「私たちはシナリオを書き換えられるか」

2026-01-17 samedi

 開学準備中の翠山大学のクラウドファンディング広報誌のために書いた。「もう締め切りが5日も過ぎてます」と言われて、30分ほどで書いたので、文章は雑だし、ネタは『日本辺境論』の二番煎じだけれど、これは繰り返し言っておかなければならないことであると思う。

私たちはシナリオを書き換えられるのか?

 シナリオを「書き換える」ためには、今の日本の政策決定者たちが、どのような「シナリオ」を書いて、それを実行しているのかを知らなければならない。ところが、誰もそんなシナリオを見たことがないのである。
 たしかにあらゆる分野で、政府は政策を実行している。けれども、それはつねに「眼前に山積している難問に必死で最適解で応じている」というスキームでしか語られない。「水道管に穴が開いて水が漏れているので、そこを塞ぐ」というタイプの「被害と応急処置」の文型でしか政策は語られない。何らかの理想を実現するためにこの政策を採用するということがない。
 時々発作的に「美しい国」とか「とてつもない日本」とか「世界の真ん中で咲き誇る」とかいう「文学的」な措辞で「理想」が語られることはあるけれども、その理想めざす政策的努力の成否はいかなる基準で判定されるのかは示されない。だから、政策の成否を誰も検証できない。
 「政策の成否を誰も検証できない政策」だけが次々と閣議決定され国会決議される。多くの日本人はこれを異常だと思っていないが、これは異常である。  
 かつて丸山眞男は東京裁判の被告たちの弁疏を聴いて、これが日本人の精神的特性ではないかと疑った(「軍国支配者の精神形態」)。敗戦後、「私は開戦方針を主導した」と名乗る人間が大日本帝国の指導部にはひとりもいなかったからである。
 「ABCD包囲網に攻め立てられて」やむなく戦争が始まったと彼らは言った。戦争はまるで自然現象のように「到来」したのである。それはヒトラーの宣言と隔たることほど遠い。ヒトラーは戦争目的について実に明確だった。
 「余はここに戦端開始の理由を宣伝家のために与えよう。(...)勝者は後になって我々が真実を語ったか否かについて問われはしないであろう。戦争を開始し、戦争を遂行するに当たっては正義などは問題ではなく、要は勝利にあるのである。」
 ヒムラーはこう獅子吼した。
 「諸民族が繁栄しようと、餓死しようと、それが余の関心を惹くのは単にわれわれがその民族を、われわれの文化に対する奴隷として必要とする限りにおいてであり、それ以外にない」。
 こうした「つきつめた言葉」をわが軍国主義者たちは誰一人口にしなかった。戦犯たちはただ「悪気はなかった」という言い訳を繰り返した。「八紘一宇」や「大東亜共栄圏」が意味するのは、侵略は武力による他民族の抑圧や収奪ではなく、「皇道の宣布」であり、「慈恵行為」と彼らは言ったのである。
 昔も今も、戦争を肯定する者たちはみな「私たちは戦争以外の選択肢がないところにまで追い詰められた」という受動態の構文で戦争について語る。思想と戦略がまずあって、それが戦争を領導するのだと考える人がどこにもいない。思想と戦略に基づいて政策が起案され、その成否を客観的指標によって検証するという知的習慣は日本にはない。
 話が逸れてしまった。私が言いたいのは「シナリオを書き換える」ためには、「もとのシナリオ」がないと話のならないのだが、日本の指導者たちには「シナリオ」がないということである。彼らは今も受動態でしか政策を起案しない。「たいへんなことが起きたので、弥縫策を講じる」という以外の思考ができない。そして、これは私たちを含む日本人全体が罹患している病態なのである。指導者たちだけを責める訳にはゆかない。
 「シナリオを書き換える」ためには「もとのシナリオ」が要る。シナリオはどこにもないし、「私が書いた」という人間もいない。もし、シナリオがないまま映画撮影が始まり、「俳優が来ない」とか「照明が落ちた」とか「プロデューサーが金を出さないと言い出した」とかいう出来事があるたびに内容が変わる映画というものがあるとしたら(ないが)、それが日本の政治である。
 もちろん、シナリオは彼らの無意識のレベルには存在する。でも、彼らにはそれを言語化する能力もないし、国民にそのシナリオの適切性を説明できる知力もない。だから、そのシナリオは無意識のレベルから表層には出てこない。でも、その「無意識のシナリオ」に基づいて、「日本という映画」の撮影は今も着々と進んでいるのである。
 その「無意識のシナリオ」がどういうものかをこれから語らなければならないのだが、与えられた1000字という紙数をもう倍近く超えてしまったので、ここで筆を措く。機会があれば、続きを書きたい。(「翠山大学クラウドファンディング限定ZINE」、1月17日)