戦争の余波

2026-05-20 mercredi

 東京にセカンドハウスを借りている。2019年頃からオーバーツーリズムが始まり、東京の定宿が予約できなくなってしまった。前は直前に予約を入れても泊まれる気楽なクラブハウスだったのが、いつ電話しても満員だと言われるようになった。いくつかホテルを転々としたが、うるさかったり、狭かったり、遠かったりで、どこも落ち着かない。覚悟を決めて部屋を借りることにした。
 部屋があると便利なのは、着替えを置いておけることである。洗濯もできるし、自炊もできる。大荷物を持たずに東京に旅ができるようになってずいぶん助かった。コロナ禍の時は何カ月も使わないことがあり、無人の部屋に家賃だけ払うという虚しい思いをしたけれど、トータルでは借りて正解だったと思う。
 半月ぶりにその部屋に行ったら、建物の周りに足場が組んであって覆いがかかっている。外壁の補修工事らしい。エレベーターで作業員と一緒になったので、「工事、長くかかるんですか?」と訊いたら、「材料が来ないので、いつ終わるかわかりません」という返事だった。教えてくれたのは上手に日本語を話すアジア系の人だった。「シンナーがないんですか?」と訊いたら「そうです」と教えてくれた。
 短い会話から二つのことがわかった。一つは、日本の建設現場はアジアからの作業員がいなければ回らない状態になっていること。もう一つは材料不足で建築関係の仕事が進まないでいること。
覆いのせいで部屋は薄暗い。べランダの外を頻繁に作業員が通るので、洗濯物を干すことができない。女性の住民たちはたぶんカーテンを閉め切って暮らしているのだろう。これがいつまで続くかわからない。私は月に二、三度来るだけだから我慢できるが、定住者にとっては耐えがたいことだろう。 
 イラン戦争の余波がこんなかたちで生活にかかわってくるとは予測していなかった。
(信濃毎日新聞5月13日)