中国の親子

2026-04-30 jeudi

 北京在住の友人のジャーナリストである斎藤淳子さんが定期的にレポートを送ってくれる。中国の方と結婚して、北京で子どもを育てているので、ふつうの新聞記事では読むことのできないディープな中国社会の内側を教えてくれる。最近送ってくれたのは中国青少年の「うつ病」についての記事だった。
 ご存じの通り、中国は激烈な競争社会である。幼少の時からとにかく勉強を強いられる。成績のよい子は中学から「超級学校」と呼ばれる都市部の全寮制の進学校に送り込まれて、朝から夜まで、休みなく受験勉強をさせられる。成績の悪い子は地元の「県中」に進むが、この段階でキャリアパスが終わってしまう。もう出世は望めない。子どもの自己評価は下がる。一度出世コースから外れると、「立身出世主義」イデオロギーにどっぷり染まった親や教師からはもう十分な感情的ケアが受けられない。そうやって、成績の良い子も、悪い子も、精神的な傷を負うことになる。
 公式統計によると、18~24歳の若年層のうつ病リスクは24.1%。高校生のうつ病検出率は40%、中学生で30%、小学生で10%とうつ病患者は増加し、かつ低年齢化している。不登校も、自傷行為も、自殺も増えている。この問題をリサーチしてきたある研究者は「中国社会はいまだかつてない精神的危機に直面している」と警鐘を鳴らしている。
 斎藤さんは母親らしく、この危機の本質を「子どもを愛することのできない親」の問題としてとらえている。この着眼的には私も賛成である。子どもをその「あるがまま」で承認することができない親がいる。そういう親は「これこれの条件をクリア―したら子どもとして愛するが、それができなければ愛さない」という「条件つき承認」を突き付け、子どもが「親から愛されないことの恐怖」に駆動されて必死で勉強するように仕向けようとする。愛情と承認を兵器化して、子どもの行動をコントロールしようとするのだ。
 斎藤さんが紹介しているある高校生は二歳から塾通いを始め、北京のトップ高校に受かったが、高校1年で起床困難になり、うつと診断され、2年間服薬治療を受ける。のちにこう述懐している。「学校では授業と宿題、家はその延長でまた宿題。パパとママは学校よりも厳しかった。僕の生活には登校と宿題しかなかった。」
 ある名門大学生はこう語る。「私たちの世代は競争は教え込まれたけど、親しい関係については教わらなかった。どうやって人と自分を愛するのかも教わったことがない。」(斎藤淳子、「『そのままで愛される』価値が消えるとき」、『世界経済評論』2026年、5~6月号)
 この言明の中で最も重要なのは「自分を愛する」仕方を教わったことがないということだと思う。キリスト教の重要な教えに「あなた自身を愛するように隣人を愛しなさい」という聖句がある。「隣人を愛する」ためには「自分を愛する仕方」を適用しなさい、と。でも、「自分を愛する仕方」は誰が教えてくれるのだろう。そんなことは自明過ぎて、教えるまでもないのだろうか。私は違うと思う。自分を愛するのはそれほど簡単なことではない。実際に毎年たくさんの人が自殺している。病んだ自分や貧しい自分や虐げられている自分を愛することができないから死を選ぶ。自分自身を内省してみても、卑屈であったり、病弱であったり、不器用であったり、無能力であったりする自分を恥ずかしく思うという人はたくさんいる。彼らは自分を愛することができないでいる。自分を愛することのできない人が隣人を愛せるだろうか。
 私たちが自分を愛する仕方を学ぶのは、親に愛されることを通じてである。私はそう思う。親から無条件の承認を与えられることで、「愛されるに値するもの」として自分を認識する。その時初めて「愛する」という行為の主体は立ち上がる。そういう順序だと思う。
 私自身は子育てに際して子どもには「生きていてくれさえすれば、それでいい」という方針を採った。子どもが何をしても、何を求めても、すべて承認することに決めた。子どもの要求に私が是々非々で対応して、「これはOK」「これはダメ」と判断していると、子どもは私に判断を丸投げして、自分の欲望を自己点検しなくなる。だから、何を求めてきてもすべて承認することにした。「たとえ借金しても君が欲しいというものは全部買ってあげる」。そう宣言したら、それまで「あれ買って、これ買って」とうるさく要求してきた子どもがぱたりと口をつぐんだ。自分がほんとうは何を求めているのか、それを自分で考えるようになってくれたのである。
 無条件の承認は子どもをスポイルすると思っている人もいると思う。でも、そうでもない。「生きていてくれればそれだけでいい」というのは親の真情である。私は6歳のときに重篤な心臓疾患を患って死にかけたことがある。さいわい新薬が効いて一命をとりとめた。その後も8歳の時、10歳の時に長く入院した。だから、両親は私が「朝起きてきて、三度のご飯を食べて、機嫌よく暮らしていれば、それで十分」だと思ってくれた。子どもにとってこれほど楽なことはない。おかげで私は「無根拠な自信」を持って生きられるようになった。別にたいしたことを成し遂げる必要なんかない。私が生きていれば、とりあえず両親は安堵してくれる。だったら何でも好きなことをしよう。そう思って生きて来たら、75歳の機嫌のよい老人になっていた。両親は疾くに鬼籍に入ったが、無条件の承認は生き続けたのである。
 中国の子どもたちのことが心配だけれど、それより私は親たちのことが心配である。「生きていてくれさえすれば、それでいい」というふうに親切に子どもを育てる方が、結果的には親も子も幸せになれる。そのことを中国の人たちにアナウンスしたいけれども、声を届ける手段がない。(JA:COM 4月20日)