単純な政治への回帰

2026-03-13 vendredi

 高市首相は圧倒的な民意の支持を背景に、次々と戦後レジームを覆すような政策を実施している。その暴走ぶりには感嘆する他ない。「いったいこれから日本はどうなるのでしょう」とあちこちで訊かれる。「日本人は一度この体制が終わるのを見たがっているんだと思います」と答えるようにしている。
 別にそれほど珍しい話ではない。ソ連が崩壊する直前まで、ソ連の人たちはまさかソ連が崩壊するとは思っていなかった。ゴルバチョフの改革を支持し、「これでソ連は変わる」と期待していた。食料がなくなっても、インフレが進行しても、人々は「そのうち何とかなる」と思っていた。91年にロシア・ウクライナ・ベラルーシが「ソ連解体」を宣言した時に初めて「え、本当にソ連がなくなるの!」と人々は仰天したのである。
 日本だって敗戦直前まで国民の過半はまさか大日本帝国がなくなるとは思っていなかった。帝国の崩壊が加速したのは1930年代以降であるから、帝国が瓦解するまでわずか15年しかかからなかった。それまでは国際連盟の常任理事国として世界五大国の一角を占め、曲りなりにも民主主義的な政体の体裁を保っていた。だが、山縣有朋、田中義一が死去して陸軍の長州閥が終わり、代わって陸軍上層部を占めた永田鉄山、東條英機、相沢三郎、石原莞爾、板垣征四郎らの多くは戊辰戦争の「賊軍」の子弟だった。彼らは「明治レジームからの脱却」をめざし、国のかたちを土台から変えようとして、その通りになった。
 アメリカもそうだ。アメリカの有権者はドナルド・トランプを二度大統領に選んだ。彼が知性・徳性において著しく問題を抱えており、決して権力を持たせてはいけないタイプの人間であることは彼に投票した有権者だって知っていたはずである。でも、「彼ならこの国のかたちを土台から変えてくれるかも知れない」と思った。「土台から変える」計画はだいたい「土台から崩れて」終わることがわかっていながら、「変化」に一票を投じた。どうしてそんな無謀なことをするのか、私にはよくわからない。
 エドマンド・バークは『フランス革命についての省察』において、統治機構を革新し改革するための「統治の科学」は長期にわたる慎重な観察から導かれるものであって、先験的な知ではないと書いている。政体の運命を決めるのは無数の原因の複合的な効果であって、どこかに「諸悪の根源」があり、それを剔抉すれば万事解決というような簡単な話ではない。だから、長期にわたってある程度機能してきた体制を「人があえて打倒する時には、限りない注意をもってしなければならないのである。」
 「単純な政治様式は、かぎりなく魅力的である」が「単純な政府には根本的に欠陥がある」というバークの知見に私も同意の一票を投じたい。
 アメリカ人がトランプを選んだのは、アメリカを変えて欲しいからである。「アメリカを再び偉大に」と言う時の「再び(again)」が帰趨する先がいつの時代のどんなアメリカであるかについて、MAGAの人たちの間に合意があるようには見えない。トランプはある時は米西戦争に勝利し、海外領土を一気に増やしたマッキンリー大統領におのれを擬し、ある時はモンロー宣言を掲げたジェームズ・モンロー大統領に、ある時はネイティヴの虐殺で知られるアンドリュー・ジャクソン大統領におのれを擬している。たぶん考えているのは「あの頃は話が簡単でよかった」ということなのだろう。(週刊金曜日3月4日)