アメリカは内戦に向かうのかの思考実験

2026-02-11 mercredi

年末に行ったある講演の文字起こしが送られてきた。2時間近くした話のうち、アメリカにかかわる20分くらいのところを切り取った。聴衆はルーツが南北朝鮮にある在日学生たち。


 僕たちにメディアから与えられるものって、断片なわけですよね。ストレートニュースがあって、それについての短い解説がありますけども。せいぜい1カ月とか2カ月ぐらいのスパンでしか書かれない。5年とか10年とか、あるいは100年とかいうタイムスパンの中で記事を書く人はいないんです。
 皆さんはもう新聞を全く読まなくなってると思いますが、それは仕方がないと思うんです。日本の新聞は、「クオリティー・ペーパー」ではなく、「大衆紙」ですから。大衆紙は、別に物事の本質を伝えることを使命としているわけじゃありません。読者が喜びそうなことを書く。そうすれば部数が出る。そういうビジネスです。
 クオリティー・ペーパーというと、イギリスの『ガーディアン』、フランスの『ル・モンド』、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』などがそうです。僕はフランスにいる間はだいたい『リベラシオン』という左翼の新聞を読んでいます。日刊紙ですが、読みでがあります。
 日本の新聞と比べて、ぜんぜん違うなと思うのは、事件を長いタイムスパンの中でとらえる点です。例えば中東で何か起きた。イスラエルがレバノンのヒズボラを攻撃した、そういう事件があった場合に、ただヒズボラが攻撃されましたというストレートニュースだけではなく、なぜこの事件が起きたのかという話を「そもそも」から始める。それこそ1916年のサイクス=ピコ協定から書き起こす。オスマン帝国が中東から退いた後に、イギリス、フランス、ロシアが中東で何をしたのか。なぜイスラエルという国が出来たのか。そこまで遡って、その上で今起きた出来事の意味を明らかにする。それを毎回書く、紙面1頁を使って毎回「そもそも」から始める。
 クオリティー・ペーパーと、大衆紙を差別化する境界線はここにあるんだと思います。ある出来事を50年100年というタイムスパンの中で報道するか、それともただ「こういうことが起きました。終わり」で済ませるかの違いです。たしかにストレート・ニュースだって真実を伝えてはいるんです。まぎれもなくファクトの報道ではあるのだけれども、読者には意味が分からない。意味が分からないものを報道している。日本のメディアはそのことに疚しさを感じているように思えない。報道してる記者自身もおそらく自分が報道している出来事の意味を理解していないし、「理解したい」という強い思いを持っているようには思われない。そういう思いがあれば、行間から読者に向かって「わかってくれ」と懇請してくるものが伝わってくるはずです。
 ですから、みなさんにはクオリティー・ペーパーを読んで欲しいと思います。『ニューヨーク・タイムズ』の電子版は月2,500円ぐらいです。日本の新聞よりずっと安い。リアルタイムでどんどんニュースが届きますから最先端のニュースにキャッチアップできる。それに今はもう翻訳機能すごいですからね、『ニューヨーク・タイムズ』の最新情報がきれいな日本語になって出てきます。アメリカのことを知ろうと思ったら『ニューヨーク・タイムズ』がいい。
 
 新聞もテレビもネットも、どれも断片的な情報しか伝えてくれないのだとしたら、断片をつなぐ文脈は、自分で考えるしかありません。今、アメリカで何が起きているかは、日本のメディアから入ってくるニュースだけをつなぎ合わせても、たぶんみなさんには意味が分からないと思います。
 アメリカは今、準・内戦状態にあります。本当に遠くないうちに市民と連邦政府職員か州兵との間で銃撃戦が始まる可能性さえあると僕は思っています。
 去年公開された、『シビル・ウォー』という映画がありました。面白い映画でした。カリフォルニアとテキサスほか19の州が合衆国から独立して、連邦軍と反乱軍の間で内戦が始まる。そこで、ニューヨークにいるジャーナリストたちがホワイトハウスで大統領に単独インタビューしようとする。内戦中だから、ニューヨークからワシントンまで直行する道がない。アパラチア山脈を経由して行くしかない。その旅の途中で起きるさまざまな事件を描いた衝撃的な物語でした。
 少し前に『How Civil Wars Start』(邦題『アメリカは内戦に向かうのか』、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済新報社、2023年)という本がありました。「どうやって内戦は始まるのか」という研究です。書評を頼まれたので、読みましたが、たいへんに面白い本でした。その本に教えてもらったんですが、「ポリティ・インデックス(Polity Index)」という民主化度を表す指標があります。+10が完全な民衆国家、ー10が完全な独裁国家。+10からー10まで0を入れて全部で21段階で各国の政体を評価します。
  +10というのは「完全な民主国家」です。国民の意見がきちんと政策に反映されるので、国民は別に政府を転覆しようなんて思わない。一方、ー10の「完全な独裁国家」でもやはり内戦は起こらない。北朝鮮とかサウジアラビアがそうなんですけども、国民は完全に政府に支配されていて無力なので、政体を変えるだけの政治的実力がない。
 内戦が起きるのは、+5からー5の間にある国です。ここが「アノクラシーゾーン(anocracy zone)」と呼ばれます。「半デモクラシー」、あるいは「部族民主主義」と呼ばれることもあります。国内がいくつかの集団に分断していて、間に全く対話の成立する余地がない。
 国がアノクラシー・ゾーンに入るには2つパターンがあります。民主国家が独裁制に移行する場合と、独裁国家が民主化する場合です。韓国を見ているとわかりますね。たしかに独裁制が民主化する過程で、激しい国内対立が起きました。今のミャンマーもそうです。
 アメリカは+5なんですね。アメリカは実はあまり民主化度が高くない国なんですよ。少し前まで+7だったんですけども、2021年1月6日の連邦議会の襲撃事件がありましたね。あの時に2ポイント下がって、+5になった。その後トランプが登場してきました。たぶん今のアメリカは、民主化度は2とか3くらいまで落ちてると思うんですよね(著者注:2026年2月10日時点でのアメリカのポリティ・インデックスは0)。もうほとんどトランプ「王国」ですからね。つまり、今のアメリカはアノクラシーゾーンにあるので、内戦が始まる確率が非常に高い。
 内戦が始まる理由というのは、必ずしも国内に激しい人種差別があるとか、貧富の格差があるとか、政治が腐敗してるとか、そういうことではないんです。どれくらい政権が腐敗していても、一部の人間が国富を独占していても、それだけでは内戦は起きない。アノクラシー・ゾーンに入る必要がある。民主制が崩れて独裁制になるか、独裁制が崩れて民主化するか、中途半端な民主主義の時に内戦が起きる。アメリカはいま民主制が崩れて独裁制に移行しつつある。統計的には内戦が起きる可能性が非常に高い。

 アメリカはシビル・ウォーを過去に1回経験しています。「シビル・ウォー」はふつうは「内戦」と訳すべき語なんですけれど、日本人はこれを「南北戦争」と訳しました。1861年というと幕末、文久三年頃のことです。幕末の幕閣の中に、英語できる人がいて、その人がアメリカで起きた戦乱を日本語に訳す時に「内戦」ではなく「南北戦争」と訳した。これはなかなか興味深い「誤訳」だと思います。
 本当は「内戦」でなければいけないんです。「南北戦争」と訳すと、まるで「南の国」と「北の国」があって、その2つの独立国が戦っているというふうに解釈される。幕末の日本の英語が読める人がアメリカ事情を将軍に報告する時に、「内戦」ではなく、これは「南北の間の戦争だ」と言った。この訳語を選んだ日本人はなかなか現実をよく見ていたと思います。これは二つの国の間の戦争ではなくて、内戦であると言い張ったのはリンカーンなんです。南部11州の人たちは、これを「シヴィル・ウォー」だとは思っていなかった。
 南部11州は合衆国を脱盟して、Confederate States of America「アメリカ連合国」という国を創りました。アラバマ州モンゴメリーに首都もあるし、ジェファーソン・デイヴィスという大統領もいるし、もちろん憲法もあるし、国旗もあるし、国歌もある。だから本人たちは独立国のつもりでした。
 準州や共和国が合衆国に加盟する時には、それぞれの議会で議決して、住民投票にかけて同意を得ます。加盟申請を連邦議会に送り、認められると合衆国の一州になる。ですから、その手続きの逆をすれば、合衆国から脱盟できると南部の人たちは思ったのです。議会での議決と住民投票で同意が得られたら、それでいいはずだと思った。
 ところが合衆国憲法には、加盟の規定はあるけども、脱盟の規定がないんです。入口だけあって、出口がない。どうやったら合衆国から出ることができるかについての規定がない。ふつうに考えたら、州議会の決定と州民投票で「合衆国から出る」と決まったら、連邦議会にそれを阻止する権利はないはずなんです。だって「一緒にいたくない」って言うんですから、止めてもしようがない。南部11州の人たちはそう思った。奴隷制を続けたいから。それで、脱盟した。そして国を作った。でも、リンカーンは南部の脱盟を認めず、これを「叛乱」とみなして鎮圧することにした。
 南部11州が創った国は独立国なのか、アメリカ合衆国の一部なのか、それが問題の核心でした。でも、アメリカ連合国を承認した国は国際社会にはありませんでした。英仏は同情的でしたけれども、まあ様子見です。どうなっちゃうのかわからないから。戦争が長引いたり、あるいは戦況が南部に有利に展開した場合、アメリカ連合国を独立国として承認した国が出て来た可能性もあります。でも、残念ながら、アメリカ連合国を独立国として承認した国はなかった。だから、これは「戦争」じゃなくて「内戦」だとリンカーンは言ったわけですよね。結果的に南軍が敗けて、南部11州は再びアメリカ合衆国に戻りました。
 戦後、1869年に「テキサス州対ホワイト」という裁判がありました。テキサス州の脱盟は合法か非合法かを争ったんです。戦争中にテキサス州が戦費調達のために、米国債をホワイトさんという民間人に売却しました。ところが戦争が終わった後に、「アメリカ連合国テキサス州などという政体は存在したことがないものなので、その州政府が行った債券の売却は無効だ」という裁判を「アメリカ合衆国テキサス州」が起こした。「アメリカ連合国テキサス州」というのは脳内妄想のようなものであって、そんな幽霊みたいなものにはむろん米国債を売る権利はない。だから債券を返せと言い出したんです。当然、ホワイトさんはこの取引は合法的だと言い張る。そりゃそうですよね。
 でも、その裁判で最高裁は「脱盟は違憲であるからアメリカ連合国テキサス州の行った取引は無効」という判決を下しました。合衆国は共通の起源から生まれた有機的な政体なので、一度加盟したら、もう出ることはできない。だから、「アメリカ連合国テキサス州」などというものは実は存在したことがないのだ、と。以後、州の単独離脱は違憲という原則が確立しました。ただし、判決文では「革命によるか、諸州の同意による」場合は例外としています。

 テキサス州やカリフォルニア州では今も独立運動がさかんです。州の独立は違憲とされているのですけれども、なぜか独立運動がある。それはこの最高裁判決が法理的には筋が通らないからです。
 たしかに東部13州は「共通の起源」から生まれた同質性の高い政治単位ですけれども、テキサスとかカリフォルニアとか後から合衆国に加盟した州は、成り立ちが違います。カリフォルニア共和国も、テキサス共和国も、ハワイ共和国も、みなもともとは独立国で、自分たちから申請して、アメリカ合衆国の州になったんです。「またもとの独立国に戻りたい」と言うことはふつうに考えれば止められないでしょう。
 だから、次の「南北戦争」も、前回と同じように、いくつかの州が合衆国からの独立を宣言するというかたちで始まるのではないかと思います。一番独立に近いのがカリフォルニアです。カリフォルニアは、トランプ登場の前の世論調査でも、「合法的にカリフォルニアが独立できるなら、独立したい」と答えた州民が32%いました。トランプがアメリカをめちゃくちゃにした後にもう一度世論調査しました。「もし平和裏かつ合法的に、アメリカ合衆国から独立できるなら、あなたは賛成か反対か」と訊いたら、44%の人が賛成と答えた。かなりの数字ですよね。確かに「平和裏かつ合法的に」という条件はクリアーするのが難しい。でも、アメリカ合衆国の国民でいたくないって思ってる人が、カリフォルニア州民の44%いるわけです。この数字はこのあともっと増えると思います。このあとさらにトランプのカリフォルニアへの攻撃が続いていった場合、州民が「もう我慢できない。独立だ」と言い出すのは時間の問題だと思います。
 ギャビン・ニューサムという人が、今のカリフォルニア州知事ですけど、もちろん民主党で、反トランプの急先鋒で、2028年の民主党の大統領候補の一人です。この間からトランプは民主党の知事がいる州について、「治安が悪化している」という理由で州兵を勝手に派兵しています。本来州兵は、州知事の指揮下にあります。大統領が州兵に指示を出せるのは、州内で暴動などが起きて、市民の人権が危機的な状態にあるが、州政府がもう法執行能力がないというような場合に限定されます。でも、トランプは勝手に「この州はもう連邦法が執行できないくらいに治安が悪い」と判断して、好き勝手に州兵を送っている。
 平時に州兵を大統領が動かすのは憲法違反なんです。ニューサム知事は全米知事協会に対して、トランプに対して決然とした態度を取るべきだという声明を発出しています。大統領が勝手に州軍に指示を出すなということについて全米知事協会として決議しろ、と。もし知事協会が動かないなら、カリフォルニア州知事は全米知事協会から脱退する、と。これは日本では扱いの小さなニュースでしたけれども、州が連邦政府機関から脱退するって言い出しているんですから、かなり重要な「潮目の変化」ではないかと僕は思います。
 仮にカリフォルニアが独立したら、人口3,900万人。GDP世界4位。アメリカ、中国、ドイツに次ぐ「大国」となります。シリコンバレーがありますから先端的なテクノロジーの発信拠点です。土地も豊かだしね。農業もさかんだし、自然資源もあるし。ハリウッドもある。カリフォルニアはアジア系の市民が多いところですから、今のトランプの移民政策に対して強く反発している。彼らはトランプの移民政策に対してかなりの恐怖心を感じている。このままだと、いきなりICEに逮捕されて、本国へ強制送還とかいうことがあり得るわけです。その国の言葉もしゃべれないし、親族も知人もいない「祖国」に強制送還されるかも知れない。グリーンカードが無効になるかも知れない。そういうリスクにさらされている人たちからすれば、カリフォルニアがアメリカ合衆国でなくなることに希望を託すということは合理的は判断です。
 内戦が起きるとしたら、反トランプのデモが過激化して、抑えにかかってきたICEや州軍との間で銃撃戦が起きて、連邦職員や州兵や市民から死者が出るという場合ですね。その場合に一気にアメリカが内戦状態に入る可能性はある。

 日本人には分かりにくいんです。日本の都道府県が独立するなんて誰も考えませんからね。でも、アメリカは違います。あくまでUnited Statesであって、Statesというのはまさに「国」なんです。独立時点の東部13州だって、州憲法を持っていて、固有の政府を持っていたんです。
 内戦が起きた場合に、一番心配なのは、すさまじい殺し合いになる可能性があるということです。国と国の戦争の場合はどんな国でも一応戦時国際法は守ります。非戦闘員は攻撃しないとか、病院や学校や教会は攻撃しないとか、捕虜はジュネーブ条約に基づいて扱うとか。でも、内戦には戦時国際法は適用されるでしょうか。僕は適用されないんじゃないかと思うんです。「叛乱軍」と「鎮圧軍」の戦いなんです。連邦軍に逆らっている市民は「戦闘員」じゃなくて「犯罪者」と見なされる。だから、戦時国際法が適用されない、すさまじい虐殺が行われる可能性がある。
 南北戦争がそうでした。南北戦争はアメリカ史上最悪の戦争です。死者数は65万人から82万人というあいまいな数字しかないんですが、これはアメリカ史上最多戦死者数です。
 第1次世界大戦のアメリカの戦死者は11万人、第2次世界大戦で29万人、朝鮮戦争で3万7千人、ベトナム戦争で5万8,000人。でも、単純に戦死者数だけ比べても意味がわからない。人口の分母が違いますから。ベトナム戦争の時の分母は2億5,000万人です。南北戦争の時は分母が2,500万人です。ベトナム戦争の頃の10分の1なんです。つまり、1960年代に南北戦争をやったら、死者は650万人から820万人になっただろうということです。ベトナム戦争の死者の100倍です。そう聞くと、南北戦争がいかにすさまじい殺し合いだったかが分かると思います。
 特に南北戦争では、南軍の損耗率が高かった。ふつうの戦争では、損耗率が30%になったら、白旗を上げます。30%を超えると、もう組織的な戦闘ができなくなり、ただ死傷者が増えるだけだからです。ですから、損耗率30%になったら、白旗上げて降伏して、捕虜になる。これが「正しい戦争のやり方」なんですけども、南北戦争の時、ゲティスバーグの戦いの南軍の損耗率は50%です。これは砲弾が飛んでくるところにまっすぐ突っ込むとか、銃弾の嵐の中を進軍するとか、そういう戦い方ですよ。でも、そこまで南北の兵士は憎み合っていた。
 そこが、内戦の怖いところなんです。同胞同士の殺し合いでは、人は独立国同士の戦争よりもずっと残酷になる。ここにいる方たちは、朝鮮半島の戦争をご存じですから、その意味が分かると思いますけれど、人間って、外国人に対するよりも、敵になった同胞に対する方がずっと暴力的になるんです。
 南北戦争の時、北軍は南軍領土に入ってから、略奪したり、非戦闘員を殺したり、強姦したりということをしていた。『風と共に去りぬ』が詳しく書いています。だから、戦争が終わった後に、南部ではすさまじいバックラッシュがあった。クー・クラックス・クランができたのも、「ジム・クロウ法」と呼ばれる人種差別的な法律ができたのも、南北戦争後なんです。人種差別は南北戦争で負けた後の南部で激化するんです。それが今に至るまで続いている。今の「白人至上主義者」っていう人たちがいますけれど、これはかつての南軍の流れを汲んでいる。遡れば、そこまで北部に対する恨みが残っている。

 今回のトランプを大統領に押し上げたのは、「ウォーク(woke)」と呼ばれる「意識高い系」の人たちに対する憎しみでした。きっかけになった「キャンセル・カルチャー」の一つがリー将軍の銅像を倒して、溶かした事件です。リー将軍は南軍の最高司令官で、降伏文書に署名した人です。南部においては、リー将軍は軍神なんです。その人の銅像を、「政治的に正しい」人たちが、奴隷制を支持した軍人の銅像を公共の場所に置くべきではないと言って、引き倒して溶かした。そのニュースを知った時に、「そんなことしなきゃいいのに」って思いました。でも、アメリカの人たちってやることが極端なんですよね。「一切容赦しない(zero tolerance)」から。政治的に正しくないものは全否定する。
 その左派的な「ゼロ・トレランス」に対して、トランプは右派的な「ゼロ・トレランス」で応じたわけです。「政治的に正しいもの」はすべて禁止する。最初に署名した大統領令が「反DEI法」ですからね。「多様性(diversity)」「公平性(equity)」「社会的包摂(inclusion)」というそれまでの「政治的正しさ」の基本理念を全部否定した。

 南北戦争から150年経っているのに、また似たような理由で内戦が始まるかも知れない。アメリカの連邦というのは、それほど強固なものではない。アメリカは建国時点からずっと内部分裂を含んでいるんです。
 独立宣言が1776年ですが、合衆国憲法ができるのは、1788年、制定までに11年かかった。連邦政府に大きな権限を付与し、州政府の権限を減らすという国家構想を持つ人たちを「フェデラリスト(連邦主義者)」と言います。それに対して、連邦政府はただ州の合議体でよい、実際の統治の権限は州政府に残すという「州権派」の人たちがいた。この連邦派と州権派の間で激しい論争があって、なかなか結論が出なかった。ですから、アメリカ合衆国憲法は、かなりの程度この両派の妥協の産物なんです。
 その典型が連邦議会の権限を規定した1章8節12項です。ここには、連邦議会が陸軍を招集し維持するが、そのための支出は年度を超えてはならないとあります。つまり、陸軍の常備軍を持ってはいけないと書いてあるんです。
 もちろんアメリカには常備軍があります。陸軍、海軍、空軍、海兵隊、宇宙軍、沿岸警備隊、六つの軍組織、143万人の職業軍人がいます。でも、憲法には今でも「陸軍は常備軍を持ってはならない」と書いてある。なぜかというと、独立戦争では植民地の人たちは市民たちが自発的に銃を持って集まってきてやって、連隊を作り、互選で連隊長を選んだからです。常備軍というものは13州どこにも存在しなかった。
 連邦派は、常備軍がないと、外敵が攻撃してきた時に、州が単独で迎撃すると敗けるかも知れない。あるいは、力のある州が、他の州に侵攻して支配したり、連邦政府と州政府の間で軍事的対立が起きるかも知れないとか、いろいろなリスクを数え上げて反論したんですが、結局州権派に譲歩することになりました。
 よく、日本国憲法の憲法9条2項について、こんな現実離れした憲法条項を持っている恥ずかしい国は日本しかないと言う人がいますね。だから、条文を現実に合わせるべきだ、と。でも、そう言うなら、改憲派の人たちはアメリカに行って、ホワイトハウスでも「現実と乖離したこんな恥ずかしい憲法を持つな。現実に合わせて改憲しろ」と言わないとことの筋目が通らない。でも、そんな人見たことない。

 独立宣言には「抵抗権・革命権」が明記してあります。人民は自分たちの生命、自由、幸福追求の権利を阻害する政府は、改変し廃絶する権利がある。当然ですよね。独立戦争の正当性を主張するためには、市民的自由や幸福追求の権利を阻害する政治権力は倒しても構わない。そう言わないと、独立戦争の正当性が保てませんから。だから、独立宣言には抵抗権・革命権が明記されました。
 この抵抗権・革命権を憲法に書き込むべきかについても、当然論争になったはずです。だって、できたばかりの国で、「気に入らなければ合衆国を改変廃絶してもいいですよ」とは憲法に書きにくいですからね。とはいえ独立宣言の精神は否定できない。やはりここでも、独立宣言の掲げる理想と合衆国の現実の間の妥協が行われた。その結果憲法修正第1条ができました。
 ここにはご存じのとおり、言論・報道の自由と、市民が平和的に集会を開き、「政府に苦情の救済を請願する」権利を守らなければならないと書いてあります。「請願する」はpetitionっていう英語です。あまり聞いたことのない動詞だと思います。日本語で「請願」って言うと、なんだかなんか請願書持ってぞろぞろと議員会館に行って、議員さんや議員秘書に「一つどうぞよろしくお願いします」と頭を下げるような光景が目に浮かびますけれど、petitionっていう英語の原義はそんなおとなしいものじゃないんです。語源はラテン語のpeteという動詞です。意味は「追求する、得ようと努める、駆け付ける、敵意を持って突進する、渇望する」です。「法律的な権利を訴求する」というのはずっと後の方の語義なんです。petitionという動詞はかなり攻撃的な含意を持っていて、とても「請願する」なんていう穏やかな日本語に落とし込めるようなもんじゃないのです。
 建国の父たちは、みんな大知識人ですから古典語に通じています。だから、petitionっていう動詞を選んだ時に、そのラテン語の原義を知らないはずがない。「戦って勝ち取る」という意味なんです。日本語訳された合衆国憲法を見ると、「革命権」なんてどこにも書いてない。あるのは「請願権」だけですが、実はそこには抵抗権・革命権のニュアンスが書き込んである。
 憲法修正第2条は、ご存じのとおり、武器を携行する権利です。これは法理上はあって当然、なければ困る条文なんです。だって市民には抵抗権・革命権があるんですから。政府に抵抗し革命するためには武器が要る。だから、「請願権」を明記した第1条に続いて、第2条に、全ての市民は銃を携行する権利があるとしたのです。
 アメリカでは銃規制が進みません。日本から見ると、どうしてそんな前近代的な憲法条項が今もあるのか不思議ですが、これは仕方がないんです。請願権と武装権は一対なんですから。武装権を消したら、「敵意を持って突進する」ことができなくなる。
 請願は「平和的に集会を開く」という条文があります。「平和的に」と訳された英語はpeaceably です。peacefullyじゃないんです。ニュアンスがかなり違う。peaceably は個人や集団が活動をするときに「できることなら争いを避け、穏やかに」という意味です。できることなら平和的にやりたい。けれども、忍耐にも限界がある。そういうニュアンスがこの副詞一つにもこめられています。合衆国憲法制定過程で連邦派と州権派の間でもめたという話を先ほどしましたけれど、こういう動詞一つ、副詞一つの選択を見ても、そこでどんな議論があったのか、なんとなく想像できますね。

 僕たちはアメリカ人が「軍」についてどういう考えをしているのか、実はよく知らない。そう思った方がいい。軍隊の基本が「銃を執って立ち上がる市民(miltitia)」だという考え方は、召集令状で徴兵されるのが軍隊だと思っている国の人間にはよく理解できない。。
 独立戦争前後の話を描いたアメリカ映画を観ていると、戦争中にうちに帰る人がいるので、観ていてびっくりします。「ちょっと帰るわ」って。「今、収穫期だから、畑に人手が要るから」って。戦争の最中ですよ。でも、それについて誰も「卑怯者」とか「裏切者」とか言って責めたりしない。だって、そもそも自分の自由意思で戦争に来ているんですから。だから、自己都合で戦線を離脱しても、それを誰も咎めない。 
 そういうアメリカ人の「軍」についての考え方をある程度知っておかないと、これから起こるかもしれない内戦の文脈が見えてこないんじゃないかと思います。
 アメリカで内戦が起こると、世界の地政学的な環境は一気に流動化します。どうしたらいいんでしょう。だってアメリカで内戦なんか起きたらもう、海外基地なんて維持できませんからね。おそらく全部撤収する。
 仮に東軍と西軍に分かれた内戦の場合、在外米軍基地の兵士たちは、どちらに帰るのか。連邦政府はもちろん在外基地の軍人たちに連邦軍に入って反乱軍を鎮圧しろと命令する。でも、在外米軍が大統領の指示に唯々諾々と従って、同胞を殺す軍事作戦に従事するでしょうか。軍とホワイトハウスの間は、必ずしもコミュニケーションがきちんとしてるわけではありません。ですから、内戦が始まった時に、軍がどうふるまうかは簡単には予測ができない。
 仮にカリフォルニアが独立を宣言した場合、日本政府はどうするのか。独立を承認するのか。たぶん日本政府は「しない」と思います。様子を見て、他の大国が承認したら、それに紛れ込むくらいで。
 でも、これは結構重要な思考実験だと思います。もしカリフォルニアが独立を宣言した場合に、日本政府はどうしたらいいのか。カリフォルニアだけでなく、全州に日本人が仕事や留学でいます。内戦が始まったら、彼らをどうやって救出するのか。韓国人だって、カリフォルニアにはたくさんいますよね。内戦になった時に、在米の同胞をどうやって救出するか。それは日本にとっても韓国にとっても外交的な急務になるわけですけれども、たぶん日本政府は何も考えていないと思います。
 もちろん内戦なんて起こらないのが一番いいんですけれども、それでもアメリカが内戦に入る確率が高いという統計的事実がある以上、それについては対処すべきだと思います。さしあたりは思考実験だけでもいい。でも、日本のメディアはそんなこと一行も報道しません。そんなこと報道したら、株価が暴落するのが確実だからです。対米輸出で食っている企業やアメリカからの輸入材料でものづくりをしている企業の株なんかたちまち紙くずになる。そうなったら日本経済大混乱ですから。社会的混乱を防ぐためにも、「アメリカの政情が不安定である」というようなニュースはできるだけ報道しない。そういう考え方もあるかも知れません。でも、自分たちの「米びつ」の心配を優先して、アメリカで実際に起きていることを報道しないということは、ほんとうにそういう事態が起きた時に、何もできずにただ腰を抜かすだけになるということです。またメディアの批判になりましたけれど、もし日本人が「アメリカで内戦」のニュースに腰を抜かしたとしたら、それはメディアの責任です。