台湾有事について

2025-12-07 dimanche

 高市首相の「台湾有事は存立危機事態」という発言で日中関係が危機的な状況になっている。
 首相は国会答弁の中で、台湾が中国によって海上封鎖された場合、それを「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」とみなし、「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」に当たるという答弁を行った。
 この答弁はいくつもの難点を含んでいる。第一に台湾が海上封鎖されても、それが中国の「領土内」の出来事であるなら、他国は干渉できないということである。
 日本は、台湾が中国の「領土の不可分の一部」であるとする中国の「立場を十分理解し、尊重」すると1972年の日中共同宣言で誓言している。以後、日本は台湾と正式な外交関係を持っていない。たしかに台湾は日本にとって「重要なパートナーであり、大切な友人」である。けれども、それを言ったら、中国も日本にとっては「重要なパートナーであり、大切な友人」である。「どのパートナーの利害を最優先に配慮するか」について日本政府が決断する場合、準拠すべきは「相手とどのような条約を結んでいるか」しかない。そして、日本は中国とは1978年に「日中平和友好条約」を締結して、日中戦争の終結を正式に宣言し、両国が永遠の平和友好関係を築くことを約束しているが、台湾とは国交がなく、大使館も置いていない。
 第二の難点は、「アメリカが台湾救援のために艦船を出して、人民解放軍と戦闘状態に入った場合」という首相の脳裏に浮かんだ設定そのものが多分に非現実的なものだということである。トランプ政権のアメリカが中国と軍事的な衝突に至る可能性はきわめて低い。アメリカは台湾とは同盟関係を持っていない。「台湾関係条約」という国内法があり、そこには確かに「この地域の平和と安定は、アメリカの政治的、安全保障上、経済的利益に関わり、国際的な関心事である」と宣言されているが、「台湾有事には米軍が出動する」とはどこにも書かれていない。
 台湾は2400万人の市民を持つアジアで最も民主的な政治単位である。その市民の権利と自由が侵されないことを私は切望しているが、中国が台湾に対して強力な手段を行使した場合に、それを「他国への侵略」とすることは法理的には難しい。
 アメリカの国内世論も台湾に対して冷ややかである。私が読んだ限り、米外交専門誌の台湾関連記事の多くは「中国が台湾に侵攻しないようにアメリカは強く牽制すべきだが、実際に台湾海峡で戦闘が始まったら、兵器の備給などはするが、兵は出すべきではない。台湾の政治体制の変更はアメリカの国益とは直接の関係がない。中国の東方進出で直接脅威を受けるのは韓国と日本であって、アメリカではない」という趣旨のものであった。「中国が台湾に軍事侵攻したら、アメリカはただちに派兵すべきだ」と主張した論文を私は一つも読んだことがない。
 南北戦争の時、南部11州は合衆国からの独立を宣言したが、リンカーン大統領はそれを認めず、領土内における反乱であるとして諸外国の干渉を許さなかった。事実、世界のどの国もアメリカ連合国のために支援の軍を送らず、南部の滅亡を座視した。
 もしアメリカ国民がこの先例に理ありとするなら、習近平の「反乱鎮圧」に反対するロジックが立たない。トランプ大統領は高市首相を支持する気も、日中間を調停する気もない。だとしたら、一日も早く発言を撤回することしか首相に残された選択肢はない。時間はもうあまり残されていない。

(2025年11月26日週刊金曜日)