この四月に学校法人の理事長に選任された。まさか自分がこの歳になって経営者になるとは思っていなかった。会議がいやで早期退職したのに、またネクタイを締めて出勤する身となった。
組織の長になってみて改めて身にしみてわかったのは、日本の組織がここまで非効率で非生産的になった最大の理由は、組織の最優先課題を「欠点の補正」にしてきたからだということである。
本校でも、メンバーたちの多くが「問題点の摘示と取り組み」に膨大な時間とエネルギーを割いている。正直言って、そんな暇があったら教育・研究に用いればいいのにと思う。
私が会議を好まないのは、会議をすると必ず「この組織の欠点」を摘示する人が出てくるからである。そして、一人が言い出すと次々と「実はこんな問題もあって...」と後が続く。まるで解決不能の問題点のリストを長くすることだけが問題解決の道だと信じているかのように。
でも、それは違う。勘違いしている人が多いが、問題点をいくら摘示しても問題は解決されない。
人間のことを考えればわかる。
皆さんの配偶者でも子どもでも友だちでも、その人の欠点の長大なリストを作って「はい、これ読んでね」と差し出せば欠点が補正されると信じている人はいないだろう。ふつうは怒り狂ってリストを破り捨てて、剣呑な事態になるだけである。だって、「そんなこと自分だってわかっている」からである。だらしがないのも、せっかちなのも、人の話を聴かないのも、全部わかっているのである。でも、人には言われたくない。
人間の欠点は補正できない。周りの人にできるのは、その人の長所を伸ばして欠点を目立たなくすること、それだけである。長所がもたらすベネフィットを最大化して、欠点のもたらすダメージを最小化する。
不思議なもので、人が成長して、長所が開花して「あれはなかなかの人物だ」ということになると、「だらしがない」が「鷹揚」に見え、「せっかち」が「先見性」に見え、「人の話を聴かない」のが「軸がぶれない」に見えてきたりするのである。ほんとうに。
組織も同じである。人間における欠点に当たるのが「フリーライダー」、長所に当たるのが「オーバーアチーバー」である。長く組織人として生きてきて確信を込めて言えるのは、フリーライダーを探して、説教したり、叱責したり、処罰したりしても、組織のアウトカムは全く向上しないということである。「フリーライダー捜し」や処罰は組織にいかなる利益ももたらさない。そんな暇があったらオーバーアチーバーたちが気持ちよく仕事ができるように環境を整備する方がはるかに効率的である。彼らが望むのは要するに「好きにさせてくれ」ということに尽きる。だったら好きにさせてあげればいい。「管理されたり、査定されたり、報告書を書かされたりするのがキライなの」と言うなら、言う通りにすればいい。
つまり組織マネジメントの要諦は「管理しない」ということになるのである。性善説(というか「ほとんどの人間は本性的に働き者である説」)で組織を運営することである。管理しなくても、命令しなくても、みんながその任にふさわしい働きをしてくれるようにすればいい。それほど難しい話ではない。「こういう組織にして、こういうミッションを果たしたい」という「理想」についてリーダーが解像度の高いイメージを提示することができればいいのである。果たすべき使命についてのメンバーたちが確かな共通理解を持っていてくれるなら、極端な話、管理や査定は不要である。
こんなことを書くと「ふざけたことを言うな」と青筋を立てる人がきっといると思う。反論は現実を以て示したい。(『週刊金曜日』5月3日)
(2026-05-20 07:51)