凱風館の書生の一人が故郷に戻って祖父母の農地を継ぐことにしましたと報告に来ました。聴いてびっくりしました。同じような話を立て続けに聴いたからです。
少し前に山形県にある東北農林専門職大学の市民講座の講師を頼まれました。神戸まで出講依頼に来てくださった先生に伺ったら、この大学はできて2年目。農業経営の学科が32名、林業経営の学科が8名の一学年40人という小さな大学です。大学が募集停止になったり、統廃合されたりしているご時世に新しい大学を創るというのはずいぶん冒険的なことですから、興味が湧いて、「どんな人が入学してくるんですか」訊いたら、「祖父母が農林業を営んでいる家の孫たち」が目立つと教えてもらいました。
農林業は前から「跡継ぎがいない」と言われていました。子どもたちが家業を継ぐのを嫌って都会へ出てしまったため農業従事者が高齢化していることは、みなさんもご存じだと思います。跡継ぎがいないまま高齢化した農林業の従事者たちが、もうこれ以上は体力的に無理だから、土地を手放すつもりになったところで、思いがけなく、孫が「私が跡を継ぐよ」と手を挙げるというケースが出て来たのだそうです。
さらにそのすぐ後、今度は九州に講演に行った時に、二十歳の女性から「祖父が丹精して守ってきた森を継ぐことにした」という話を聴きました。彼女が生まれた時に祖父が苗を植えて育てて来た木々が今ではきれいな森になっている。親たちは別の仕事をしていて農林業を継ぐ気がないので、孫である彼女が森を守ることにしたのだそうです。森に案内してもらって、地面に寝転んで、枝の間から青空を眺めながら、「いい話だなあ」と思いました。
調べてみたら、農業従事者の平均年齢はずっと高齢化を続けてきていたのですが、2025年は前年の67.8歳から67.6歳に低下していました。これは離職者が増えて、農業従事者が減ったせいで起きた現象で、別に若返ったわけではないと説明が書いてありましたけれど、それだけではないような気がします。だって、わずかの間に「孫が家業を継ぐ」という事例を三つ続けて聴いたんですからね。
こういう「潮目の変化」というのは統計的に顕在化するより先に、「時代の気分」として何となく感知されるものです。僕は「時代の気分」の変化にはかなり敏感な方です。メディアで大々的に報道されて、天下周知の事実になった後になって、その現象の説明をばたばたしていたんじゃ、「物書き」は務まりませんからね。でも、それは単にわずかな変化の兆候を感じ取るというだけじゃないんです。「そういうことが起きたらいいな」という思いがそういう事例についての情報を引き寄せるんだと思います。だって、僕が聴いた三つの事例は、うちの書生からと、僕に出講依頼してきたところからなんですからね。僕が日ごろどんなことを考えているかを熟知している人がわざわざ教えに来てくれた。偶然耳に入った話じゃない。僕が引き寄せた話です。こんな話を聴かせたら、内田はきっとうれしがるだろうと思った人が教えてくれたんです。ですから、これから似た話がどんどん僕の耳には入ってくると思いますが、みなさんがメディア経由でこの話を知るのは、たぶんまだだいぶ先の話だと思います。
でも、どうです。この話を知って、いま「親は祖父母の家業を継がなかったけれど、私はやってもいいかな・・・」とちょっと思った人、いませんか? 二人でも三人でもいたら、この原稿を書いた甲斐があります。(蛍雪時代4月号、3月24日)
(2026-04-30 18:41)