳ないが、テレビニュースに批評性を感じないのである。
 遠からず全国紙と民放テレビはビジネスモデルとしては成立しなくなるだろう。不動産を持っている会社だけはその賃料で当分は事業を継続できるだろうが、読者・視聴者はいずれいなくなる。誰も読まない新聞、誰も観ない番組が垂れ流される。それが日本の大手メディアの末路である。
もうそれほど先の話ではない。
(週刊金曜日8月12日)