モーリス・ブランショとユダヤ思想

2026-08-12 mercredi

 レヴィナスの引用出典を探してHDの底を浚っていたら、大昔に書いたブランショ論が出て来た。82年だから、東京都立大の助手に採用されて最初に「名刺代わり」に書いたものだと思う。まだ31歳の若造だから、とにかく「知ってることは全部書くぞ」という衒気にあふれていて、まことに読みにくい。でも、これは『前-哲学的』に採録洩れした初期論文なので、この機会に採録しておくことにした。おそらくこういう視点でブランショとレヴィナスを併せて論じたのは、この論考がこの時点では日本では最初だと思う。「珍品」なので、卑見を公開しておく。

 わかりにくさ、という点で現代フランスの文芸批評は他に抜きん出ている。一種の暗号解読の秘法を会得したもののみが能くその思想の深遠を窺い知りうるというのは、専家は知らず、読者にとっては一向に愉快でない。イヴリーヌ・ロンダンによれば、この「今日、評論において流行の難解晦渋のエクリチュールの責任の一端はブランショにある(1)」そうである。この厭味の当否は措いても、ブランショのわかりにくさは海彼にも名高い。夙にサルトル、フーコーはじめブランショの個別作品の哲学的パラフレーズを試みたものは少なくないが、総論としてこれを論じたのはフランソワーズ・コランの『モーリス・ブランショとエクリチュールの問題(2)』を以て嚆矢とする。最初の小説を公にしてから、本格的研究書の登場までの30年間、ブランショはその思想に定式を与えようとする後生の志を挫いていたことになる。
 この間ブランショの文芸、思想上の姻戚関係を問われたのは、カフカ、マラルメ、ヘーゲル、ハイデガー、デリダ等々。
 ブランショの文学理論と実作を「ユダヤ思想」(judaïsme)との関わりから見改めようとするのも先賢の驥尾に付しての苦心の工夫である。但しこの着眼は創見ではない。
 ブランショがつとめて旧約の事蹟に言及し、ユダヤ教の術語を援用し、またユダヤ系の作家を論ずるに際し、ユダヤ思想紹介の労を厭わないのは周知の通りである。フランス思想史においては反ユダヤ主義によって久しく閑却され、占領時代の弾圧の経験も耳に新しい異教の思想にブランショが示すこだわりは尋常のものとは思えず、研究者の関心がおのずとこれに向くのは理の当然といえよう。既に幾人かの研究者が、ブランショのユダヤ的要素、あるいはユダヤ的なものへの好尚を指摘している(3)。但し、ブランショの文学理論とユダヤ思想の内在的な連関を主題的に論じたものを寡聞にして知らない。
 本論稿の趣旨は、ブランショにとってユダヤ思想は自説の傍証や文飾上の道具ではなく、その理論の本質に関与するものであり、その着想のいくつかをユダヤ人哲学者エマニュエル・レヴィナスに借りている、という仮説の検証にある。

   1 ユダヤ的形而上学

 レヴィナスは哲学者として盛名を馳せているばかりでなく、ユダヤ教徒の篤信と博覧を以てタルムードの解釈に一家を為している。年譜によれば、レヴィナスは1905年リトアニア生まれ、ブランショに長ずること二歳。ストラスブール大学でブランショの知遇を得て、爾来50年余の交友関係にある。現象学研究を専門にして、73年以来パリ大学の講壇にある他、シオニズムに近い立場から、ユダヤ民族の文化的伝統の保存、再建のために立ち働いている。
 既に、好意的にブランショの文学理論の哲学的意味を分析した『モーリス・ブランショについて(4)』の一巻があり、対するブランショも機会ある毎にレヴィナスに言及し讃辞を惜しまず呈している(5)。
 相互に評価し合うことと思想に相通ずるところがあることは別の話である。ブランショをユダヤ思想へ導いたのはレヴィナスであると断ずるためには、両者の思想に立ち入って吟味してゆくところから取り掛からねばならない。

 レヴィナスの哲学研究はユダヤ教信仰に貫かれている。この宗門の特殊性として、信仰は即ち民族意識である。ユダヤ人であることが西欧社会の中で、その人の世界観の形成にどのような屈折を強いるものかについては贅言を要すまい。レヴィナスの場合も彼自身の収容所体験を看過してその思想を論じることはできない。生き残ったユダヤ人「アウシュヴィツの記憶の中で哲学する(6)」ユダヤ人であるレヴィナスのまなざしは反ユダヤ主義に向かう。彼は反ユダヤ主義を第三帝国や帝政ロシアに固有の一過性の現象ではなく、西欧精神に深く根をおろした病理と診たて、これに哲学史的批判を試みる。
 レヴィナスによれば、反ユダヤ主義を典型とする排外的・自民族中心主義的体質は、ギリシャ以来二千年の西欧形而上学の必然的成果である。
 レヴィナスが西欧的知の本質として抽出するのは、存在了解の一義性の要請である。つまり、多様なものを取り集め、未知のものを既知のものへ還元し、曖昧なものを一義化しようとする求心的・統合的な方向の力が西欧的思考の全形式を律しているのである。レヴィナスはこの根源的求心力を「経済」(économie)と、そして一切を全体性、体系性のうちで一義的に解明せんとする主体である明証的な自我を「自同者」(le Même)と称名する。
 自同者とは理念的にのみ構想しうる理想状態の自我であり、認識し、理解する体系そのものである。西欧の思考は一貫して「主体による客体の所有」(レヴィナスの用語で言えば「他なるもの(l'Autre)の自同者への還元」)をテロスとして営まれてきた。
 形而上学は定義上「他処の」「別のかたちの」「他なるもの」を指向する。しかし、それは征服のための遠征であって、戦利品を携えての凱旋を以て完了するのである。
「哲学は一切の他なるものを自同者のうちに解消し、他者性を中和することに執着している。(......)哲学の航跡は世界周航が故郷の島への帰還にすぎなかったオデュッセウスのそれにとどまっている。自同者のうちでの自足、他なるものの無視(7)」。
 他なる一切を、中心としての自我に関係づけ、解明しようとするモードをレヴィナスは「暴力」と名づける。
「自分一人が行動しており、爾余の宇宙はその行動を『受容する』ために存在するかのようにしてなされる一切の行為は暴力的である(8)」。
 フッサールによれば、他者は自我の他的変様であって、個別自我の自己解明によって抽出される「自我一般」の水準を通して到達しうる他我(alter-ego)である。他我は「一切に先行する自己解明への気づかい」に媒介されて、自我の後から舞台にあらわれる。
 ハイデッガー存在論の目的は、有意的連関のうちに織り込まれた被投的存在者に即して、存在の「意味」を問うことにある。意味は既にして主観性の要請である。存在への試問はまっすぐ自己へと向かう。ここでもまた他者は主題化と概念化の対象である。「第一哲学としての存在論は権力の哲学である(9)」とレヴィナスが説く所以である。
 レヴィナスにとって重要なのは解明と試問の主体たる自我の権力は誰がそれを叙権しうるのか、という懐疑である。徹底的に批判的な自我審問の厳密な手続きを形而上学と呼ぶのならば、それは「審問する意識」の運動ではなく「意識の審問」として措定されねばならないだろう。
 西欧哲学史に刻印された暴力性は人間の知の運命的な欠陥ではない、とレヴィナスは考える。それは西欧という閉域の民族誌的な痼疾に他ならない。もしギリシャ的な知が求心的で、定住的で、自己中心的であるならば、一方に遠心的で、彷徨的、他者中心的な知のかたちが想定されても怪しむに足りない。西欧的主体が「自同者への還元」によって自己同一性を確立するのならば、この「別のモード」に基づく主体は「自同者からの離脱」において自己同一性を成就するであろう。
 レヴィナスの西欧形而上学批判は、全く性格を異にするこの「別の思考」に即して展開される。そしてユダヤ思想こそ、レヴィナスが「別の思考」と信ずるものである。

   2 ユダヤ思想における他者と対話

 ユダヤ思想とは何か? この語の普遍妥当な定義を行うことは我々の任ではない。便法としてここではレヴィナスのユダヤ教理解を祖述するにとどめる。但し、その論理的文脈を鮮明に示すため、若干の傍証を引く。
 レヴィナスによれば、「ユダヤ思想とは、いくつかの観念と記憶、いくつかの習慣と情緒、ユダヤ人であるがゆえに迫害された、ユダヤ人としての連帯感、などから成る不統一な感性である(10)」。
 ユダヤ人なる「人種」は生物学的カテゴリーとしては存在しない。ユダヤ人とはユダヤ教徒の眷属に列するものをいう。これは宗教的磁性を帯びて統合されている共同体である。
 レヴィナスはユダヤ思想の「独創性」を「不在における神」と「神との直接的交通」についての深い宗教的省察に基づくものであるとする。

 旧約の神エホバは「隠れてゐます神」であり、名づけ得ず、不可視で、その意思は人間の知的射程を越える。神は人間的秩序に包摂しえぬ「不在」であり、人間の有意連関に開口した「外部」あるいは「絶対的他者」として構想されている(11)。
 一切の理念的、感性的な交通が排除されているにもかかわらず、神と人間は「対話」を介して直接的かつ人格的な関係でつながれている。神は声として臨在し、人間は能くこれに応答しうるのである。
「神が人間に啓示されるのはパロールによってである。なぜならパロールが二つの理性的存在間の交通の根源的形態だからである」(B・アギュス『ユダヤ思想の展開(12)』)。

 神のパロールは神が直接に啓示を与える時代には預言として、続く時代には聖なるテクストとして人間に呼びかける。預言は神のパロールの反復であり、テクストはその終りなき註解を励起する。
 預言者は神に選ばれた者であり、そのパロールは神が彼の口を借りて語っている。
「預言者に選ばれることで、彼は神との対話の状況へと導かれ、彼は神の作品となる。(......)預言者は神に把えられ、みつめられる。彼は神に聴従し、神に思いこらし、かくして神は彼を人間たちの中にいて、神のわざを告知された道具とするのである」(A・シュラキ『ユダヤ思想(13)』)。
 預言者のパロールは自己表現ではなく、反復された他なるパロールである。彼はおのれが語っていることを理解していないし、する必要もない(14)。
 預言者の時代が終わると、神的テクストの註解が神との「対話」の機会となる。幾世紀にもわたり、何千人ものラビたちの瞑想の中で錬成されたこの聖書解釈学の体系はタルムードと呼ばれる。タルムードは非人称的視点からするテクストの文献学的研究ではなく、信徒個人の現実生活に基づいて、神のことばをわが身に引き受けて解釈することを本旨とする。
「神の摂理の啓示であるトーラ(律法)は、その本質においては確かに唯一にして不変であるが、世界のそれぞれの状態においてそれに相応しい仕方で自らを示す」(G・ショーレム『ユダヤ的メシア主義(15)』)。
 この時、註解は創造であり、不在の神との対話である。
「タルムードと共に対話が直接的にうちたてられる。おそらく、ここにユダヤ思想の独創性がある」(レヴィナス(16))。
 宗教的経験が二者の間にひびくパロールの聴取と、それへの応答から構成されることにユダヤ教の独創を見るのは一人レヴィナスだけではない。
「イスラエルの偉大な功績は全存在の根源にして目的である唯一の神を教えたことではなく、むしろ実際、この神の対話性、すなわちこの神に向って、汝と呼びうること、この神に面と向って立ちうること、この神と交わりうることを示したことである」(M・ブーバー『ハシディズム(17)』)。
 ユダヤ的対話は予め設定された結論を検証するために仕掛けるプラトン的対話や、反定立がより高次の統一性への移行に専ら奉仕する弁証法的対話とは違う。
 対話のパロールは「汝よ」という呼格のパロールであり、対象を分節、命名する他動詞的な言語活動ではない。
「パロールの本質はまずその意味作用や叙述能力のうちにあるのではなく、それが呼び寄せる応答のうちにある(18)」。
「お前は誰だ?」という同定のための問いは対話のパロールにはない。対話はおのれの外なる存在の呼びかけに応えるという受動的経験であり、その呼びかけによって観照し記述する主体性は、その自同的定点から引き出され、外部へ、他者へ、未知なるものへと境界を超えて身を乗り出してゆく。
「他者によって作用される主体のモダリテがまさにパロールである。パロールとは主体を他者へと差し伸べるこの超越の緊張そのものなのである」(E・フロン『パロールの時間(19)』)。
「超越の緊張」は主体性の退嬰的な放棄ではなく、非権力的な、新しい主体性のモダリテの獲得への踏み出しである。

 神はアブラハムに「汝の国を出で、汝の親族に別れ、汝の父の家を離れ、我が汝に示さん其地に至れ」(創世記12―1)と告げる。
 定住の地を棄て、伝統に背き、進んで彷徨の民となることが神との対話の条件として要請されている。神による信仰の試錬は、信徒が自己の知的射程を超える呼びかけにどれほどの畏怖を有ち得るか、を問う形式で行なわれる。独子イサクを燔祭に献じようとしたアブラハムは「神を畏るる」ことのできた者であり、「みづから心に有智とする者」ヨブは答えることのできない神の深遠な問いの前に頭を垂れておのれの傲慢を悟らねばならない。
「自我の審問とは、まさに絶対的に他なるものの受け容れである(20)」。
 対話は他者性を保全し、自我の権力性を審問するために発明された方法である。
「知の特性はある対象へ向かうその可能性のうちにあるのではない。(......)その特権はおのれを審問に付し得ること、その固有の条件の手前にあるものを省察することにある(21)」。
 かくして超越についての真に厳密な学であるべき形而上学は、知の批判的本質を形成する倫理学(l'éthique)として具体的には成就するのである。
「道徳は哲学の一分枝ではなく、第一哲学である(22)」。
 西欧の知に対してレヴィナスが真の形而上学として措定する「別の思考」ユダヤ思想の造作は概ね上述の如きものである。

   3 ブランショにおける対話

 他者との対話はブランショの文学理論と小説作品の強迫的主題である。彼の作品の中には一組の男女が交通の手掛かりを求めて、向かい合い、語る、という構図が執拗なまでに反復される。また近年のブランショの散文は断片と対話体で構成され、まとまった言説の体裁を意図的に排している。ブランショが対話に精神の運動のある極限的な様式を期待していることは、これらからも十分に窺い知れる。
 批評的作品の中で、ブランショは好んでギリシャ神話から取材した三組の対関係を引く。オルフェウスとエウリディーケ、オデュッセウスとセイレーン、オイディプスとスフィンクスがそれである。この「ギリシャ的対話」関係は、いずれも他者を自我に関係づけ、理解し、支配し、所有することを望む「男」と、それを拒み、謎のまま、異世界の晦(かい)冥(めい)の中にとどまろうと望む「女」の間の魅惑と闘争の緊張を主題としている。
 オデュッセウスをブランショは次のように評す。
「オデュッセウスの中には熟慮された頑迷があり、それが世界支配に通じている。(......)もし彼がある限界を、セイレーンの歌が彼に巡歴することを誘っている想像的なものと現実的なものとの間の隔隙を保つならば、彼は全体となるだろう(23)」。
 オデュッセウスの航海を哲学の航跡に喩えた例を我々は既にレヴィナスにおいて見た。ブランショの解釈もそれに近い。
 セイレーンの歌を経験する時、彼は文字通り自分の世界という「帆柱」に体を縛りつけてその誘惑に耐える。「経験のあとで、オデュッセウスは、かつてあったがままのおのれを再び見出す。そして世界はおそらくより貧しくはなっているが、より堅牢で、より確実になっている(24)」。
 オデュッセウスとセイレーンは共に相手を屈伏させ、自らは同一のままにとどまることを望んでいる。それゆえに彼らは他者と共存することができない(セイレーンは敗北を恥じて自殺する)。にもかかわらず、彼らはお互い強烈に魅かれ合い、出会いと共存を求めている。ただ、その方法を知らないのである。
 明るみにいる男が女を光のうちに引き出す時、未知なるものを構成している未知性は失われる。女の誘いに任せて、自ら別のものへと変身しつつ身を投じてゆく時、男の知の全体性、自同性は危機に瀕する。ギリシャ神話の男たちは総じて後者の選択に賭けることをしない。
 オイディプスがスフィンクスの謎に答えた時、彼は他なるものの問いかけに合理的解答を以てするという誤りを犯す。
「最も深遠なる問いかけ、それは理解することを許さない問いかけであり、ひとはただそれを反復することができるばかりだ(25)」。
 スフィンクスのパロールは答えによって充たされる問題ではなく、答えのない謎でありその意味は二者の間にはいかなる知解も及ばない本質的差異があることに思い到らしめることである。知の全体性を恃んだオイディプスは、自ら盲目となることによって、「見えない」という自己の無能の認知から再び他者を学び始めねばならない。
 冥界の妻を奪還することを望んだオルフェウスのまなざしは哲学の運命を告知している。
「エウリディーケ、それは他者たる、極限的に遠きものの異邦性である。顔と顔を見合わせた時、オルフェウスが見るために語るのを止めて振り向く時、彼のまなざしは、死を、おそるべき打撃をもたらす暴力であることが明らかにされる(26)」。
「まなざし」は一切の自同的能作の比喩であり、「語りかけ」は幽明の境を超えてなお結びつき得る一つの交通の可能性を指示している。オルフェウスの歌、呼格的パロールは能く差異をその処女性を毀(こぼ)つことなく保つための機略なのである。オルフェウスの誤ちは「見るために語るのを止めた」ことにあった。即ちギリシャ的知の宿命をオルフェウスは象徴するのである。
「神を見たものは死の危機にさらされる。他者と出会うものは、死をもたらす暴力か、彼を歓迎するパロールの贈り物によるか、のいずれかによってしか彼と関係することができない(27)」。
 この二者択一のシェーマは彼の小説作品の中にも繰返しあらわれる。いくつかの例証を示そう。

『至高者』(Le Très-Hant)の主人公アンリにとって、対象への接近の仕方は見ることである。
「事物を、的確な仕方で見ている男がそこにいる。彼は存在し、彼と共に、何世紀もの間我々があがき求めてきた概念の一切が存在する(28)」。
 彼には律法(Loi)という強迫観念がある。
「律法はつねに動いており、限りなく一方から他方へと移動していて、いたるところに臨在し、その均質で透明で絶対的な光で以て、つねに多様な、そのくせ自同的な仕方で、すべての人間とすべての事物を照らし出している(......(29))」。
 律法はその侵犯をさえ去勢して、おのれの構成部分に組み込んでゆく。アンリは律法の内側にいる。つまり光の中に。光が「見る」ための条件だからだ。
 アンリは他者に語りかけない。
「ぼくの言葉は、いつもぼく自身へ向けたものだった(30)」。
 一人の女が彼の中に「至高なる者」を認め、彼を奇妙な崇拝の対象とする。しかし、「私はあなたを知っている」という言葉が示すように、それは友愛の形を偽装した暴力的な所有の欲望であり、それは対象の殺害を以て完了する。アンリは銃口を向けられて、はじめて「語りかける」パロールの真の意味を悟る。
「今こそ、今こそ、ぼくは語る(31)」。

『死刑宣告』(L'Arrêt de mort)の語り手はスラヴ系の女と、互いに相手の国語で語るという奇妙な習慣を有している。この相互的気づかいは単に親密さを増すだけでなく、語り手にある種の解放感を与え、自分本来のものではない別の意思を語らせる。
 語り手が女に激しい所有の欲望を感じた時、彼はフランス語で語り始める。そして「何かが壊れ、その瞬間、彼女は私から失われた(32)」。

『アミナダブ』(Aminadab)のトマは一人の女の「呼びかけ」に応じて、一軒の家にはいりこみ、最後に女を見つけ出すが、この未知の女を既知の人物と同定すること(「ぼくは君を知っている」)に執着する余り、二人を隔てる差異に気づくことができない。
「あなたは、ささやかな思い出をかかえ込み、そのみすぼらしい、微かな手掛かりを振り棄てようとはしなかった(33)」。
 おのれを捨て、共に「深い秘密の中に」歩を進めることを誘う女へのトマの反応が彼の思考の原理を示している。
「トマは応答する前に、彼女を見ることを望んだ(34)」。
 女は壁の中に姿をかき消す。トマは最後まで「知る」こと、光の中に見ることをすべてに優先させる。物語は「あなたは何者だ?」という「哲学的」な自問を以て終わる。

 任意に選り出したこれらの挿話は悉く、「見ること」と「語りかける」ことの二者択一の図式を適用されて解読されうる。

 ブランショにおいて「対話」とは何か?
 それは記述や独白ではなく、呼格のものである。対話においてパロールは贈与し嘉(か)納(のう)するものとなる。即ち対話は二者とその差異を必要とし、語りかける者とは自足しえぬものであり、呼格のパロールは未完のパロールなのである。
「神のパロールは人間への問いとなるために人間を必要とする(35)」。
 対話においてはじめて代替不能のものとしての自我と所有不能のものとしての他者が確立され、その間の差異が顕現するのである。
 対話は完結せず、いかなる了解にも達しない。その無窮性が対話の光栄である。対話者たちは「パロールがつねに未完のものとして与えられる場」に共存する。
「誰かに語りかけるとは、知るべき事物の、あるいは認識すべき存在のシステムの中に、その誰かを導き入れることではない。それは差異を強いて解消することなしに、その誰かを未知のものと認め、異邦人として迎え容れることである(36)」。
 差異――「二者の間、意味とランガージュの二つの秩序、二つの時間、二つの体系の間にあるもの(37)」が、対話において「経験」される。
 この経験は「すべてのもの、自己のうちにあるすべてのものが疑わしくなった時、はじめて存在する(38)」のであり、自我の全体性の危機である。
「自我が経験の主体であったことはかつてなかった。私は経験に決して到達できない(39)」。
 この経験は他者の他者としての受容である。「それをそれとして、パロールの中に迎え容れることであり、正確に言えば、把握しないこと、理解しないこと、同定を拒むことである(40)」。
 ギリシャ的知の権力性の対極に構想されるこの対他関係をブランショはバタイユに倣って「友愛」(amitié)と名づける。
「友愛は(......)我々が友人たちについて語ることを許さず、彼らに対して語りかけることのみを許す、我々に共有の異邦性の認知を通じて進んでゆく(41)」。
「について語る」哲学的言説の対極に措定される「に対して語りかける」対話のパロールは、かくして、すべてを語りうるという哲学的言説の傲慢を疑問の淵に沈めるのである。

 他者性の保全と自我の審問の同時的経験としての対話、という定式はレヴィナスの「ユダヤ的」対話観とぴったり符合する。この符合は偶然のものではあり得ず、両者のテクストの発表年次と理論の明瞭化の過程を追えば、いずれが先導的役割を演じたかは自ずと明らかである。
 むしろ我々の関心が向かうのは、レヴィナスの他者性と対話の理論にブランショがいかなる換骨奪胎を施して、それを「無神論」と「エクリチュール論」に書き換えてゆくのか、の手際に対して、である。

   4 ブランショ的無神論

 ブランショは無神論を以て任ずる。但し、その説は尋常の合理主義や唯物主義に似ない。ブランショはそもそも人間は他者との間にいかなる関係を立てうるのかを問い、三つを数える。
「第一の関係においては自同者の法が支配している。人間は統一を望んで、分離を認める。他なるものは、事物であれ、人格であれ、同一的なものへ還元しなければならない(42)」。
 レヴィナスに倣って言えば、この風儀は「ギリシャ流」である。
 第二は弁証法的関係。ここでは、他者は教化的契機としてはたらき、これを媒介にして自我は高次の統一性を達成する。
「他なるものはこの場合『一者』(l'Un)の代替物にすぎない。(......)思惟は磁石の針が北を指すように、絶えず統一性を指向している(43)」。
 精巧な認識批判の仕掛を凝らした無神論哲学も、それが未知のものを非人称的で透明な光のうちに示す、という光学的比喩を真理形式に適用する限り、この第二のジャンルに含まれる。一者を認める思考は本質的には「見る」思考である。一者とは光であり、光源である。
「即ち、根源が存在するのだ。この根源は光であり、ある光輝く至高性に基づく、つねに、より根源的な光である(44)」。
「光のうちに見る」ことを望む限り、ひとは統一のテロスに、たとえ無自覚なままであれ、奉仕しているのである。
「人は無神論者を自称し、自分は人間について考えているのだと言う。だが彼が認識しているものは依然として『光』としての、『一元性』としての神なのである(45)」。
 信仰に基づく対他関係はこの第二のジャンルに含められる。ユダヤ教といえどもその例外ではない。神が人間を試み、糺(ただ)し、審判し、終末論的秩序に整序する、という発想には経済性がこびりついている。神はたとえ欠性的に指示されている場合でも、世界の一元性、統一性、真理性の保証人である。
 ブランショはこの二つを斥け、第三の道、「統一性を指向しない」関係を示す。この関係において、他者は私にとって、もう一つの自我でも、もう一つの実存でもなく、普遍的存在の一様式、一契機でもなく、また神や非‐神のごとき超存在でもない。他者は無限の距離を隔てた見知らぬ人である。
「他者、それは全き『他なるもの』である。他なるものとは絶対的に私を超越するものである。他者である他なるものとの関係は超越的関係である。即ち、私と他なるものの間には、無限の、ある意味で超え難い距離があり、他なるものは反対側の岸にいるのだ、ということである(46)」。
 レヴィナスは、この無限に遠い他者との交通を、対話に基づく隣人への滅私的慈愛の実践と解いた。他者は神である。信仰の真理性は「神のまねび」の倫理性において検証される。形而上学は他者の知的了解ではなく、慈愛の実践、自我のメシア的形成の方法論(即ち倫理学)として成立する。
 ブランショはこの説に与しない。もとより自我の権力性の審問が知の本質である、というレヴィナスの主張にブランショは異を唱えるものではない。しかし、それは「他者はその資格において、高みの、理想の、神的なるものの次元に位置し、他者との関係を通じて私は神と関係する(47)」からではない。ブランショは他者との関係が、より高次で、純粋で、真理性の高い別の関係への一過程であるとは考えない。地上には他者との具体的な関係があるばかりであり、発生的には、この具体的関係を倫理的に律すべき「自我の権力性の審問」の方法的探究として、「不在における神」についての思念が深められるのだ、とブランショは考える。従って、「不在の神」についての省察は同時に「臨在する人間」についての鮮やかな省察であり、真の無神論は、神の不在についてのつきつめた考えを含んでいるはずである。
「すべての無神論は神の否定、即ち神の不在の肯定、つねに神についての、不在における神に対しての言説であり、神の超越性を純粋に保つことのできる唯一の言説でさえある(48)」。
 そして反対に無神論者ブランショはユダヤ思想から専ら「人間について考える」方法を学ぶのである。
「ユダヤ一神教に我々が負うているのは、唯一神の開示ではなく、人間たちがあらゆる関係づけを排除するもの、即ち限りなく遠く、絶対的に異邦的なるものと、関係を持つ場としてのパロールの開示である(49)」。
 ユダヤ思想は神学としてでなく、人間主義(humanisme)としてブランショを惹きつける。
「ユダヤ的ユマニスムはギリシャ的ユマニスムに比べると、その人間関係に対する深い気づかいに特徴がある。その気づかいが余りに恒常的かつ優先的なので、神が名目上存在する場合でさえ、問題なのは人間であり、人間と人間の間にあるものであり、その時、人間たち自身の他、何ものも彼らを近づけることも隔てることもできない(50)」。
 ユダヤ的ユマニスムはユダヤ教の此岸的性格を示す。メシア主義に明らかなように、救済は神性の奇蹟的介入の受動的な待望ではなく、地上における「正義」の実現の積極的招致である。
「人間が人間に対して犯した罪は神もこれを許すことはできない(51)」ということばが意味するのは、単に不正は地上において正され、正義は地上において実現されねばならぬ、ということだけではない。人間の営みにはいかなる天上的恩寵の介入も期待してはならない、という仮借ないリアリズムがそこにはひそんでいるのである。
 ブランショがユダヤ思想の精華と見なすのは、いかなる終末論的補償も期待できない場合でも、なお、彼方へ向かってわずかな距離を踏み出すべく、人間を駆り立てる「超越の緊張」の発明である。
 ユダヤ的ユマニスム、神を言い落としたユダヤ思想が、かくして定式化される。この思想をブランショはエクリチュールの理論として立てる。
 ユダヤ的なるものがなぜ文学的創造の原理となりうるのか。差異とは、他者性とは、対話的パロールとは、文学において何であるのか。我々はこの最後の論題に到りついた。

   5 中間的なもの

『文学はいかにして可能か?』以来のブランショの主題は、「前=言語的イデーの代理表象体系としてのエクリチュール」という伝統的言語観を否定し、エクリチュールに固有の力学を定式化してみせることにあった。即ちエクリチュールによる思惟の「汚染」と「差異」の発生を積極的に評価することを通じて作者と作品の関係を顚倒せしめんとしたのである。
「作家は彼の作品によってのみ自らを見出し、自らを実現する。作品以前において彼は自分が何者であるかを知らず、また何者でもないのだ(52)」。
 エクリチュールには本来書き手に属さない外部の力が働いている。
「この書くという行為の神秘的で危険な運動、これによって書き手はおのれの文章がおのれをどこへ導くかを知らずに書き始め、その結末を無視して作品を企て、かくして未知なるものと結びつき、彼を超え、また彼がおのれを超えるある展開の神秘の中へ踏み込んでいると感じる(53)」。
 エクリチュールは自同的閉域からの踏み出しであり、「おのれを破壊するものと結びつくこと」である。「私は」と書き出したと同時に、書き手は彼が思ってもいなかったことを書き、思っていることが書けなくなる。エクリチュールは労働ではなく賭博であり、表現でなく出会いであり、定住地での耕作ではなく、砂漠の彷徨である。
 ブランショはエクリチュールの離散的なモードを好んでユダヤ的な「追放の真理」に擬して語る。
「離脱と追放とは外部にあるものとの積極的な関係を意味している。その要請するところは我々に対し、我々に固有なもの、すなわち一切を同化し、一切を同定し、一切を我々の自我に関係づけようとする我々の権力に甘んじてはならぬ、ということである(54)」。
「追放の真理がある。追放の召命がある。もし、ユダヤ人であることが離散にさらされることであるならば、それは離散が、場所なき定住を求めることであり、一個人、一集団あるいは一国家との固定した権力関係のすべてを破棄することであり(......)最終的には、統一性、自己同一性の誘惑を断ち切ることであるからだ(55)」。
「ユダヤ人であること」を「書くこと」と書き換えても、ブランショの文脈は微塵もゆるがない。それが離散の二つの様式、同一の運動の二つの形式であるのならば、「ユダヤ人である書き手」こそ、二重に離散を刻印された理想的な作家になる資格がある。ブランショがカフカを語って倦(う)まない所以である。
「カフカにとって世界から追放されることは、カナンの地からの追放、砂漠の彷徨を意味している。(......)彼はこの外部を、もう一つの別の世界に作り上げ、この彷徨を新しい自由の原理、起源とするために闘わねばならなかった。出口なく、確信なき闘いだ。そこで彼がかち得るはずのものは、彼自身の消失、流謫の真理、離散のただなかへの還帰である。スペインからの追放ののち、宗教的な人々が流謫を極限まで推し進めることによって逆に流謫を克服しようと企てた、ユダヤの深達なる思弁にも擬すべき闘いだろう(56)」。
「深遠なる思弁」とはカバラーのことだ、とブランショは自註している。詳しくはカバラーから派生した17、8世紀の終末論的偽メシア主義(サバタイ=フランク主義)の運動を念頭に置いている。その最も特異な教説は、罪による救済、「律法の侵犯による神意の成就」という逆説を含んでいる。
 カフカの作品を「新たなるカバラー」と言うのは、離散こそが常態であり、受苦によってメシアの日を近づけ、棄教によって恩寵を得ることを信じたサバタイ主義的思考との類比においてである。
 宗教運動と文学の実作の間に直接の類比を適用することは「科学的」ではない。位相のちがいを踏まえないモデルの濫用を実証的検証と呼ぶことはできない。だが、ブランショが位相の飛躍により、あるモデルの数次の位相を貫通する相同性を示そうと企てていることは明らかである。神的源泉から終末に至るまで、存在の相は恩寵の減少を伴いつつ無限に連環している、と考えるのはカバラーの一つの特徴である。ここでは位相のちがいにもかかわらず同一モデルが適用可能であることが、そのモデルの真理性の証明となるのである。

 文学は「権力としてのおのれ自身に対する異議申し立ての力」であり、離散と追放の力である、とブランショは言う。ならば、一方には、秩序、体系、全体性の権力を象徴する統一、求心の力が力学的には既に前提されている。ブランショはこの力を「文化」と称名する。
 文化は百科全書的な巨大な咀嚼運動であり、その至上目的は、一切の事象をパノラマ的に「眺望」する最高観照点の定立である。文化はすべて秩序を乱し、体系を脅かす力を弾圧する。にもかかわらず、この反秩序・反体系・反権力の運動こそが文化を養っている。いかなる文芸上の冒険も文化財として後世に所有される運命をまぬがれることはできない。
「文学作品の特性とは創造的であることであり、一方、文化の特性は創造されたものを収穫することにある(57)」。
 大航海時代の冒険が植民地支配に奉仕したように、文学の「異議申し立て」の力は、文化の領域を拡げ、活性化することに不本意にせよ資している。
 文化と文学、統一と離散、二つの力がせめぎ合う場を、ブランショは「書物」という巧妙な比喩を以て示す。
 ブランショの措辞のつねとして、この話もまた高い抽象性と具物の具体性を同時に含意している。その意味するところを見れば、書物はまず文化の陣営に列せられる。
「知の貯蔵庫、集積所としての書物は知と同一化する(58)」。
「書物はつねに『統一性』に従う秩序、概念の体系を指している(59)」。
 しかし、その役割は単純ではない。
「書物は読解(レクチュール)とエクリチュールのあらゆる可能性の条件をなす(60)」。
 書物は知のアプリオリである。書物は読まれるために既に書かれており、書かれるために既に余白を残して書き上げられている。最初の書物、一切に先行する起源は破壊された神の真蹟のコピーである、という聖書の設定は象徴的である。
 レクチュールとは同一のテクストの別の知覚、別の世界像、別の遠近法を経由しての「反復」であり、それによる、同一の素材の全く新しい稜角の発見、即ち、註解(exégèse)の経験である。
 いかに博捜つまびらかな註解者も、わが註解がテクストのすべての読解可能性を踏破した、と揚言することはできない。既に註解が別の註解の原典となるからである。
「我々の註解――我々はそれを書き、一つの作品の地位へと高める。それは出版され、公共のものとなり、また次の註解をひきおこす。そして、その註解もまた......(61)」
 テクストの余白は決して埋められることがない。余白は余白を増殖させる。書物において同一のものは無限に差異を生成する。
「《書物はどこにあるのだ?――書物のうちに》
 書物から出てゆくすべての出口は書物のうちにつくられている」(J・デリダ『エドモン・ジャベスと書物の問い(62)』)。
 余白が増殖を励起する。書物は空隙(interstice)を抱懐している。この空隙、欠如がこれを充溢させ、連続させ、一義的に統一しようとする人間的努力を動機づける。
「単一の作品は何かを欠くことではじめて完全なものである。この欠如が作品と作品自身との無限の関係なのだ。欠落のモードにおける充溢(63)」。

 先行テクストへの註解としてのエクリチュールの無限運動というシェーマはタルムードの弁証法と符合する。
 最初の書物は破棄された原本の代補である。神はそのはじめから注意深く姿を隠している。根源的所与は既に非‐根源化されている。根源は差異のうちにある。
 この状況こそが人間の可能性の開かれである。
「神におけるこの差異とこの否定性、それこそが我々の自由であり、超越であり、言葉である」(J・デリダ(64))。
「不在における神」への人間の問いかけの純粋性がタルムードの生命である。神のテクストをおのれの身に引き受け、等身大の註解を書き加えることをタルムードは命じる。
「イスラエルはその『書物』の中に神の考えのすべてを、救いの唯一の条件を認める」(A・シュラキ(65))。
 一切の知は書物の中に、充たされるべき空隙として、あらかじめ告知されている。「一つのヴェルセから多様な意味が生じる」(『サンヘドラン(66)』)。なぜなら、聖なる書物を構成するヴェルセは「完全記号」であり、いかなる註解が加えられようとも、「これらの記号は同一の意味、あるいは同一の意味の新しい様相を開示するという特権を保っている(67)」からである。
 自同的な一巻のテクストでありながら、差異の無限の生成を動機づける反‐世界的容器としての「書物」という理念はブランショがユダヤ思想に借りたものである。
「最初のテクストは(......)また同時に註解されるテクストであり、このテクストは単にその自同性において再読されるだけでなく、その無尽蔵の差異において学習されねばならない(68)」。

「書物」は註解によって破裂され、四散し別の切り口を晒すと共に、その切り口を目録に付け加えることで「文化財」として富んでゆく。文学と文化、創造と収奪、離散と統一の二力が、二つの方向(「最も激しい拡散の方向と、より複雑な構造の発見によって、無限の多様性を取り集めることのできる、ある収縮の方向(69)」)に向かって、同時に、書物の中で作用している。書物は、この二力、二極、二原理の「中間」に、いる。「中間的なもの」(le Neutre)とは、この「二者の間」(entre-deux)の間の分裂という事態そのものであることを指している。
「かくして、たえず運動の中にあり、たえず拡散の極限にあるこの書物は、この拡散自体により、また書物の本質である分裂に従って、つねにあらゆる方向から一点に集中される。この分裂を書物は消滅させない。反対に分裂を保持しつつそれを顕示し、かくして分裂においておのれを成就するのである(70)」。
 拡散しつつ集中的に生成する変化。ブランショが「書物」と称するものは、ほとんど東洋的な陰陽に近い、宇宙論的な運動原理なのである。
 この二原理の対立による無限の生成、というシェーマはレヴィナスの「ギリシャ‐ユダヤ」図式を踏まえている。但し、ギリシャに対し、ユダヤに理あり、とするレヴィナスにブランショは与しない。むしろ、この二原理の対関係そのものに、西欧の知の運動の可能性を認めようとするのである。
 定住と彷徨、統一と拡散、暴力と友愛、権力と異議申し立て、秩序と蜂起、律法と侵犯、文化と文学、これらはすべて対になって、はじめて意味がある。対になることで、両者の間の差異が際立たされるからである。二項間の差異としてのみ指示されるこの非‐概念的空隙をブランショは「中間的なもの」と呼ぶ。それは「註解の永遠の運動、対象も主体も目的も方向も持たない運動」であり、それゆえ分裂へと向かう「分裂以外の何ものでもない」(R・ラポルト(71))。
「対話」とはこの中間性の保持と増殖のための奇計であり、その端的な表現が文学なのである。
「もしエクリチュールが差異の守護者であり、エクリチュール自身が差異であるならば、エクリチュールの守護者は文学である」(F・コラン(72))。
 かかる意味において文学は特権的である。「つねに統一性の視点からしか思惟されない状態から思惟を解放する全く他なるパロール(73)」である文学は、知と非‐知の二方向に引き裂かれながら生きることができる。むしろ、引き裂かれることによって、生きることができるのである。
 文学は「同時に知の歩みであり、非―知の歩みであり、この二つの分裂、一方と他方との間での精神のためらいである(74)」。

 レヴィナスのユダヤ思想に基づく、西欧形而上学批判の論理構制を巧妙に援用して、ブランショは西欧の知的閉域を攻略する。しかし、それはブランショがユダヤ思想の最終的勝利に無神論を以て異議を申し立てることを妨げない。ブランショはギリシャとユダヤを、相補的で生産的な対関係としてとらえるという第三の道を求める。かくしてブランショは、一切の臆断をまぬがれた、根源的な自己審問の経験である「分裂そのもの」になりおおせることを夢見るのである。


 註
1 E. Londyn, Maurice Blanchot, Romancier, Editions A.-G. Nizet, 1976, p. 10.
2 F. Collin, Maurice Blanchot et la question de l'écriture, Gallimard, 1971.
3 ロンダン「ブランショの散文の荘重で時に黙示録的な調子は聖書的余韻を持っている。このセム的要素はユダヤの律法とエホバの全能への信仰を思い起こさせる」(前掲書、一八九頁)
   コラン「ハイデッガーの思考とランガージュの身元がギリシャ的なものにとどまっているとしたら、(......)ブランショの身元はユダヤ的である。」(前掲書、七四頁)
4 E. Lévinas, Sur Maurice Blanchot, Fata Morgana, 1975.
5 レヴィナスの引用は枚挙に暇がない。直接にレヴィナスを論じたものを試みに挙げると、« Connaissance de l'inconnu », L'Entretien infini, Gallimard, 1969, « Notre Compagne Clandestine », Textes pour Emanuel Lévinas, Éditions Jean-Michel Place, 1980.
6 M. Blanchot « Notre Compagne Clandestine », op. cit., p. 87.
7 E. Lévinas, Humanisme de l'Autre Homme, Fata Morgana, 1972, p. 40.(以下HAHと略記)
8 E. Lévinas, Difficile Liberté, Albin Michel, 1976, p.20.(以下DLと略記)
9 E. Lévinas, Totalité et Infini, Nijhoff, La Haye, 1961.(以下TIと略記)
10 DL, p. 42.
11 「救いを施し給ふイスラエルの神よ、まことに汝は隠れています神なり」(イザヤ書45―11)
   「汝はわが面を見ることあたはず、我を見て生る人あらざればなり」(出エジプト記33―20)
   「全能者はわれらに測りきはむることを得ず、(......)彼はみづから有智とする者をかへりみたまはざるなり」(ヨブ記37―23、24)
12 B. Agus, L'Evolution de la pensée juive, Payot, 1961, p. 296.
13 A. Chouraqui, La Pensée Juive, PUF, Collection « Que sais-je? », 1965, p. 23.
14 「エホバわれにいひたまひけるは汝われは幼少といふ勿れ、すべて我汝を遺すところへゆき我汝に命ずるすべてのことを語るべし(......)エホバ遂にその手をのべて我口につけエホバ我にいひたまひけるは視よわれ我言を汝の口にいれたり」(エレミヤ記1―7、9)
   「汝の口を開きてわが汝にあたふる者をくらべし(......)是に於て我口をひらけばその巻物を我に食はしめて我にいひ給ひけるは人の子よわが汝にあたふる此巻物をもて腹をやしなへ腸にみたせよと」(エゼキエル書2―8、3―3)
15 G. G. Scholem, Le Messianisme Juif, Calmann-Lévy, 1974, p. 51.
16 E. Lévinas, Quatre Lectures Talmudiques, Les Editions de Minuit, 1968, p. 18.(以下QLTと略記)
17 M. Buber, Die Chassidische Botschaft, L. S. Verlag, 1952.(邦訳「ハシディズム」平石善司訳、みすず書房、一九七二、八頁)
18 E. Lévinas, Noms Propres, Fata Morgana, 1976, p. 40.
19 E. Feron, « Le temps de la parole », Exercices de la patience, Obsidiane, 1980, p. 23.
20 HAH, p. 49.
21 TI, p.57.
22 TI, p. 281
23 M. Blanchot, Le Livre à venir, Gallimard, Collection « Idées », p. 16.(以下LVと略記)
24 LV, p. 17.
25 M. Blanchot, L'Entretien infini, p. 22.(以下EIと略記)
26 EI, p.86.
27 EI, p. 189.
28 M. Blanchot, Le Très-Haut, Gallimard, 1948, p. 30.
29 Ibid., p. 35.
30 Ibid., p. 190.
31 Ibid., p. 243.
32 M. Blanchot, L'Arrêt de mort, Gallimard, 1948, p. 103.
33 M. Blanchot, Aminadab, Gallimard, 1942, p. 225.
34 Ibid., p. 226.
35 EI, p. 17.
36 EI, p. 187.
37 EI, p. 613.
38 M. Blanchot, La Part du feu, Gallimard, 1949, p. 210.
39 EI, p.311.
40 EI, p. 445.
41 M. Blanchot, L'Amitié, Gallimard, 1971, p. 328.
42 EI, p.94.
43 EI, p. 95.
44 EI, p. 375.
45 EI, p. 377.
46 EL, p. 74.
47 DL, p. 33.
48 EI, p. 379.
49 EI, p. 187.
50 EI, p. 188.
51 DL, p. 37.
52 PF, p. 296.
53 PF, pp. 217-8.
54 EI, p. 186.
55 EI, p. 184.
56 M. Blanchot, L'Espace Littéraire, Gallimard, 1955, Collection « Idées », pp. 78-9.
57 EI, p. 588.
58 EI, p. 621.
59 EI, p. VII.
60 EI, p. 621.
61 EI, p. 569.
62 J. Derrida, « Edmond Jabès et la question du livre », L'écriture et la différence, Seuil, 1967, p. 113.
63 EI, p. 572.
64 J. Derrida, op. cit., p. 103.
65 A. Chouraqui, op. cit., p. 30.
66 Traité Synhedrin, 34 a, Le Jalmud.
67 QLT, p. 20.
68 L'Amitié, p. 254.
69 LV, p. 344.
70 LV, p. 344
71 R. Laporte: « Une Passion », Deux Lectures de Maurice Blanchot, Fata Morgana, 1973, p. 152.
72 F. Collin, op. cit., p. 221.
73 EI, p. 595.
74 L'Amitié, p. 182.
                    (「人文学報」通号151、1982年2月)

     5‐2

 音声を特権化する知は繰り返しいうがユダヤ教に固有のものではない。レヴィナス哲学についてさえ、音声主義をその特性とすることには異議を提出する人があるかもしれない。
 例えば、ハイデガーは存在の真理を「語り」(die Sage)「呼びかけ」(der Ruf)といった明らかに音声的な比喩で言い表わしている。
 当のフッサールにしても、ジャック・デリダがその「音声学主義」(phonologisme)を批判したのは周知のことである。
 いずれも看過できない重要な論件であるが、もはや検証する紙数が尽きた。
 ハイデガーについては、「音声」があくまで「光」と癒合し「光」に付随する機能しか持たされていないことを指摘しておこう(「語りとしてのロゴスは、デェールーンと同じことであり、このデェールーンとは、語りにおいてそれについて『語られている』当のものをあらわならしめる、ということである。(......)ロゴスはあるものを見させるのである。(......)ロゴスはフォーネーすなわち音声であり、しかもフォーネー・メタ・ファンタシィアス、すなわち見エル像ヲトモナッタ音声である(92)」)。
 デリダの『声と現象』は一層慎重な検討を要求する。私たちはこのテクストがデリダのレヴィナス批判(『暴力と形而上学』)と同年に刊行されたものであり、『全体性と無限』での視覚と聴覚の対比という図式を踏まえて書かれたものであることを知っている。とすれば、ここでデリダがフッサールにつきつけた声の「謎の権力」(puissance d'énigme)への疑義は当然レヴィナスについても問われていると考えるべきだろう。
 レヴィナスの主張を反転させるかのようにデリダは「声の威信の超越性」こそ西欧の「精神の歴史」の刻印だと論じている(93)。
 これほどまでに決定的な論点の対立について数頁で何ごとかを語ることは不可能である。私たちはとりあえず、音声の地位をめぐって思想史を再検討するという刺激的な論件が浮上したことを奇貨として論考を閉じることにしたい。

92 マルティン・ハイデガー、『存在と時間』、原祐、渡辺二郎訳、中央公論社、一九七五年、一〇八頁。


93 Derrida, La voix et le phénomène, PUF, 1967, p. 84.

レヴィナスとカミュ――存在論から倫理へ


   1‐1

 四〇―五〇年代には実存主義とマルクス主義に背を向け、六〇年代には構造主義に懐疑の視線を送り、六八年五月の学生の反乱に眉をひそめ、《強度》と《逸脱》を祝聖するポスト・モダン的言説の考えられる限りの対極にある哲学者エマニュエル・レヴィナスがその「反時代性」ゆえに、逆説的にも時代から突出してしまったのは一九七〇年代のことである。
 ジャック・デリダの、強烈なレヴィナス批判のテクスト(『暴力と形而上学(1)』(一九六四)にもかかわらず、若い世代を中心にレヴィナスへの関心は高まり続け、ジャック・ロラン、シルヴァーノ・ペトロジーノの『流浪する真理(2)』とアラン・フィンケルクロートの『愛の叡智(3)』を得て、八〇年代半ばに、レヴィナス哲学の「擁護と顕彰」は堅固な論陣を構築するに至った(わが合田正人氏の『レヴィナスの思想(4)』もその陣営の礎石の一つに数えることができるだろう)。
 八五年以降、このような趨勢の先頭を切るように本邦でもレヴィナスの紹介と翻訳が相次いだ(僅か五年余で主著の大半が翻訳された。おそらくレヴィナスの翻訳点数では日本が世界一であろう)。
 さきの合田氏の研究は世界的な水準に達するものと評価されているが、最近になっても谷口龍男氏の『〈イリヤ〉からの脱出を求めて(5)』、西谷修氏の『不死のワンダーランド(6)』のようなユニークなレヴィナス研究が相次いで公刊され、本邦学会におけるレヴィナス哲学への関心の高さを窺わせる。
 このような研究動向のうちで、レヴィナスの独特な哲学概念の形成過程とその含意に対する理解も深まっており、「顔」「在る(イリヤ)(il y a)」「身代わり」といった術語への違和感も薄れつつあるように思われる。
 本論考は以上のような研究史的状況を踏まえた上で、先行的研究においては十分に論及されたことのない論件を取り上げることとした。「レヴィナスとカミュ」の対比研究がそれである。
 ほぼ同世代に属し(レヴィナスが七歳年長)、同時期にドイツ哲学の強い影響下に思想形成を果たした二人の「フランス人」思想家を対比的に論じること自体はとくに創見と言うには当たらない。しかし近年のレヴィナス研究の傾向にある程度通じている研究者は、この組合わせには意外の感を抱くはずである。というのも、レヴィナス哲学の系譜学的研究や同時代の思想家たちの相互影響や異同を論じた多くの研究の中に、エマニュエル・レヴィナスとアルベール・カミュの対比を主題的に論じたものが管見の及ぶ限りでは存在しないからである。
 さきに触れた西谷氏の研究にはレヴィナスと同時代の思想家たち(ジョルジュ・バタイユ、モーリス・ブランショ、ジャン=ポール・サルトル)を対比的に論じた部分があるが、カミュへの言及はなされていない。
 合田氏のほとんど網羅的な系譜学的研究においても、レヴィナスと何らかの思想的交流があったと思われる三〇〇名近い思想家の名が挙げられている中に、カミュの名はない。
 レヴィナス自身が自らの哲学のすぐれた祖述者として認知しているロラン、フィンケルクロートの研究書でもカミュへの言及は一言もない(『愛の叡智』には一箇所だけカミュからの術語の引用があるが、論脈にはかかわらない)。
 また、一九八七年にフランソワ・ポワリエが行った、これまでで最も網羅的なレヴィナスへのインタビュー(7)においてもカミュの名への言及はない。それもインタビュアーであるポワリエが二度にわたってカミュとの関係、カミュへの評価を質問しているにもかかわらず、レヴィナスはその質問を無視している。
 これだけ条件が揃えば、レヴィナス研究者が、レヴィナスとカミュの間には、対立であれ、類似であれ、学知的な関心を惹くに足るような思想的連関は存在しないと判断したとしても無理からぬことと思われる。
 本論考の主題の選択が「意外」なものと映るであろうとさきほど述べたのは、かかる事情を勘案してのことである。
 しかし、むろんこの論題の選択は奇を衒(てら)ったものではない。論者が実際にこの二人のテクストを読んだ時に、非常に相似た印象を受けたという個人的経験が本論考を動機づけている。
 レヴィナスとカミュの思想的連関を考究することを通じて、この個人的印象にどれほどの根拠が存するのかを検証したいというのが本論考の始点的動機である。
 もしこの対比的分析によって、レヴィナスとカミュを包括的に考察できるようなパースペクティヴが提示できれば、本論考の趣旨は達せられたことになる。さらにこの機会に、論者が敬愛する思想家でありながら、近年は若い研究者の関心を惹くことの少なくなったアルベール・カミュの思想の先駆性と深みを改めて確認したいと思う。

   1‐2

 二つの思想の連関、相同性を対比的に論じる研究は、類似点の恣意的な摘出とその羅列という面白味のない論述に傾きがちである。以下の論考ではその弊を避けるために対比の軸を一つに絞りたい。軸になる論件は、ハイデガー存在論の批判的継承である。もう少し詳しく言えばハイデガーが拓いた学知的地平(それは両者にとって選択の余地のない与件であった)において彼らが抱いた違和感と、その感覚に導かれて彼らが模索した、ハイデガー的地平からの脱出の回路を解明すること、これである。ハイデガー的地平から身を引き剝すようにして営まれた両者の思想的創造が「男性的倫理」という「虚構」へ、それぞれの個性的迂回をたどりつつ収斂されてゆくプロセスを以下の分析で明らかにしてゆきたい。

 軸になる論件に進むに先立って、レヴィナスとカミュの世界観の基本的な構えをごく大まかに概観しておく必要があるだろう。ここでいう「基本的な構え」というのは思考における資質あるいは生理というのに近い。
 一つは反神秘主義、別の言葉で言えば人間の知性への深い信頼。いま一つは反歴史主義、別の言葉で言えば、一切の「予測」への厳しい否である。
 おそらく、この二つの「反」は本質的には同一の確信に根ざしている。短見を惧(おそ)れずに言ってしまえば、この二つの「反」の根底にあるのは自らの知力に対する傲慢なまでの確信である。彼らはほとんど生得的なこの確信から出発する。それが彼らをハイデガー的地平という「哲学の極北」へ導き、ついでそこにとどまることを禁ずるのである。
 逆説的なことだが、「知による知の自己審問」というようなアクロバシーを試みる思想家を導いているのは、「知の権力性の覚知」や「自己懐疑」や「疚しさ」などではなく、病的なまでの自己への期待なのである。
 自らの知力に絶対的な確信を抱いており、それゆえ考え得る最も峻厳な試練を自らの知力に課すことを強いられた二人の思想家の奇妙な巡歴のあとをたどってみよう。

   2‐1

 神秘主義に対する根深い不信感は両者に共通のものである。無神論を広言するカミュについては当然としても、篤信のユダヤ教信者であるレヴィナスが神秘的なもの、あるいは「神聖なるもの」(le sacré)を貶下的に語ることについては多少の説明が必要だろう。
 レヴィナスの出身地であるリトアニアは中世以来、東欧におけるユダヤ教学の中心地として知られた土地である。その地において「ユダヤ教はその霊的発展の絶頂を究めた(8)」とレヴィナスは誇らしげに語っている。ただしリトアニアのユダヤ教はその学習重視、規律重視という点で他の東欧ユダヤ教国と比してひときわ異彩を放っている。
 周知のように、東欧では一八世紀にハシディズムという神秘主義的なユダヤ教潮流が爆発的な大衆的支持を集めたことがある。バアル・シェム・トヴを開祖とするこの運動は宗教的法悦や神との合一を求めて、律法の学習や戒律の遵守といった実修の知的側面を軽んじた。マルチン・ブーバーが伝えた多くの逸話を信じるならば、ハシディズムの聖者(ハシッド)たちの多くは超常能力(千里眼、予知能力)を発揮して大衆の熱狂的崇敬を得たのである(9)。
 このような「オカルト」的傾向に厳しい批判を加えた正統派(ミトナグディーム、「反論派」)の代表的論客がレヴィナスの敬慕してやまないヴィルナのガオンであり、「反論派」の牙城がリトアニアであった。
 むろん、ここでハシディームとミトナグディームの理論的対立点の詳細を論じる余裕はないし、さしあたりはその必要もない。ここではただレヴィナスが反神秘主義的なユダヤ教の気圏で少年時代を送ったこと、そこでは「タルムード研究水準はきわめて高く、生活全体がこの学習に律されており、学習として生きられていた(10)」と言われるほどに知的活動に高い賭金が積まれていたこと(少なくともレヴィナス自身はそう信じていたこと)を確認するだけで十分だろう。

   2‐2

 神秘主義とは、ある種の「秘儀参入者」は特権的手段を介して超越者と直接交通することができるという考え方である。その交通によって獲得された「知」は宇宙の構造、世界の運行、人間の召命にかかわる。かかる「知」に基づくならば人間の歴史の推移についての包括的予測も当然可能となるだろう。
 歴史にはそれを貫通する「鉄の法則性」が潜在し、ある種の「秘儀参入者」はその法則性を発見することを許され、そうして得た法則性に基づいて包括的な未来予測を行ない得る、という思考はレヴィナスによれば神秘主義の一亜種である。
 神秘主義を斥けるレヴィナスは同じロジックによってマルクス主義を斥ける。レヴィナスのマルクス主義批判は個々の政治的実践に対する経験的批判ではなく、原理的な批判である。簡単に言ってしまえば、レヴィナスは「真理の検証の場としての歴史」という審級を認めないのである。
 レヴィナスはしばしば「アナクロニズム」(anachronisme)という語で自らの「歴史」へのスタンスを語っている。「アナクロニズム」は単なる「時代錯誤」「歴史的出来事の順序の錯誤」「反時代性」といった欠性を指示するばかりでなく、もっと積極的な「歴史」認識を含意している。それは「クロノロジック」(chronologique)な、つまり「時代順の」、過去から未来へ流れるリニアな時間系列上の事象の推移を、真理検証の唯一の審級とみなす立場(「時間主義」chronisme)に対する「反」(ana)なのである。
 タルムードにおけるラビたちの議論はアナクロニズムの適例である。ラビたちは歴史的事件の時間的順序を平然と無視する。ラビたちは出来事の先後関係にさしたる重要性を認めない。彼らにとって時間は一方的に流れるものでも直線的な軸でもない。
 レヴィナスはこう書いている。
「ユダヤ人は歴史に無縁である。(......)彼らは歴史に関心がない(11)」。
 この反時間主義的思考は時間の流れとともに生成し熟成し枯渇する「歴史的事象」を認めない。だから例えば未来に設定されたある高貴な目的が現在執行されている卑劣な手段を正当化するというようなことは認められない。未来のある時点に至ってはじめてその真理性が事実によって検証される先駆的思弁というようなものも認められない。
 なぜなら、すべてはいま、ここで知の検証に耐えねばならないからである。
「見かけ上のアナクロニズムを気に病むには及ばない。アナクロニズムに顔をしかめるのは歴史的方法の狂信者だけである。彼らが奉じているのは、いかにすぐれた思想といえども、すべての経験の意味を先取することはできないということ、ある特定の時代が到来しない限り発語不能であるような語が存在するばかりでなく、時が熟さない限り思考不能であるような思想も存在するということである。私たちは真にすぐれた思想とは、すべてがそこで考え抜かれているような思想である、という考え方から出発する(12)」(強調はレヴィナス)。
「すべてがそこで考え抜かれている」ような知の境位――あらゆる理説が闘争し、共鳴し、背(はい)馳(ち)し、対話していながらカオスに堕すことなく構造化されているような場、それが真理検証のための唯一の審級とレヴィナスが思い描いているものである。
 およそ人間が切実な問いとして自らの身に引き受け、生きなければならないような難問はことごとく古代から賢者たちによって徹底的に、繰り返し、議論され、敷(ふ)衍(えん)され、深化されてきたはずだ、とレヴィナスは考えている。レヴィナスがタルムードのテクストの中の古代のラビたちの律法にかかわる技術的・専門的な議論のうちに、私たち自身にとってのアクチュアルな問いへの回答を読み込もうとするのはかかる「反時代的」了解に基づくのである。
 レヴィナスにとって真理検証の審級は思考することそれ自体である。思考がどこまで異質の見解を同時に包摂できるか、どこまで背理に耐えられるか、「すべてを説明し切れる全体知」の誘惑にどこまで抗し得るか。
 一切の神秘主義的=歴史主義的安住を拒否するこの思考はいわば離散それ自体を定住の場とする「彷徨する知」へと自らを練成してゆくことを強いられている。けれどもこの「彷徨する知」が習得してゆかなければならないのは、ポスト・モダン主義者が夢想するような軽やかな「逃走」能力でも「戯れ」の才知でもない。獲得すべきなのは知の容量である。すべてを考え抜くために、思考は自らの限界を張り裂くように大きくなってゆかなければならないだろう。

   3‐1

 レヴィナスの神秘主義・歴史主義への「反」の構えを概観することで、その思考の基本的傾向とでもいうべきものをごく簡略に素描してみた。次に同じ論件をカミュについて眺めてみることにしよう。際立った類似性とは言えぬまでも、かなりの資質の近さを私たちはそこに認めることができる。
 カミュの関心は一貫して「いま・ここ」における自らの判断と行動は何に準拠すべきかという基本的な問いをめぐっている。彼の全テクストはそのような焦眉の実践的問いへの無数の回答の試みによって織り上げられていると言って過言ではない。カミュ自身の有名な言葉がその関心の所在を誤解の余地なく明らかにしている。
「私の興味を引くのはいかに行動すべきかを知ることだけである。もっと厳密に言えば神も理性も信じられないときに、ひとはいかに行動すべきかを知ることである(13)」。
 カミュは神の摂理も歴史の法則性も「不可視の構造」も、およそ人間の条件を超越する一切の審級を認めない。人間の知性によって直接認識できないような包括的基準に基づいては人間は明晰な判断は下せないはずである、というのがカミュの単純にして明快な立場である。なぜならかかる包括的基準の真理性を人間は決して論証することも反証することもできないからである。
「私はこの世界にそれを超越するような意味があるかどうかを知らない。けれども私は自分がその意味を知らないということ、そしてさしあたりそれを知ることは不可能であろうということは知っている。私の手の及ばないような意味が私にとって何の意味を持つだろうか? 私は人間の言葉でしか理解することができない。私が触れるもの、私に逆らうもの、それが私の理解できるものである(14)」。
 カミュは自らの知性が「これは正しい」と断言できるもの――それがいかにわずかなものであれ――だけに準拠して判断し行動することを望んでいる。摂理も玄義も歴史も構造も、人間の知性が理解しえぬものに人間は自分の運命を付託すべきではない。すべての包括的な説明原理は、斥けられねばならない。人間は宇宙の構造についても歴史のテロスについても、おのれ自身の生きてゆく意義についても、何一つ確定的なことを語り得ない。
 世界という圧倒的な実在性を前にして、それを攻略するための説明を自らに禁じてしまった人間知性の無能と脆弱の覚知、それが「不条理」(absurde)という語によってカミュが指示している状況である。
 この世界にいかなる超越的な意味があるにせよ、人間の知性がそれを理解できない限り、世界は無意味である。
「世界の無意義性」の経験、それがカミュの「不条理の哲学」の出発点になるわけだが、むろんかかる経験の記述はカミュの創見ではない。それどころか「世界の無意義性」という観念は三〇―四〇年代のフランス青年知識人たちの「常套句(クリシエ)」であった。
 キルケゴールが「死にいたる病」として語った「絶望」の経験、ヤスパースが「限界状況」として語った「理性と非理性の臨界」の経験、ハイデガーの「存在論的不安」――こうした共通のレフェランスに準拠して、サルトルは「嘔吐」を語り、バタイユは「内的体験」を語り、ブランショは「死ぬことの不可能性」を語り、レヴィナスは「ある(il y a)」を語り、カミュは「不条理」を語っている。用語は異なるが、これらはいずれも世界を安定した意味の秩序たらしめている包括的規範、包括的な説明原理、すなわち「聖なる天蓋」(sacred canopy)の崩壊の経験に対応しているという点では変わるところがない。
 むろん、共通のレフェランスに依拠しながらも個々の術語の含意は思想家の個人的資質を映して微妙に異なっている。カミュの独自性は先行するすべての実存主義哲学を一刀のもとに切り棄てた『シジフォスの神話』において開陳されている。ここでカミュはキルケゴール、ヤスパース、フッサール、ハイデガーをことごとく斥けているが、その批判の構図はかなり単純である。
 カミュによれば、彼らは人間の知性と権能の限界の経験をたしかに厳密を期して記述してはいる。しかしそれはより上位の、超越的な審級を措定するための戦術的迂回であるにすぎない。「世界の無意義性」の覚知は「世界の真の有意義性」の悟徹へ至るための一階(かい)梯(てい)として、否定的=生産的契機として、一つの通過点として、功利的に活用され、収奪されている。つまり彼らは「聖なる天蓋」の不在の確認を踏まえて、さらに巨大で包括的な新たな「天蓋」の構築をたくらんでいる。これがカミュの批判の基本的な図式である。
 カミュはこういった「天蓋」構築の試みを一括して「哲学的自殺」(suicide philosophique)と指称している。真の問題――回答のありえない問題――から眼をそらし、解決策の提出を急ぐ姿勢を「自殺行為」に比定したのである。主にヤスパースを念頭にしてカミュはこう書いている。
「これらの人々は、自分たちは理性が崩壊した場所にいる、人間たちだけしかいない閉じられた世界の中にいるという不条理の経験から出発しながら、奇怪な論法によって、自分たちを押し潰すものを神としてあがめ、自分たちから掠奪するもののうちに希望の理由を見出そうとしている。このような強いられた希望は本質的に宗教的である(15)」。
 カミュがここで「宗教的」(religieux)という言葉で指示しているのは、さきにレヴィナスについて述べた中で「神秘主義的」(mystique)あるいは「神聖」(sacré)という形容詞が指示していたのと同じ意味内容である。
 キルケゴールの「絶望」は「真理に到達するために通り抜けられねばならぬ否定性」に他ならぬし、ヤスパースは「限界状況」を突き抜けて「有限性を止揚する超在」に出会うだろうし、ハイデガーは「存在忘却」の状態から「聖なるものが出現する」本質の場所への「帰郷」の旅程を歩むだろう。彼らはみな「人間だけしかいない閉じこめられた世界」(un univers fermé et limité à l'humain)から「逃れ出て」しまう。カミュはそれを「宗教的」な「飛躍」(saut)とみなす。
 むろんここでカミュが下した先人たちへの批判をそのまま受け容れるわけにはゆかない。周知のようにサルトルはカミュの実存哲学批判をアマチュアの仕事だと冷笑したことがある(「カミュ氏はいささか気取ってヤスパース、ハイデガー、キルケゴールのテクストを引用しているが、必ずしもよく理解しているようには思われない(16)」)。しかし、カミュがここで先行する哲学者たちに加えた批判の当否は、さしあたり二次的な重要性しか持たない。重要なのは彼らの哲学の欠陥をカミュがどう理解していたのか、いかなる論理構制によって彼らを批判し、超克し得ると考えたのかである。私たちはカミュの思考の独自性を考察しているのであって、カミュの思想の真理性を検証する任にはない。
 カミュが繰り返し述べているのは、人間の知性には限界があり、世界の「外部」を把持することができないという否定的与件に基づいては人間を超える何ものかの存在を論証することはできない、という単純な理屈である。人間は自らの存在の意味を「外部」から、あるいは「天上」から、あるいは「明るみ」から賦与してくれるような奇蹟的な支援の介入を期待してはならない。一切の支援も、一切の救済の希望もないままに意味の不在に耐える能力のうちにカミュは人間の存在根拠を求めようとしている。
「ひとは自分より上位にある存在に訴求することなしに生きることが果して可能か? それだけが私の関心事である(17)」。

 カミュがマルクス主義に対して早い時期から懐疑的であったこと、『反抗的人間』において徹底的にマルクス主義を批判し、サルトルと訣別したことは周知のことであるので、詳細な論述には及ぶ必要がないだろう。カミュが歴史を領導する法則という「上位審級」を認めない理由は既に述べた通りである。カミュのマルクス主義への否定的評価を知るには、次の引用だけで足りるだろう。
「どうして科学的と自称する社会主義が事実と背馳するというようなことが起こり得たのであろう? 答えは簡単である。それは科学的ではなかったからである(18)」。

   3‐2

 以上、レヴィナスとカミュの思考の基本的傾向を反神秘主義・反歴史主義という枠組の中でごくおおまかに記述してみた。両者がいずれも超越的審級に直接アクセスすることによって世界の無意義性を克服しようとする発想を厳しく斥けていることは確認できた。むろんこのような傾向そのものは、独自のものとは言いがたく、両者の思考の近接性の傍証としてはいかにも不十分であると言わねばならない。
 しかし、彼らが一人の思想家との対決のうちで、その思想の「批判的継承」を通じて、自らの思想を練成していったプロセスに着目するとき両者の近接性はもう少し濃密であることが分かってくる。彼らが同時に対決を試み、その批判的継承の作業をそれぞれの哲学の出発点とした思想家とは言うまでもなくマルチン・ハイデガーである。
 次章ではハイデガー存在論をレヴィナスとカミュがどう受けとめ、それを攻略するためにどのような装置を工作したのかという本論考の中心的論件にすすんでゆきたい。

   4‐1

 レヴィナスのハイデガー存在論批判は、その熟成の経過を追うだけで優に一冊の研究書を成すに足るだけの奥行きの深い主題であるので、ここでは、その詳細にわたる余裕はなく、カミュとの連関にのみ焦点を合わせて論じることに甘んじなければならない。

 レヴィナスのハイデガーへの違和感の表明は、誤解を惧れずに言えば、そのメタファーの運用について最も端的に現われるだろう。
 言葉が基本的に隠喩ならば、そして「おそらく世界の歴史はいくばくかの隠喩の歴史にすぎない」というボルヘスの言葉を信ずるならば、書き手のペンを統御するのは隠喩である。
 推論のパターンはそれを記述するときに選択された隠喩によって決定的に拘束される。中性的で無垢な、一切の予断をまぬかれた隠喩は存在しない。一つの哲学的な言説は必ず一つの隠喩的地平のうちにあらかじめ棲みついている。
 ハイデガーはつねに真理経験を「隠蔽されていたものを光のうちで見る」という隠喩形式で語った。形而上学的の伝統的な修辞に馴染んだ読者にとっては何の違和感も感じられない自然な表現だ。
 だが果たして「光のうちで見る」という隠喩的行為だけが唯一の真理経験の型なのだろうか? 光のうちで見ることによっては知ることのできぬ何か、光からつねに逃れ去る何かがありはしまいか? 対象を把持し、命名し、分類し、認知する、という形式以外にも対象への接近はありはしまいか? 光のうちで見るという真理経験は「光源」あるいは「視覚機能」そのものを原理的に主題化しえぬのではあるまいか?
 隠喩の選択におけるある種の予断をこのようにして問うことによってレヴィナスは実に独創的なハイデガー攻略の詭計を見出した。
 レヴィナスはハイデガーの基本的な図式はそのままにしておいて、隠喩をすべて反義語と入れ替えてみせた。ハイデガーが「光」と書く所にレヴィナスは「闇」と書き、ハイデガーが「帰る」と書く所に「旅立つ」と書く。
 いわばハイデガーの頻用する「太陽神論的隠喩」(la métaphore héliologique(19))の正負順逆をすべて転倒した「太陰神論的隠喩」形式において存在と存在者のドラマを書き換えること、これが『実存から実存者へ』という(題名それ自体が挑発的な)難解な小著で、レヴィナスが「この哲学の風土と訣別したいという強い欲求(20)」に動機づけられて採択した戦術であった。

   4‐2

 まず《ある》という語から始めよう。この概念について両者は見事なまでに対照的な規定を下している。ハイデガーは《ある》についてこう書く。
「がある(il y a)は《es gibt(がある)》を正確に記してはいません。それというのもここで《与える(gibt)》ところの《それ(es)》は、存在そのものであるからです。しかも《与える》とは、与えながら、その真理を保証する存在の本質をいうのです(21)」。
 存在は「与え」「贈る」という他動詞的能作の動作主である。
 ハイデガーは存在を実体化して語ることを論理的には厳しく禁じながら(「《存在》――それは神でもなければ世界の根拠でもありません。存在は存在するすべてのものより以上のものです(22)」)、隠喩においては徹底的にこれを擬人化している。
 レヴィナスの主張はこれを逆転させたものである。存在は与えず、贈らず、動作主でなく、暗く、重苦しく、不快な何かとして描写される。「存在」は徹底的に非人称化される。

「ハイデガーの《がある(es gibt)》は豊饒性、雅量です。これが後期ハイデガーの大テーマでした。存在は自ら名のらぬままに与えるわけですが、それは豊かさとして、あふれ出るような善意としてなのです。まさしくそれとは正反対に《ある(il y a)》はその無関心において耐えがたいのです。それは不安ではなく、ある種の連続性に対する、意味を剝ぎ取られたある種の単調性に対する恐怖(horreur)なのです(23)」。
《ある》の形式主語「それ(il)」は、非人称構文の文法上の擬制にすぎず、いかなる意味でも動作主ではない。
「この特定不能性は、動詞の非人称構文における三人称代名詞と同じく、その行為の特定しがたい動作主ではなく、いわば動作主を持たない行為、名を持たない行為の性格を示している(24)」。

 脱自・存在(Ek-sistenz)が何からの脱(ex)を志向するのか、という根本的な方位決定においても両者は正反対の方向を指さす。
 ハイデガーは「存在忘却」状態、「存在が問われない状態」、いわゆる「頽落」(Verfall)を否定的に捉え返すところから始める。存在は出発点において「自明」でありつつ「定義不可能」な欠性的主題として迂回的に提示される。つまり脱自の旅程の冒頭にはまず「存在の意味が闇に覆われている(25)」、存在の欠如が置かれているわけである。
 レヴィナスはそれとは反対に、存在の過剰とでもいうべき事態、存在に吐気を催すほどに飽和された状態を否定的に捉え返すことから始める。「私たちは、以下で悪とは欠如であるという考え方を審問しようと思う。存在はその限界性や無以外の欠陥を含んではいまいか? 存在は自らの積極性そのもののうちに、何らかの根源的な悪を有しているのではあるまいか?(26)」
 ハイデガーにおいて「あふれ出る善性」の隠喩で語られた存在は、ここでは「悪」の嫌疑をかけられている。
「存在は本質的に見知らぬものであり、私たちに嫌悪感を催させる。私たちは夜のような存在の息苦しさに耐えている。(......)存在とは、存在することの不快(le mal d' être)である(27)」。
 一方は存在の欠如あるいは善の欠如から出発し、一方は存在の過剰あるいは悪の過剰から出発する。そこから踏み出される方位は当然逆向せざるをえない。ハイデガーは「存在の真理のうちへ脱け出る」(Hinausstehlen in die Wahrheit)ように歩を進め、レヴィナスは「目的地を持たない旅」「とにかく外へ出ることしか望んでいない(28)」逃走(évasion)を試みる。
 ハイデガーの脱自の行程は「存在者から存在へ」上向的に進行し、最終的に「存在の牧人(Hirt)」として「存在のかたわら」に「住み家」を得ることによって終点にたどり着く。「故郷への帰還」(Heim-kunft)はかくして成就する。一方、レヴィナスの「存在から存在者へ」の行程はさしあたり「存在の支配者」として存在から身を引き剝すことには成功するものの、そこは終点でもなく故郷でもなく、成就でも解放でもない。そこは別の檻の中である。
 このような一連のシステマティックな語詞の入れ替えによってレヴィナスは、いくつかのことを明らかにしてみせる。
 一つはハイデガーの偏愛する一連の修辞が起源への回帰・原初の清浄と力動性の回復という形で民族の再興を構築するある種の政治的イデオロギーと親和するものだということである。『ドイツの大学の自己主張』と『存在と時間』は主題においてはどうあれ「始原の偉大さを回復せよ」という表現の類似性において紛れもなく同一の文体の産物である。とはいえ、この周知の論件に、本論考が立ち入る必要はさしあたりない。
 私たちが着目すべきなのはレヴィナスが採用したハイデガー批判の戦術が、個々の概念の意義の不明や論脈の不整合や「ナチズム」との親和性などをあげつらうことではなく、体系そのものの逆転であったということ、あるいはそうでしかありえなかったということ、これである。
 レヴィナスは存在論批判の戦術をはっきりこう規定している。
「権力の哲学である存在論は、〈同一的なるもの〉を審問することなき第一哲学として不正の哲学である。ハイデガー存在論は〈他者〉との関係を存在一般との関係に従属させる。(......)存在者に先立つ存在、形而上学に先立つ存在論、それは正義に先立つ自由である。(......)この諸項を逆転しなければならない(29)」(強調はレヴィナス)。
 確認しておこう。レヴィナスの存在論批判はそれを超越する別の哲学体系の提出でも、その体系の内在的不整合性の指摘でもなく、同一体系の項の正負順逆の逆転であったということ。これはきわめて特殊な哲学批判のスタイルである。というのは、もし通常の整合的な理説において、鍵概念の順逆を入れ替えたら、全く論理性のない断片に解体してしまうはずだからである。
 存在論の場合はしかし逆転の戦術が可能であり、おそらくその戦術だけしか可能ではないとレヴィナスは考えた。それは存在論が西欧哲学の究極的形姿であり、内的不整合も改良の余地もない代わりに、西欧哲学が排除してきた別の思考体系の完璧な陰画でありうるという直観に導かれていたからだと私たちは考える。それゆえレヴィナスの存在論批判はポスト・存在論でも、非・存在論でもなく、逆・存在論として構想されることになったのである。
 その論理構制をもう少し仔細に見てみよう。

   4‐3

 レヴィナスの存在論批判の独創性は「本来的自己」の成就として祝聖された事態を「自我の自己への繋縛=自分は自分でしかありえない自我の不能性」として否定的に把えた点に存する。この自己繋縛性に基づいてレヴィナスは他者というすぐれて非ハイデガー的な主題を導入するわけなのだが、そこへ至る論脈は非常に錯綜している。先に説明ないまま用いてしまった「存在の支配」という分かりにくい概念の説明も含めて、以下では「実詞化」(hypostase)と術語化されるプロセスについて原則的な確認を行なっておこう。
「実詞化」とは、動詞を名詞に品詞転換することを意味する文法用語である。哲学的には本来実体としての属性を持たないものが実体に転化することを、宗教的には神性がある神体に宿ることを指す。ここでは「存在する」という本来定義不可能な「最も普遍的で最も空虚な概念(30)」を「存在するもの」という可知的・具体的な概念へ転換することをいう。実詞化とは「厳密に言えば、純粋な動詞であるがゆえに、名づけることのできないこの非人称的な存在のうちに一つの実存者が、一個の実詞が出現すること(31)」である。平たく言えば、「名づけえぬもの」を「名づけうるもの」に転換することと言ってよいだろう。
 言うまでもなく存在から存在者へという実詞化の方向自体が「存在者に即して存在の意味を読み解こう」とするハイデガーの存在者から存在への上向的な行程を逆転させたものである。この戦術的逆転によって存在者は「侍番」ではなく「主人」の役を形式的には与えられることになる。
「存在者(étant)すなわち、存在するもの(ce qui est)は動詞『存在する』(être)の主語であり、そしてそれによりおのれの属辞となった存在の運命を支配することになる(32)」。
「存在の支配者」という法外な地位を存在者に仮説的に賦与することによってレヴィナスは存在論の境位にある限りの存在者の根源的不能性を逆照射する。つまり全能を仮託することによって癒し難い無能の所在を探り当てようとするのである。
 存在者の決定的な無能はすでに見た通り「すべてに対して外部にあるが、自己自身との関係においては内部にあり、自己自身に繋縛されている(33)」こととされる。「自分以外のものにはなれないという自我のこの不可能性が自我の根源的悲劇、すなわち自我が自己に繋縛されているという事実を表している(34)」。この自我の自己繋縛性を悲劇として認識するときにはじめて「他者」という論点が前面に登場してくることになる。
 ちょうどミダス王が触れるものすべてを黄金に変える能力ゆえに餓死してしまうように、「存在の主人」となった自我は、すべてのものを、自我を中心に秩序づけられた世界の中でしか認識できないという刑苦を強いられる。支配者の悲劇は、彼がその権能ゆえにすべての他者の他者性を去勢化し、すべての異邦を植民地化し、すべての外部を内部化し、その結果、自分の刻印を押されたものしか所有できなくなるという悲劇である。自分の刻印を押された財貨は、彼にいかなる感動も驚愕ももたらさない。これが自我が支配者である世界に住まうことの根源的孤独である。
「世界と光は孤独である。これら与えられた対象、衣服をまとわされた存在たちは、私自身とは別のものであるにもかかわらず、私の所有物である。光に照らされて、これらのものは一つの意味を持つ。そしてその結果、あたかも私を起源とするものであるかのように出来する。了解された世界のなかで私はひとりぼっちである。つまり私は決定的に『一つ』の実存のうちに幽閉されてしまっているのである(35)」。
「光の世界それは孤独な自我の世界である。そのような孤独な自我は他者としての他者を持つことがない。彼にとって他者は別の自我であり、共感によって、すなわち自己自身への帰還によって認識される他我であるにすぎない(36)」(強調はレヴィナス)。
 レヴィナスは自我の根源的孤独を他者と共感できないことのうちにではなく、他者と共感できてしまうことのうちに、つまり、他者を「光のうちに見る」ことによって、他者の他者性を剝奪してしまう自我の権能のうちに認める。
「認識するとは(......)存在から他者性を奪うことである。これは光の最初の照射と同時に生起する(37)」。
 共感し理解できるものは他者ではない。光のうちに見られるものは他者ではない。それは自我の権能に臣従する去勢されたものたちにすぎない。他者は定義上「いかなる光にも逆らい」自我の認識、その照射をつねに逃れ去るものである。他者とは自我の権能が及ばぬもの、認識されることを拒むものでなくてはならない。いかに未知や異邦を希求しても、光の形式で「経験」する限り、決して「他者」には出会うことのできないこの自我の不能をレヴィナスはしばしばユリシーズの旅にたとえている。
「哲学の旅程は、いまだにユリシーズの旅程のままだ。というのもその世界周航は故郷の島への帰還にすぎなかったからだ(38)」。
 レヴィナスは西欧哲学の本質をこの光の孤独――自己回帰する冒険のうちに見る。「太陽神論」(héliologisme)(デリダ)あるいは「観照の帝国主義」(impérialisme de la théorie)(ペトロジーノ&ロラン)といった暴力的な呼称にもかかわらず、自我の権能は不能の権力性なのである。
 レヴィナスが「他者」という概念を「把持不能」でありかつ「殺害可能」であるというふうに背理的に語るのは西欧的=哲学的自我のこの背理性に対応して「他者」が観念されているからである。

   4‐4

 ハイデガーの公式の戦術的逆転のあとをたどって、私たちは漸く「他者」という論点にまで到り着いた。くどい祖述であったが、それでもまだ本論考の中心的論点に進むための予備的考察にすぎない。「他者」および「他者との交通」という主題に至ってはじめて私たちはレヴィナスとカミュを連関させる思想のリンクを見出すことになるだろう。以下ではレヴィナスの他者概念を「交通」「戒律」「倫理」といった論件に即して検証してみたい。

 レヴィナスの「他者」はさきに指摘した通り「把持不能」であると同時に「殺害可能」であるという背理的存在である。ミダス王の呪われた手のように、自我は他者を「殺す」こと、すなわち、その他者性を毀損し、去勢することによってしか「所有」できない。自我が手に入れるのはつねに他者の屍骸である。
「殺害することは、支配することではなく無化すること、理解を決定的に断念することである。殺害者が権能を行使するものは権能を逃れ去るのである(39)」。
 他者概念は、こうして自我の権能に屈するものであり、かつ自我の権能を超脱するものであるという不思議な二重性――あるいは上下両方向における自我との非等格性――を帯びる。他者のこの矛盾した顕現形式をレヴィナスは「顔」(visage)という独自の術語によって言い表わしてきた。
「顔」は自我の権力性の前に全く無防備でありながら、自我が侵しえぬものである。
「認識はその対象をわがものとして把持する。認識は対象を所有する。(......)それに対して顔は不可侵である。その眼は全く無防御であり、人間の身体のうちで最も裸に剝かれた器官でありながら、所有に対する絶対的抵抗を示している。そしてその絶対的抵抗のうちに殺害への誘惑、絶対的否認への誘惑もまた刻み込まれているのである。他者はひとが殺害の誘惑を覚える唯一の存在である。この殺害への誘惑と殺害の不可能性が顔のヴィジョンそのものを構成している(40)」。
 レヴィナスがここで「顔」とか「眼」とか「殺人」とかいう具体的な語を用いるのは、哲学的論述におけるそのような具体語の文学的効果を狙ってのことではない。自我と他者のかかわりは、哲学の根本問題であると同時にあるいはそれに先んじて、私たちの日常的・実践的な急務だからである。私たちはまさしく「顔」を相手にして今ここで社会生活を営んでゆかなくてはならない。自らの理解も共感も絶した他者に向けて理解も共感も断念しつつ、何らかの相互交渉・意思疎通をはからなければならない。
「他者との交通」は当然にも「語り」あるいは「対話」として構想される。語りが脱自の決定的契機であるとするのはむろんレヴィナスの創見ではなく、ハイデガー的地平における基本的了解に属する。しかし、レヴィナスは「対話」から「戒律」へという独自の展開のうちでこの地平を離脱する。そのプロセスをたどってみよう。
 レヴィナスは「......に語りかけること」(parler à...)と「......について語ること」(parler de...)という二つの動作を峻別する。「について語る」とは認識の形式であり、命名、分類、所有へ続く権能の動作である。このとき語りは自己回帰する。「に語りかける」とき、語りは自我の権能圏域から脱出して「外」へ向かう。発語者へ回帰する計画を持たず、純粋に「他」を志向するこの遂行的語りをレヴィナスは「挨拶」あるいは「祈り」と呼ぶ。
「語り合うという平凡な事実が、一つの経路をたどって暴力の秩序から脱出する。この平凡な事実こそが驚異中の驚異なのである。
 語りかけるとは、他者を認知する(connaître autrui)と同時に、他者に自分を知らしめる(se faire connaître à lui)ことである。他者は単に知られるだけでなく、挨拶される(salué)、他者は単に命名されるだけでなく、その助力を求めて祈願される(invoqué)(......)。顔と顔を向き合わせたこの関係(ce rapport de face à face)を介してはじめて語り、伝達することが可能となる。私は私をみつめるまなざしをみつめかえす。まなざしをみつめかえすこと、それは自らを放棄せぬもの、私を直視するものをみつめることである。顔を見るとはこのことである(41)」。
「顔を見る」ことは「光のうちで見る」こととは違う。他者は晦冥のうちにとどまり、外在性・異邦性を保持したまま、なお自我との交通に対して開かれている。この時はじめて自我はその孤独から解き放たれる。他者の顔に向かって挨拶するとき、自我は「自己自身でしかありえない」自己繋縛の終身性から逃れる手がかりを見出すことになる。
「〈同一的なるもの〉(le Même)と〈他なるもの〉(l'Autre)の関係は語り(langage)である。というのは、語りは、その両者がこの関係において隔りを保ったままであり、そして〈他なるもの〉が〈同一的なもの〉とかかわり合いつつ〈同一的なるもの〉に対して超越的でありうるような、そのような一つの関係を成就するからである。〈同一的なるもの〉と〈他なるもの〉の関係――あるいは形而上学は――本来的には言説として演じられる。そこにおいて〈同一的なるもの〉は(......)自分の外に出るからである(42)」。
 ハイデガーもまた語り(das Sagen)において超越的なものを「言葉にもたらす」ことをめざしていた。しかしその語りは存在が「自らを明るくしながら言葉に達する」ものであり、脱自的に存在している思考に、自己発見・自己同定・本来性の回復として経験されるべく「到来」する。語りの特権性はハイデガーにおいては本来的自我への帰還の契機として観念されている。語りを自己繋縛性からの逃走の線上に見るレヴィナスはこれを逆転させたわけである。
ハイデガーにおいて言葉は「存在の家」であり「始源的次元」である。その理想の形姿は「真なるものを光のうちに持ち来たす(43)」詩的言語である。
レヴィナスの言葉は日常的な言語である。それは「挨拶」であり「訴求」であり、真理の顕現や宏大な共生感の出来にはかかわらない。
レヴィナスの構想する対話的言語は、対話者間に根源的共感がありえないことを前提にして語られる。理解し合うこと共感し合うことの断念だけが対話者の間で共有されうる唯一の地盤である。
したがってここでの言葉は、いかなる内面性もなく、いかなる「始源的次元」も持たぬ徹底的に外面的・表層的な言語たらざるを得ない。それが他者との交通に利用しうる唯一の言語なのである。

   4‐5

 隠された真理を明るみにもたらすハイデガーの詩的言語の対極に構想されるのが一切の内奥性をあらかじめ剝奪された制度的言語すなわち「戒律」「契約」「律法」の言語である。
 私たちの一般的了解によるならば、「契約」や「律法」の言語は自他を共(きよう)軛(やく)するわけだが、その権源は、自他の根源的な相互理解に基づくものではない。むしろその反対に、相互に相手の内面が見えず、いわば「相手の肚が読めない」からこそ、一義的で誤解の余地のない法的言語が自他を同時に制約するというフィクションが要請されるわけである。
 言い換えれば、制度的・表層的・一義的・法的言語とは、自我と他者の本質的な交通不能性という悲痛な事態を承認して始めて成立するということになる。この時、法的言語の承認者たちは「私たちは根源的な共感も相互理解も断念している」という認識において了解に達している。逆説的な表現だが、ここにおいては「共感不能であることが共感されている」のである。
 レヴィナスが援用する術語によれば、契約・律法といった整合的・理性的・非人称的言語すなわち「語られたこと」(le Dit)が成立するためには、そのような限定的言語を求める切ない思い、すなわち「語ること」(le Dire)が先行しなければならない。
 コミュニケーションの本義は、伝達される内容ではなく、伝達したいという意志に存する。整合的な述定ではなく、かかる述定を動機づける他者への開かれ、あるいは「自己の外へ」の志向に存する。
「挨拶」あるいは「祈り」がそれゆえ「最初の言葉」となる。「最初の言葉は『お早う』(Bonjour)ではあるまいか。(......)それは『何とよい天気であろうか』という意味ではない。それが意味するのは『私はあなたの平安を望んでいます。今日があなたにとってよき日であることを望んでいます』である。他者の身を気遣う者の意思表示である。これがコミュニケーションの残るすべてを担い、言語のすべてを担うのだ(44)」。
「挨拶」する者は祝福し、呼びかけつつ相手に向かってゆくのだが、それは相手に黙殺されるリスクを引き受けることである。「挨拶」する者、「祈る」者はその行為によって自他のうちに非等格性を導き入れる。自我は他者に自らを献納するようにして「挨拶」するのである。
 この「最初の言葉」に向けて返ってくる「次の言葉」もまた「お早う」である。同一の言葉の反復。いかなる弁証法的深化も、いかなる「隠蔽されたる真理の開示」も約束しない虚礼の応酬。
 表面的にはいかにも空虚で、意味に乏しいこの挨拶の往還のうちに、自他の交通を基礎づける地盤が確定する。その地盤の上に「挨拶」に始まる、独創性も詩的含意も根源的共感も欠如させた制度的言説がうち立てられる。制度的身振りの往還から始まる、この整合的で非人称的で一義的で被構築的な言説をレヴィナスは「戒律」(commandement)と術語化した。「戒律」は交通する者たちを通底する隠蔽された共同性の出来ではなく、かかる共同性の不在の暴露である。真のパロールは「隠蔽されたものをその本来態に出で来たらしめる言葉」(die Sage)ではなく、自我と他者を隔てる絶対的疎隔の上に細々と架橋された制度的言語・法的言語である。
「真のパロール、その本質におけるパロールとは戒律である(45)」。
 こうしてレヴィナスは自我と他者を根源的に通底する境位ではなく、両者を擬制的に共軛する境位のうちに、他者へ通じる特権的回路を見出すことになった。ここでレヴィナスが「共軛的擬制」を「戒律」という語で表わしたのは、宗教的嗜好によるのではない。「戒律のパロール」を通過して最初に届くのが「挨拶」と「祈り」であったとしても、最後の言葉はそのように心穏やかなものではありえないことをレヴィナスは知っている。「戒律のパロール」が送る「最後の言葉」は「裁きの宣告」である。真のパロールはそのような背理のパロールなのである。というのも、挨拶の柔弱さと裁きの峻烈、その二つに繕り合わされたパロールしか「倫理」を語ることができないからである。

   4‐6

 ハイデガーは倫理を「エートス」というギリシャ語の原義に溯って定義した。「エートス」とは「人間の居所をよく考えること」だと規定した上で、ハイデガーは「自分の本来いるべき場所」たる「存在の真理」めざして脱自的に存在する現存在は「それ自身すでに根源的に倫理的である (46)」と言明する。
 倫理性が脱自―存在の本来的・内在的・根源的属性であるならば、倫理的実践とは「それ自身になること」「自らの始源のとき、生成の起源をたずねて遡行すること」以外にはないだろう。まさしくユリシーズの航海こそがハイデガー的な倫理の実践を象徴することになる。
 レヴィナスはすでに見た通り外来的・整合的・非人称的言語を戒律として特権化し、そこに他者との交通の回路を見出そうとしている。理解と共感を断念した自我と他者が絶対的差異を隔てて、なお顔と顔を向き合わせているこの不思議な対話のあり方をレヴィナスは倫理と呼称した。
「ある関係においてその両者が相互理解の総合によっても主体―客体関係によっても統合されることがなく、にもかかわらず一方が他方にとって気にかかったり重要であったり意味深いものであったりする、知によっては汲み尽くすことも解きほぐすこともできないようなあるぬきさしならぬ結びつき(intrigue)によって自他が結びつけられている――そのような関係のことを私たちは倫理的(éthique)と呼ぶ(47)」。
 レヴィナス的倫理の実践は、それゆえハイデガーの指示する方位とは逆に、他者へ、差異へ、外部へ、異邦へと向かう。レヴィナスは自らの顕揚するこの倫理を「パリサイ的」と形容する。
「忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは白く塗った墓のようなものだ。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものでいっぱいなように、あなたがたも、外側は正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいである」(『マタイの福音書』二三―二七、二八)と厳しく断罪されたパリサイ人の偽善こそがレヴィナスにとっては倫理の範例なのである。
 パリサイ主義とは「心でどんなに他人を思いやっても、具体的な行動に示さなければ無意味である」というクールでリアルな道徳観である。極言すれば「心が善良でもそれを他者に伝えられない」人より「心がよこしまであっても、他者に善行を施す」人の方がより倫理的であるということである。私たちは他者の「内面」を決して直接体験することができない。かりに他者が内面において、その人の「最も本来的な自我」の様態において、根源(アルケー)において「倫理的」であっても、権利上私たちはそのことを知りえない。
 パリサイ主義とは、倫理とは根源的な清浄ではなく、外面的・表層的な清浄、「墓石の清らかさ」であると考える立場である。人間の知性は墓石の表面しか見ることができない。墓の下の死体や汚物を、あるいは墓の下の永遠の生命や至高の美を透視することはできない。自我はまさしく「墓石」を介してのみ、他者と交通しうるのである。人間のこの限界ある知性、自己の不能を潔く恥じる知性よりも根源的なレヴェルに自他の交通の回路は存在しない。
「一つの精神が外部にある別の精神に触れるために使用しうる道具は知(savoir)の他にない(48)」。
 倫理的実践は具体的には「モーセと預言者たち」の先例に倣って「貧者、寡婦、孤児、異邦人」を腕を開いて迎え容れることである。この戒律は徹底的に現実的である。超越者が地上の出来事に奇蹟的に介入してきて、貧者や弱者を救済することを期待することは許されない。なぜなら地上の不正は人間の所轄事項であり、知の境地において解決されるべきだからである。
 人間が有責である事態を神が人間に代わって解決することは神にさえ許されない。
「全宇宙を創造し、背負っておられる神でさえ、人間が人間に対して犯した罪は、これを引き受け、許すことができない。ユダヤ教の叡智はこう教えている(49)」。
 神の介入できない領域、人間が自らの責任で統治しなければならない領域、「人間たちだけしかいない閉じられた世界」にさしあたり私たちはいる。地上に正義をもたらすのが神の意志であるならば、人間たちは神の不在に耐えつつ正義を行なわなければならない。「唯一なる神へ至る道程には神なき宿駅がある(50)」。
 神なき宿駅に「幼児」の信仰心は耐えることができない。秩序のない世界、善が勝利することのない世界、救いも慰めも期待できない世界にあって、なおかつ倫理的であり続けるためには「成熟」が必要だ。「地上の不正全体についての有責性を引き受けることができるような人間の十分な成熟(51)」が必要だ。
「幼児」とは自らの起源に繋縛された者、自らの本来性、自然、本能を統御できない者のことである。「成人」とは自らの起源から旅立つ者、自らの本来性、本質(essence)、本能を支配し、それに「戒律」という抑圧的な軛を課すことに同意する者のことである。「戒律」とはまさしく本来的自我の出来(Ereignis)を阻止するものに他ならない。本性に由来する「不羈の力」(force qui va)に課せられた羈(き)絆(はん)に他ならない。
 レヴィナスはユダヤ人に律法が与えられたのは、その本性にそなわった「生命力」「繁殖力」を抑止することであるとまで言明する。
「何という生命! 何という繁殖力だろう! それゆえにこそユダヤ人に律法(トーラー)は与えられたのだ。炎の律法(トーラー)、それだけがこのあたり構わず侵略する生命の力を萎えさせることができるからだ(52)」。
「戒律なきユダヤ人は世界に災禍をもたらす」(タルムード『ベイッアー』篇25b)がゆえに、人間本性は邪悪と凡庸の温床であるがゆえに、自らの起源から逃れ出て、反‐自然に、知的構築物に、戒律と契約の軛に、自らを従わせることが義とされるのである。
 ハイデガーの倫理がユリシーズの冒険に擬されるなら、レヴィナスの倫理はアブラハムの旅立ちに擬されるだろう。最初の倫理的行為とはアブラハムと同じく「あなたの故郷、あなたの父の家を出る」こと(レフ・レハー)、自我の外部へ、他者へと向かうことなのである。

   5‐1

 非常に長くなったが、以上がレヴィナスのハイデガー存在論批判の構成の足早な要約である。この程度の要約ではレヴィナスの哲学的企図の大半は言及されずに終わってしまうことを重ねて指摘しておいた上で、ここまで瞥(べつ)見(けん)してきたレヴィナスの「他者」「他者との交通」「戒律」「倫理」といった一連の論点がアルベール・カミュの哲学体系のうちでどのように扱われているのかという対比的分析の本論に入ってゆきたい。

 第三章で述べた通り、カミュは『シジフォスの神話』の中で手短かにハイデガーを批判しただけで、もう一つの哲学的主著『反抗的人間』では、ハイデガーには論及していないし、読書記録でもある『カイエ』にも言及がない。したがってレヴィナスの場合とは違ってごくわずかのテクストにしか直接には準拠できない。しかしそれ以外の文学作品に徴して私たちが「世界の無意義性の覚知」という類ハイデガー的経験から出発したカミュが「倫理という虚構」に到り着く論理構制を考察することは可能だろう。そこにレヴィナスのハイデガー的地平からの離脱の航跡と近接する何らかの志向を検出できるか、それが以下の論題である。

 先に述べた通り「不条理」経験はすぐれてハイデガー的な状況把握の仕方であった。それはまず「異邦人感覚」(dépaysement)として経験される。
「突如として幻影と光を奪われた世界の中で人間は自分を異邦人と感じる。この流刑は救いがない。というのも彼は失われた故郷の記憶も、約束の土地の希望も奪われているからだ。人間とその生の間の、俳優とその舞台装置の間の断絶、それがまさしく不条理性の感覚である(53)」。
 この異邦人感覚は「故郷喪失」(Unheimlichkeit)という現存在の様態を想起させる。
『存在と時間』の中で、「恐怖」と「不安」の差異という論点に即してハイデガーが明快に指摘している通り、存在論的不安は、私たちの日常的な感覚にとっては自然で意味によって充実しているように映る世界が不意に「不気味」(unheimlich)で、なじみのない、意味を欠いた「異邦」の風景として感じられるようになる経験である。ハイデガーはそれを「適所全体性の崩壊」あるいは「世界の完全な無意義性」というふうに表現したわけだが、この「不安」の経験はカミュの異邦人感覚、不条理性の経験とさしあたり相似的であると考えられる。
 カミュ的「異邦人」は状況設定においては「世界の運命」としての「故郷喪失」を端的に生きているが、そのような状況の構図を踏襲しながら、「異邦人」は「存在の牧人(ヒルト)」とは全く別の方向へ進んでゆく。
 カミュは「世界の完全な無意義性」の経験を独特の含意を込めて「無‐差異」(indifférence)と術語化している。無‐差異、すなわち差異の不在とは、すべての価値が平準化され、すべての距離が均一化され、正邪理非にかかわる判定基準が失われた「カオス」を意味している。
 このカオスをカミュは空間的な比喩を用いて「思考の極限」(les confins de la pensées)あるいは「辺境」(les contrées éloignées)と呼ぶ。「世界」の秩序を考えていた規範(ノモス)の穹(きゆう)窿(りゆう)、「聖なる天蓋」が崩れ落ちたこの極限状況のうちで「個人が人生に意味を見出し、自分のアイデンティティを認めることができるような根本秩序」は揺らぎ、人間は「認識上の方位」も「道徳的な方位」も見失う(54)。
 ヤスパースの「限界状況」(Grenzsituation, marginal situation)もキルケゴールの「死に至る病」も、バタイユの「体験」もサルトルの「嘔吐」も、いずれもこの規範喪失経験にかかわっているという点では類比的である。
 カミュのオリジナリティーは、彼がこの限界状況を超克すべきプロセスあるいは通過すべき煉獄として否定に把え返さず、この状況を不条理の人間が踏みとどまるべき「永遠の風土」(climat perpétuel)として積極的に選択したことに存する。
 カミュは限界状況の否定性を契機として、「神」であれ「超越者」であれ「超在」であれ「存在」であれ「開明」であれ「歴史を貫く鉄の法則」であれ、より上位の審級たる新たな天蓋の下へ上向的に取り込まれてゆくことを拒絶する。彼は限界状況――辺境――の「向こう側」に「生命がけの飛躍」を試みることを拒絶する。「向こう側」に飛び込む代わりに、カミュ的「異邦人」は手前に戻る。未知の、それゆえ「幻影と光」をきらめかせる「向こう側」を拒んで、既知の、何一つ輝きも、ときめきも、喜びも提供しない「こちら側」に「異邦人」は帰ってくる。
 この「方向転換(ケーレ)」(Kehre)の歩みは、たしかにある場所へ戻るのだが、戻る先は「故郷」でも「約束の地」でもなく、瓦礫の山である。それは、異邦人の本来性や身元証明や起源や召命を証示するものが何一つ存在しないような場所、すなわち日常生活である。
「私は探究の方法を逆転したいと思う。つまり知性の危機から出発して、日常的な行動の方へ戻ろうと思うのである(55)」。
 ハイデガーの探究が「知性の危機から出発」して「存在の真理」へと進むのとは逆に、カミュの探究は「存在者の非‐真理」へ、「世界内部的意味」へ、つまり「存在から存在者へ」と向かう。
 存在論が指示した方位の「戦術的逆転」という着想の独創性をカミュはここでレヴィナスと共有するわけだが、これについてはさしあたりその事実を指摘することだけにとどめておこう。
 むろんカミュの探究は無反省なまま日常性へ帰還することではない。世界はさしあたり無意味であり、規範は脆弱な虚構にすぎない。しかし、だからといって世界を超越する意味や不壊の規範を夢見ることにはいかなる正当な根拠もない。この明晰な断念を携えて異邦人は帰還する。彼が帰還するのは頽落した世界である。頽落した世界の頽落性を覚知しつつ、頽落を生きる、それが異邦人の選択である。
「これから道は日常生活へと向かうだろう。道は匿名の〈ひと〉(on anonyme)の世界を再びそこに見出す。けれども今度は反抗と明晰を携えてそこに帰還するのである(56)」。
 異邦人は明晰でなくてはならない。彼の明晰は空しい希望を持ってはならぬと教える。すべてを包摂する至高の天蓋を求めてはならない、不壊の規範を論証することは誰にもできない、さしあたりすべての現存する規範は等しく無根拠であり、等価(無‐差異)である、と教える。
 しかしこの明晰は絶望とはちがう。なぜなら、否定の言葉の最後にただ一つ「しかし」が残っているからである。カミュが「反抗」という語に託したものがそれである。

   5‐2

「反抗」(révolte)というカミュの鍵語はその詩的含意によって多くの読者を感傷的な誤読にさし招くが、本質的にはきわめて散文的で実利的で計量的な概念である。
「反抗」は質的に無差異な世界においては量的差異を判断と行動の当面の基準とする他はない、というリアリストの計量的知性の結論である。
『反抗的人間』という長大な論考でカミュが延々と論じていることは要するに、普遍的な行動準則は存在しないが、だからといって「すべてが許されている」わけではないということに尽きる。この著作は全篇が殺人すなわち「他者に加えられる暴力」の制御の考察に当てられている。ここでのカミュの計量的知性の関心は「どういう暴力がより少なく暴力的か」というきわめて非詩的な主題をめぐっている。
 簡単に言ってしまえば、カミュの結論はこうである。自らの行使する暴力を正当化できない者の方が、自らの行使する暴力を正当化できる者よりも、より少なく暴力的である可能性が高い。そしてより少なく暴力的であることが規範なき世界におけるさしあたり唯一の規範である。
『反抗的人間』でカミュは二正面の敵と戦った。一方には歴史の名において自らの「革命的」暴力を正当化する者たちがあり、一方には「すべては許される」を掲げて全的自由を要求する者たちがいる。一方は上位審級の存在に準拠し、一方はその不在に準拠して、それぞれ自らの執行する暴力を正当化する。
 サルトルとの論争で、この著作は「反マルクス主義」的部分のみで知られることになったが、カミュの主要な関心はむしろイワン・カラマーゾフ=ニーチェ=シュールレアリスト系の「全的自由、人間の傲岸さの限界なき展開を要求する者たち(57)」との戦いにある。なぜなら、イワンとの戦いこそが「異邦人から反抗者へ」の思想的熟成のプロセスであり、私たちの関心に即して言えば、ハイデガー的境地からの離脱の旅程に対応するからである。
 もう一度確認しておこう。カミュによれば「反抗」とは限界を設定すること、いかなる名目のものであれ「不羈の力」の全的自由の請求を許さないこと、これである。
「極限的自由、すなわち殺す自由は反抗の諸準則と相容れない。反抗は全的自由の請求では全くない。その反対に、反抗は全的自由を審問するのである。反抗は禁じられた境界を侵犯することを何らかの上位者に許可するような無制限の権能にこそ異議を申し立てる。全般的自立を要求するどころか、反抗が要求しているのは、人間存在があるところでは、どこであれ自由には制約が課されること、これである。というのも、まさしく制約こそが人間存在の反抗の権能だからである(58)」。
 全的自由の究極の発顕形式は殺人である。この自由への制約すなわち「反抗の権能」(le pouvoir de révolte)はだから「汝殺す勿れ」という倫理的命令、「戒律」の形式をとることになる。ただしこの戒律は「何らかの上位者」に由来するものではありえない。なぜなら「何らかの上位者」を認めること自体が全的自由の権利請求の権源だからである。
 いかなる上位者(supérieur)にも由来しない戒律は、今まさに不羈の力が殺そうとする「顔」から、殺すことを誘惑しつつ殺されることを拒絶する「顔」から告知される。
 全的自由に向かって「それを限界づけ、阻止しようとするもの(59)」すなわち他者から、戒律はパロールとして届く。
 けれどもこの戒律は、絶対的な非暴力を強制するわけではない。言うまでもなく上位者なき世界では誰一人「絶対的」な何ごとかを請求する権利を持たないからである。
 反抗者はたしかに「正義」を求める。けれども彼は自分の希求する「正義」と他者の希求する「正義」が最終的に同一であると信じてはいない。したがって反抗者たちの間にもし「正義」についてのある程度の了解が成立しうるとすれば、それは「絶対的正義」なるものは存在しない、という認識の共有を地盤にする他ないだろう。
 反抗者は自らの権能への制限を求め、自らの知の限界の指摘を求め、自らの行動の結果生ずる他者のリスクの計量を求める。彼らは「相対的正義」(une justice relative)の名においてしか語らず、彼らの思考は「制約と計算された無知とリスクの哲学(60)」となる。
 反抗者たちの交通はたしかに戒律を通じて成就するのだが、それは自らの不能と無知と暴力性の覚知が制約を呼び求めるからなのである。
「反抗は制約に加担する。それはそこにおいて人間たちの共同性が成立するからである(61)」。

   5‐3

『シジフォスの神話』で提示され、『反抗的人間』で展開された〈ひと〉の日常生活への帰還から「戒律」へ、という定式をここまでは比較的原理的な言葉使いでたどってきた。その中で私たちは、この定式を「異邦人から反抗者へ」という言葉で示した。これは同じ主題がカミュの小説作品でも並行して熟成していったことを意味している。以下ではカミュの文学的テクストを「ハイデガー存在論の境位から倫理へ」という哲学的主題に即して読み直してみたい。
 さきに述べた通り、カミュは「無‐差異」という術語で、規範喪失状況と、規範なき世界における価値の平準化を表現した。『異邦人』の主人公が呪文のように口にする「どちらでも私にとっては同じことだ」(Ça m'est égal)という印象深いフレーズは、この差異なき世界、序列なき世界をストレートに言い表わしているだろう。
 しかし、それにもかかわらずムルソーは全く無規範的に生きているわけではない。すべての価値が無‐差異のカオスに沈んだあとに、なおも何らかの規範がぎりぎり最後の行動準則として残っている。すべての選択が「同じこと」であるはずの異邦人にとって、なお固執すべき差異が残っている。
 彼がこだわっているのはサルトルが言うような「判断における主体の絶対的自由」などではない。ルネ・ジラールが言うような「社会の制度と価値観への絶えざる異議申し立て(62)」などではさらにない(このようなナイーヴな誤読が生じる理由はいずれ明らかになるだろう)。
 ムルソーはそもそも全く自由ではないし、彼の行動は司法制度の欺瞞性に異議を申し立てるような建設的メッセージを少しも含んでいない。
 ムルソーは最初から最後まである「戒律」に従って行動している。その「戒律」は具体的で、煩雑で、日常的で、少しも詩的な要素がなく、過度に技巧的である。彼はこの虚構に徹底的に繋縛されている。おそらく自発的意志に基づいて受諾されたこの「制約」への異常なまでの忠誠がムルソーの際立った個性をなしている。

 ムルソーの「戒律」は「男であること」(être un homme)という一条に集約される。
 hommeは「人間、大人、男性」という多義性をもつ語だが、『異邦人』では誤解の余地なく「男」の意味で用いられている。
「男であること」は、いくつかの行動準則から構成されている。第一の準則は「現実をありのままにみつめること」である。
『異邦人』以前の初期作品でもカミュは、自らの不条理な運命をおそれず直視するという決意を繰り返し語っていた。
「私たちは物語を語ってほしくない。(......)自分の眼で自分の運命を直視することを望む人間たちもいるのだ(63)」。
「私たちはつくり話で身を養いたくない。私たちを取り囲む暴力と死の世界の中に希望の余地はないのだ。けれども、おそらく文明のための余地はある。真の文明のための余地ならある。その文明がつくり話ではなく真実を、夢想ではなく生活を優先させるのであるならば(64)」。

 暴力と死に取り憑かれた世界を、それを糊塗する物語や希望ぬきに直視する視線はそのまま反転して自らのうちにある「物語」と「つくり話」をあばき出す。自らの本性に備わる「噓をつく」能力をきびしく問い糺すこと、さらに進んで自らの邪悪さや暴力性や「非人間性」を直視すること。これが「男」の第二の行動準則となる。
 最初期の短篇『皮肉』で、カミュは自分が何の愛情も抱いていなかった祖母の死を回想してこう書いている。
「埋葬の日だけ、まわり中が泣いているのにつられて、彼も泣いてしまった。けれども自分が正直ではなく、死を前に噓をついてしまったのはいけないことだと思った(65)」。
 祖母の埋葬に悲しむふりをしたことを恥じた少年は、母の埋葬の日に涙を流さないムルソーの原形である。
 すべては等価であると全篇にわたって主張し続けるムルソーも「噓をつかない」という戒律には異常に忠実である。彼が愛人マリーの求愛の言葉を斥けるときの正直さはほとんど病的と言ってよい。
「彼女は私に彼女を愛しているかと尋ねた。私はそんなことには何の意味もないが、たぶん愛していないと答えた(66)」。
「マリーは私を迎えに来て彼女と結婚したいかと尋ねた。私はしてもしなくてもどちらでも同じだが、彼女がしたければしてもいいと答えた。彼女はそれから私が彼女を愛しているかどうか知りたがった。私は前に一度言った通り、そんなことには何の意味もないが、たぶん彼女を愛していないと答えた(67)」。
 この対話においては、他者への配慮も自己正当化も全く試みられていない。この対話を支配しているのは「噓をつかない」準則へのムルソーの忠誠だけである。
「それには何の意味もない」(cela ne veut rien dire)「私には分らない」(je ne sais pas)「どちらでも同じことだ」(cela m'est égal)といった差異づけを拒む言葉は『異邦人』全篇にあふれているが、「つくり話」と「真実」、「夢想」と「生活」はつねに差異づけを要求する。
 注意すべきなのは「つくり話」の反対理念が、単なる中立的な「真実」(la vérité)ではなく「生活」(la vie)「文明」(la civilisation)という含意のある語で示されていることである。
 異邦人はすべての価値を平準化しながら「噓」と「真実」の峻別に固執する。そしてその「真実」は中性的で客観的なものではなく、人間的営為が織り上げる何ものか(「生活」「文明」)である。しかし、「生活」や「文明」もまた別種の「つくり話」ではないのだろうか? 「つくり話」と「『真実』という名のつくり話」の差異は――もしそんなものがあるとすれば――奈辺に存するのであろうか?
 この問いはさしあたり、ペンディングにしたままにしておこう。私たちはここではムルソーの行動準則がすべての人工的虚構の全的な排除ではなく、ある種の選択を含むものであることを見ておくだけにとどめておこう。
 いずれにせよ、ムルソーの「男」準則がある種の外在的・人工的な規範を採用したものであることは確かであるように思われる。勇敢であることも不条理に耐えることも「つくり話」を斥けることも、私たちに何らかの緊張を要求せずにはおかない。「男であること」は、おそらくムルソーの生来の気質や性向と原理的には無縁である。ボーヴォワールの言葉を借りて言えば、男もまた「男に生まれる」のではなく「男になる」のである。
 ムルソーの行動を律する規範は外部から到来する。「男」はムルソーの本質でも起源でもなく、彼が自らを造型するときの鋳型であり、軛である。
 ムルソーの行動規範の外部性を端的に示すエピソードをここで検討に付してみよう。
 ムルソーが殺人の動機を訊問されて「太陽のせいだ」と答える有名な場面は、殺人の場面のテンションの高い文体と共振して多くの読者によって過度に「文学的」に解釈される傾向にある。
 しかし「太陽」は「絶対的外部」の象徴に他ならない。「太陽のせいだ」(c'était à cause du soleil(68))とは、「私の発意によるのではない」という弁明の言い換えにすぎない。事実、この一言は「私にはあのアラブ人を殺す意志はありませんでした(69)」という内在的動機の否認に続いて口にされるのである。
 ムルソーは内発的動機によってではなく、絶対的外部(「太陽」)から到来する戒律への忠誠によって殺人を犯す。
 では、「殺す」ことをムルソーに余儀なくさせた戒律とは何か?
 この問いにも過度に文学的な、あるいは哲学的な回答を期待してはならない。
 戒律は、「男」は暴力的抗争に際会したときにどう行動すべきかをうんざりするほど散文的に指示しているからである。
 トラブルの発端となったのは、レイモンとあるアラブ人グループとの対立であるが、その当事者であるレイモンはムルソーのうちに「暴力にかかわる正しい準則を遵守する気骨」を認めて、ムルソーに近づいてくる。
「レイモンは私に言った。私は男である。(j'étais un homme)、私は人生を知っており、彼に助力することができるから、彼はこれから私の友人になるのだ、と(70)」。
 レイモンとムルソーは「男である」ことがここで何を意味するのかを特に主題化することなしに了解し合っている。というのも、この発言の直前にレイモンは、彼が遭遇した暴力的抗争をムルソーに話してきかせているのだが、その中で「男である」ことの意味は疑問の余地なく明らかにされているからだ。
「相手が俺にこう言った。『男なら(si tu es un homme)電車から降りろ』。俺は言った。『おいおい静かにしとけ』すると奴は俺は男じゃない(je n'étais pas un homme)と言った。そこで俺は降りた。(......)俺が奴に一発喰らわせたら、奴はのびてしまった(71)」。
 凡庸な「男たち」の喧嘩沙汰で必ず口にされる「男なら」「男じゃない」というこの常套句で「男」にこめられているのは私たち全員が熟知している通り、暴力行使における基本的規則に忠実なる者という程度の意味である。
「男」は「誇り高い」ものであるから侮辱に甘んじてはならず、また戦いに際しては条件の公平を期さねばならない、というのが汎通的な「男の暴力」にかかわる準則である。
 実際に海岸でムルソー、レイモン、マソンが二回アラブ人たちと遭遇する時は、この規則が忠実に遵守される。一回目の戦いではアラブ人が二人なので、ムルソーは公平を期すべく戦闘員から外される。二度目はナイフと拳銃の戦いへとエスカレートする様相を示すが、この時ムルソーはきびしい条件を主張する。
「男同士でやれ(Prends-le d'homme à homme)君の拳銃を渡せ。もし他の奴が出てきたり、あいつがナイフを抜いたら、ぼくが撃つ(72)」。
 戦いは辞さないが条件は能う限り公平に、という規範にムルソーは一貫して忠実である。その男が三回目の遭遇で犯す殺人は、かかる規範の悲劇的帰結であるにすぎない。ムルソーは「誇り」のために戦いを辞すことを自分に許すことができない(「背中を向けさえすればすべては終るのだが、と私は考えた(73)」。しかし「太陽に震える海岸が私の背後に迫って(74)」私に引き返すことを許さない。「太陽」は絶対的に外在的な抑圧的戒律の象徴である。「男」であり続けるためには敵に背を向けることはできない)。
 アラブ人はナイフを抜いて、「太陽の中でそれを私に示す」(il m'a présenté dans le soleil(75))。「男」の戒律のうちで(「太陽の中で」)武器が示威された。ムルソーは彼自身が直前にレイモンに告知したルールに繋縛される。ナイフを抜いたら撃たねばならない。撃たねば戒律を破ることになり、この規範喪失状況で最後に残っていた規範をムルソーは自ら棄てることになる。
 彼は撃つことによって規範(ノモス)を維持する方を選んだ。「撃たなかったムルソー」は完全な規範喪失――カオスにのみこまれてしまったはずであるから、これは計量的知性による合理的な選択だったのである。
 ムルソーは「男」の戒律への殉教によって「異邦人」から「反抗者」へ、すなわち「制約に加担すること」を通じて「共同性を成立」させる者たちへの決定的な転換点を通過することになる。

 第二部の裁判での証人たちのムルソーへの好意の表現は、戒律への忠誠による自滅の代償にムルソーが得たささやかな共同性を暗示する。
 友人セレストはムルソーの人となりについて、こう証言する。
「彼は私をどう思っているか訊問された。すると彼は私は男だ(j'étais un homme)と答えた(76)」。
 裁判長は「男である」とはどういうことか重ねて質問する。するとセレストはこう答える。
「その言葉が何を意味するかは誰でも知っている(tout le monde savait ce que cela veut dire(77).」。
 この言葉を聞いたムルソーは「生まれてはじめて一人の男を抱きしめたい気持ちになる(78)」。
「生まれてはじめて」(c'est la première fois de ma vie)ムルソーは「私は知らない」「それは何も意味しない」という境地を逃れて「すべての人がそれが何を意味するか知っている」「世界の有意義性」の境位へ到り着くことになる。
 この時「男」たちは、彼らが殉じる戒律――絶対的に外在的な規範――への全的服従を通じて、ささやかな共同体の地盤を見出したのである。

   5‐4

「物語」(histoires)と「つくり話」(fables)を拒絶する異邦人は「男であること」という別の種類の虚構を「文明」「生活」あるいは「戒律」として受け容れる。その理由はテクストが示す通り、そこに他者との共同性の可能性が存在するからである。ムルソーは「マッチョの神話」を「明晰と反抗」を以て選びとるのだが、繰り返し言う通り、その神話は彼の生来の気質や性向とは無縁である。言い換えれば彼の起源と無縁である。「男であること」という「神話」(die Sage)は故郷とも約束の土地とも根づく場所とも本来居るべき場所とも無縁である。この「神話」は「真なるものを光のうちに持ち来たす」のではない。「暴力と死が私たちを取り囲む世界」を「生活」の場と定め、「暴力と死」を制御する規範を「文明」と呼ぶ者たちの間に成り立つ脆くみすぼらしい共同性をかろうじて支えるに足るだけなのである。
 ムルソーの凡庸で、いささか滑稽な「男性神話」は「起源から外部へ」というその基本的趨向において、さきに検討したレヴィナスの倫理観と軌を一にしていると言ってよいだろう。しかしムルソーの戒律とレヴィナスの倫理の間にはまだ遠い径庭がある。両者の断絶は、ムルソーが自我と他者を等格者とみなしているという事実に由来する。
 ムルソーは暴力の行使において条件の平等性(人数、武器)に固執した。暴力の等格性・相互性が暴力を浄化する――少なくともある程度免責する――とムルソーは信じている。だから彼は刑死の受容が自分の揮った暴力を相殺する漠然と信じることができた。
 事実、自らの死を代償として供する用意のある者には「人間を殺す権利がある」とカミュは別のテクストで言明したことがある(79)。
「心優しきテロリストたち」へカミュが共感を寄せることができるのも同じロジックによるだろう。
 異邦人の倫理は死の対称性・暴力の相称性を原理としている。殺すムルソーと殺されるアラブ人は「男であること」という同一の準則に従って「男同士で」(d'homme à homme)つまり等格者として対面している。
 等格性の倫理は一つの欺瞞を蔵している。その欺瞞が「公平さ」というきれいごとの下に潜む、主題化されざる暴力を隠蔽している。隠蔽された暴力とは、無自覚なままにムルソーが下した「裁き」の暴力である。
 ムルソーはレイモンたちと共有された「男の戒律」には従ったが、死の瞬間、殺されたアラブ人の「顔」が訴えたはずの「汝殺す勿れ」の戒律からは眼をそむけた。
 ムルソーの前には二種の他者があり、暴力の究極的局面でムルソーは一方の他者に加担したのである。他者たちの間に優先順位をつけること、相反する行動を自我に要請する二人の他者の一方に加担し、一方の「顔」から眼をそむけること、これを「裁き」(justice)という。
 ムルソーは引き金を引いた瞬間に「裁き」を下した。刑死の受容では相殺することのできない、非等格性(inégalité)を導入した。
「裁き」は二種の非等格性をもたらす。一つは他者たちの序列づけである。「かけがえのない唯一的な」(unique)存在であるはずの他者を比較・計算・判定の対象にすることである。レヴィナスは主体=自我による他者のこの対象化の能体を「脱‐顔化」(dé-visager)あるいは「始源的暴力」(la première violence)と呼んだ。
 もう一つの非等格性は「裁き手」と「裁かれる者たち」の間の非等格性である。「裁き手」は「裁かれる者たち」と同一の準位にいることはできない。「裁かれる者たち」と利害損失のかかわりを持つことはできない。当事者たちより以上に公正であり無私でなくては「裁き手」に自らを叙すことは許されない。
「公正無私」すなわち自己の起源からの離脱の度合いにおいて、より高い条件をクリアすることが「裁き手」には求められる。レヴィナスが「公正」と「内に存在することからの離脱」を同時に含意するdés-intér-essementという術語を自他の非等格性を表わすために選んだのはまさしくかかる理由による。
 暴力は等格性・対称性によって正当化するべきではなく、非等格性・非対称性によって制御されねばならないとするレヴィナスの倫理に比して、異邦人の倫理はおのれの根源的な暴力性と有責性の覚知において、いまだ未成熟であると言わねばならぬだろう。
 けれども「未成熟」というこの評語は道徳的非難を含むものではない。倫理的未成熟は純粋に技術的な問題である。未成熟な倫理は暴力を効果的に制御できない。倫理の成熟は「暴力と死」の世界を生きる人間の幻想ぬきなリアルな要請である。
 カミュ自身、ムルソーの倫理では増殖してゆく暴力の猖(しよう)獗(けつ)を阻止しえぬことを大戦下の具体的な暴力経験のうちで思い知らされることになる。
 自らの死を予め供する用意のある者は、他者に死を求める権利を持つという相称性の倫理は戦後の粛清裁判、モーリアックとの論争の過程でその無力性をあらわにされることになる。その詳細を論じる余裕はここにはない。ここではただ、ムルソーの「男」の倫理を規範なき世界における最終規範とみなしていたカミュが、暴力の効果的な制御のためには「男と男」の相称性ではなく「裁く者と裁かれる者」の非相称性(asymétrie)に基づいて倫理を構築しなければならないという了解に達した、と指摘するだけにとどめておこう。

 自我と他者の対面状況においては、つねに自我はより高度の公正無私(désintéressement)とより深い有責性を引き受けねばならない。この非相称性の倫理は『ペスト』の主人公の一人タルーの口から語られることになる。タルーはムルソーが歩みを終えた地点すなわち「裁き」の場から歩みを始めたカミュの分身である。暴力の制御機構が分泌する暴力――「裁き」の暴力、正義の暴力、革命の暴力――を主題にすることを通じてタルーは規範なき世界における最終審級は「男であること」ではなく、さらに一つの形容詞を要することを学ぶ。「男」(homme)に加うるべき形容詞とは「清廉」(honnête)である。
 タルーの次の言葉は、「異邦人から反抗者へ」の倫理的成熟のプロセスをきわめて明快に語り切っている。
「みんな自分の中にペストを飼っている。誰一人、この世界の誰一人、ペストに罹っていないものはいない。だからちょっとした気のゆるみで、うっかりと他人の顔の前で息を吐いたり、病気をうつしたりしないように、間断なく自分を監視していなければならないのだ。自然なもの、それは病源菌だ。(Ce qui est naturel, c'ést le microbe.)(......)だから、紳士とはできるだけ誰にもペストをうつさない者、可能な限り緊張していられる者のことをいうのだ(80)」。
 人間の「自然」は「それ自身、すでに根源的に」邪悪である。「ペスト」とは存在するという病、「存在することの不快」(mal d'être)そのもののことである。増殖する生命、不羈の力、「存在する努力」(connatus essendi)それ自体が「病源菌」なのだ。私たちは存在するだけですでに病んでおり、他者を害そうとしている。私たちにできるのはたかだかペストの猖獗に加担しないことにすぎないのだが、そのようなささやかな抵抗でさえ間断ない緊張を要請せずにはおかない。
 この緊張が「紳士」(honnête homme)の戒律の定めるものである。「増殖する生命力を萎えさせるための軛」――律法(トーラー)とレヴィナスが呼んだものと、これは本質において一である。それが「他者の顔の前で」(dans la figure d'un autre)自らの暴力性を審問することだとカミュが書く時、両者の語詞の類似性に気づかずにいることは困難だろう。

 レヴィナスは「倫理」を次のような言葉で明確に規定している。
「他者の現前によって私の自発性がこのように審問されること、私たちはこれを倫理と呼ぶ。〈他者〉の異邦性とは、〈他者〉を〈自我〉に、私の思考に、私の所有物に還元することの不可能性であり、それゆえ〈他者〉の異邦性は他でもない私の自発性の審問として、すなわち倫理として成就されるのである(81)」。
 他者の顔の前での自発性の審問――「存在のうちへのナイーヴで自然な執着(82)」の審問は、「ナイーヴでなく」「不自然な」倫理的範例を実践的には要請せざるを得ないわけだが、そのような実践的範例をレヴィナスは次のような言葉で示している。
「他者を尊重すること、他者を顧慮すること、それは他者に道を譲ることである。紳士の礼節(courtoisie)である!(......)他者を自我に優先させること。このささやかな紳士の礼節の発顕が顔への回路なのだ(83)」。

 ハイデガー存在論をそれぞれ「在る(イリヤ)」「不条理」という鍵語を駆使して攻略した二人の思想家は、「外部」へ「他者」へ向けて「起源」から「逃走」し、最終的には「紳士」の「礼節」というきわめて技巧的な範例のうちに倫理の、すなわち暴力の効果的な制御の可能性を見出した。
 男性神話の再生を思わせる凡庸で空虚な虚構が暴力と他者性についてのつきつめた思考の結論であることに意外の感を抱かれる人々も、彼らが暴力について最も深く思索した現代人たちの一人であることに異論をはさむことはできまい。彼らがその省察の果てに見出したモラルは、彼らの反時代性にふさわしく時代錯誤的なものであった。私たちはこのモラルを今では死語となった別の話を以って呼称したいと思う。レヴィナスとカミュが「暴力と死」に取り憑かれた世界で最終規範としたものの名は「騎士道精神」であった。

   結語

 以上の対比的分析によって、私たちはエマニュエル・レヴィナスとアルベール・カミュという表面的にはその思考の近接性を示す指標を持たぬ思想家たちが、彼らが対峙した状況的与件とのかかわりのうちで、ある種の「男性的」「禁欲的」な倫理を構築するに至った過程を記述した。
 このような関連づけは、むろん一面的なものにすぎず、「暴力の制御」にかかわる論者の関心によって全体にバイアスがかかっていることは否めない。選択された材料もそのような特殊な論件に関係するものだけであり、両者の他の哲学的主題についても汎通的に同じような水準の類似性を予想することはできないだろう。
 しかしそれでも、レヴィナスとカミュの共通性の強調にあえて論者が固執するのは読者の過半には理解し難いであろう個人的事情――すなわち彼らが論者個人にとっての「範例的男性」であるという事実――によるのである。


   註
1 Jacques Derrida, Violence et Métaphysique in L'écriture et la différence, Seuil, 1967, pp. 117-228.
2 Silvano Petrosino, Jacques Rolland, La vérité nomade, La Découverte, 1984.
3 Alain Finkielkraut, La sagesse de l'amour, Gallimard, 1984.
4 合田正人、『レヴィナスの思想 希望の揺籃』、弘文堂、一九八八年。
5 谷口龍男、『〈イリヤ〉からの脱出を求めて エマニエル・レヴィナス論』、北樹出版、一九九〇年。
6 西谷修、『不死のワンダーランド』、青土社、一九九〇年。
7 François Poirié, Emmanuel Lévinas, Qui êtes-vous? Manufacture, 1987.
8 Ibid., p. 64.
9 cf. マルチン・ブーバー、『ゴグとマゴグ』
  ――Elie Wiesel, Célébràtion hassidique, Portraits et légendes, Seuil, 1972.
10 Poirié, op. cit., p. 64.
11 Emmanuel Lévinas, Difficile Liberté, 1976, p. 251.
12 Ibid., pp. 94-95.
13 Albert Camus, Interview à « Servir », in Essais, Pléiade, Gallimard, 1965, p. 1427, (以下PLIと略記)。
14 Camus, Le Mythe de Sisyphe, PLI, p.136.
15 Ibid., p. 122.
16 Jean-Paul Sartre, Explication de « L'Etranger », in Situation I, Gallimard, p.94.
17 Camus, op. cit., p. 143.
18 ●●●
19 Derrida, op. cit., p. 136.
20 Lévinas, De l'existence à l'existant, Vrin, 1978, p. 19.
21 マルティン・ハイデガー、『ヒューマニズムについて』、佐々木一義訳、理想社、一九七四年、五〇頁。
22 同書、四四頁。
23 Poirié, op. cit., p. 90.
24 Lévinas, op. cit., p. 93.
25 ハイデガー、『存在と時間』、原佑、渡辺二郎訳、中央公論社、一九七五年、六九頁。
26 Lévinas, op. cit., p. 20.
27 Ibid., p. 28.
28 Lévinas, De l'évasion , in Recherches Philosophiques V, 1935-36, p. 377.
29 Lévinas, Totalité et Infini, Martinus Nijhoff, 1961, p. 17.
30 ハイデガー、『存在と時間』、六六頁。
31 Lévinas, De l'existence à l'existant, p. 140.
32 Ibid., p. 141.
33 Ibid., p. 143.
34 Id.
35 Ibid., p. 144.
36 Ibid., p. 145.
37 Lévinas, Totalité et Infini, p. 14.
38 Lévinas, Humanisme de l'autre homme, Fata Morgana, 1977, p. 40.
39 Lévinas, Totalité et Infini, p. 172.
40 Lévinas, Difficile liberté, p. 22.
41 Ibid., p. 21.
42 Lévinas, Totalité et Infini, p. 9.
43 ハイデガー、『技術論』、小島威夫、アルムブルスター訳、理想社、一九七四年、六一頁。
44 Poirié, op. cit., p. 92.
45 Lévinas, Liberté et Commandement, in Revue de métaphysique et de morale, n° 58, 1953, p.●.
46 ハイデガー、『ヒューマニズムについて』、九八頁。
47 Lévinas, En découvrant l'existence avec Husserl et Heidegger, Vrin, 1974, p. 225. n. 1.
48 Lévinas, Difficile liberté, p. 47.
49 Ibid., p. 37.
50 Ibid., p. 190.
51 Id.
52 Lévinas, Quatre lectures talmudiques, Minuit, 1968, p. 179.
53 Camus, Le Mythe de Sisyphe, PLI, p.101.
54 ピーター・L・バーガー、『聖なる天蓋』、園田稔訳、新曜社、一九七九年、三二頁。
55 Camus, op. cit., p. 117.
56 Ibid., p. 137.
57 Camus, L'homme révolté, PLI, p. 686.
58 Ibid., p. 688.
59 Id.
60 Ibid., p. 689.
61 Ibid., p. 693.
62 René Girard, Pour un nouveau procès de l'Etranger, in Critique dans un souterrain, L'Age d'homme, 1976, p. 114.
63 Camus, Entre oui et non, in L'Envers et l'endroit, PLI, p.30.
64 Camus, La culture indigène, la nouvelle culture méditerranéenne, PLI, p. 1327.
65 Camus, L'ironie, in L'Envers et l'endroit, PLI, p. 22.
66 Camus, L'Etranger, in Théâtres, Récits, Nouvelles, Pléiade, Gallimard, 1962, p. 1151.(以下PLIIと略記)。
67 Ibid., p. 1156.
68 Ibid., p. 1198.
69 Id.
70 Ibid., p. 1146.
71 Ibid., p. 1145.
72 Ibid., p. 1166.
73 Ibid., pp. 1167-1168
74 Ibid., p.1168
75 Id.
76 Ibid., p. 1191
77 Id.
78 ●●●
79 Camus, Lettres à un ami allemand, PLI. p. 223.
80 Camus, La Peste, PLII, pp. 1425-1426.
81 Lévinas, Totalité et Infini, p. 13.
82 Lévinas, Ethique et Infini, p. ●
83 Poirié, op. cit., p. 95.
                (「神戸女学院大学論集」38(1)、1991年7月)