文化日報という韓国の新聞の取材があり、「日韓連携」の可能性について訊かれた。「どうすれば両国の和解と協力が成り立つのか?成り立つとすれば、それはどれはどこから始まるのか?」というのが最初の問いだった。
単独の日韓関係と言うものは存在しないと私は思っている。基本単位は「米日韓」の三国関係である。変数が三つあるから計算が難しい。計算が難しい場合は知性の働きを向上させて、いくつものシナリオを検討するのがふつうだが、怠け者は変数を消し、話を簡単にして知的負荷を軽減しようとする。少なくとも日本人はこの問題については「怠け者であることを宿命づけられている」と私は思っている。米国が絡んだ瞬間に外交について思考停止に陥るのである。
米国は日本人の頭の中では「定数」であって、決して変数とみなされることがない。「日米同盟基軸」というのは、米国の政策がどのように変わっても、日本はつねにそれに追随するという意味である。米国は「日本がどうすればいいかを決定する宗主国」という「定数」的地位を動くことがない。そういう設定にしておけば変数が一つ減って、知的負荷は軽減する。そういう思考停止に戦後80年間日本人は慣れ続けてきた。
でも、いま米日韓関係は変わりつつある。米国が東アジアから撤収する可能性が高まったからである。いまの米にはもう世界秩序を制定し管理するだけの力がない。国内の分断と国力の衰微はもう「ポイント・オブ・ノーリターン」を超えた。あとは衰退するだけである。それは米の外交専門誌を読めばわかる。先月号は「ポスト米の世界秩序」の特集だった、今月号は「欧米の終焉」である。
米国の最大のライバルは中国だが、米国には米中戦争を戦う意思も能力もない。通常兵器で戦えば「負ける」というシミュレーションは2017年に出されてから結論は変わっていない。核戦争なら中国に勝てるが、中国を焦土とする代償に、ニューヨークもシカゴもロサンゼルスも消滅する。そんな不利なバーゲンをする気は米国にはない。だが、中国の西太平洋進出は抑制したい。だから、日韓にその役割を押し付けるつもりでいる。米軍はグアム、ハワイまで引いて日韓に中国抑制の仕事をさせる。後方支援はするが、コミットはしない。
対中国の前線に立たされた日韓は米国という変数が消えて、日韓併合以後初めてそれぞれの国の立場での「安全保障構想」を語り合える状況を迎える。これまで米国は日韓が「戦争しない程度に宥和的で、同盟しない程度に敵対的」であることから最大の利益を引き出してきた。「分断して統治せよ」は植民地主義の基本だからである。その宗主国が撤退したら、「日韓同盟」の機運が高まるのは当然である。
人種、宗教、政体、地政学的地位、家族制度、感情生活において日韓ほど似ている国は他にない。同盟するならこの隣国しかない。そのことを韓国民はわかっている。でも、日本人はわかっていない。「日韓同盟」という言葉を脳裏に描く習慣がないからである。
だが、明治時代の日本の活動家たちは左右を問わず「日朝連携」というアイディアを軸に思量し、行動していた。東学党の乱に参加した内田良平、『大東合邦論』の樽井藤吉、「鳳の国」の権藤成卿など枚挙に暇がない。日韓がどう連携できるか、私たちは日韓併合以後百年以上ネグレクトしてきた問いを今突き付けられている。
そんな話をした。(週刊金曜日2025年11月11日)
(2026-01-21 10:17)