大瀧詠一師匠をめぐって

2025-03-24 lundi

菅間 あと、師をめぐる、ちょっと派生的な質問になります。内田さんは、師匠は3人いるっておっしゃっていて、ひとりが哲学者・レヴィナス先生、ひとりが先ほども名前があがった合気道の多田先生、そしてもう一人が、ミュージシャン・大瀧詠一さんだと。『街場の芸術論』所収の「大瀧詠一の系譜学」は読ませていただきましたが、改めて、内田さんにとって大瀧さんはどんな存在なのか、内田さんの大瀧愛などについて伺ってみたいんです。
内田 大瀧さんというのは、僕にとっては自分の研究スタイルについての師匠なんです。大瀧さんは活字媒体じゃなくて、ラジオのDJ番組を通じて、膨大な音楽史的な知識の一端を披歴してくれた。それに対してまったく課金するということをしなかった。いかなる代償も求めず、僕たちに豊かな贈り物をしてくれたわけです。
大瀧さんは天才的な音響記憶の持ち主でした。たぶん一回聴いたメロディはほぼ再生できるんじゃないかな。映画評論家の町山智浩さんの場合は画像記憶ですね。一回観た映画はどんな細部まで記憶している。
菅間 談志も、一回聞いた落語は忘れないって言っていました。
内田 談志もそうですか。そういう天才っているんですよね。僕が大瀧さんから教わったのは物事の関連性を探求することの大切さです。あらゆる出来事には「前段」がある。その前段にもそのさらに前段がある。それをどこまでも遡及してゆくことでその出来事の意味がわかる。「あれって、これじゃん」という気づきがある。
ですから、大瀧さんはオリジナル神話には批判的でした。オリジナルな楽曲なんてあり得ないから。どんな楽曲もどこかから素材を借りてきている。全部どこかから何かをパクってきてる。でも、音楽を作るというのはそういうことだから、それでいいんだって言うんです。「述べて作らず」なんですよ、まさに。
菅間 ここで内田さんの口癖、「述べて作らず」に通じるわけですか。大瀧さんは日本のロック界の孔子だったんですね!
内田 そうなんですよ。実際に大瀧さんは、挑戦的にあきらかにパクリの楽曲をいくつも作っています。『What I say 音頭』なんていうのがあるし、『コブラツイスト』はツイストの名曲を4小節ずつ切り出して、並べただけなんです(笑)アニメの『ちびまる子ちゃん』のテーマ曲「うれしい予感」はピクシーズ・スリーというアメリカのガールズグループの「Cold Colld winter」という曲そのままです。大瀧さんはあえて挑戦しているんです。これを「盗作」とか「パクリ」とかいう言葉で言って欲しくない、音楽を作るというのは「こういうこと」なんだ、と。完全にオリジナルな楽曲なんかこの世に存在しない。だから、自分たちの音楽的感受性を形成した「前段」には相応の敬意を払いなさい。私たちはゼロからものを作ったわけじゃない。「祖述」しているだけなんだ、と。
菅間 それも、全く内田さんと同じじゃないですか! 著作権フリーでいいよっていう。
内田 いや、同じなんじゃなくて、僕が大瀧師匠から学んだことなんです。僕は大瀧さんのラジオ番組、Go!Go!NiagraSpeech Balloonや山下達郎さんとの「新春放談」を録音した音源を、車の運転をしているは間ずっと聴き続けています。もう50年近くになりますから、僕が「その人の声を最も長時間聴いた人」は家族でも友だちでもなくて、大瀧さんなんです。それだけ聴いても大瀧さんの音楽史的知識の深さと広さには追いつかない。
菅間 そういう、凄まじく該博な知識があっての大瀧さんの傑出した音楽理論、「分母分子論」なんですね。
内田 まさにそういうことです。その分母の大きさが半端じゃない(笑)。
「無人島レコード」という企画があって、「無人島に1枚だけレコード持ってくんだったら何持ってきますか」というアンケートなんです。僕は、古今亭志ん生の落語のCDを持っていくって答えたんですけれど、大瀧さんは『レコード・リサーチ』っていうカタログを持っていくって言うんですよ。1962年から66年までの曲は完璧に記憶しているから、その頁を開くと脳内で音楽が鳴り出す。それを読んだ時にはちょっと寒気がしました(笑)。全ての曲を頭の中で鳴らせるんだ!って。すごいなぁと。
それから、大瀧さんは「ロックンロールは音質の悪いカーラジオで聴かなきゃダメ」って言ってて(笑)、福生の45スタジオに伺った時に、一度だけ大瀧さんのキャデラックに乗せて頂いたことがありました。その車の中で爆音でロックンロールを聞かせてもらった。忘れられない思い出です。こういう偉人を「師匠」と呼ばずして、何と言ったらいいのか。
(3月10日)