この原稿が掲載されるころにはすい臓がんの切除手術を受けた後でベッドの上にいるはずである。さいわい早期発見だったので、それほどおおごとにはならずに済み、年末退院で、来春からは全面的に社会復帰できるはずである(希望的観測)。
いつも年賀状の宛名書きをしている時期に入院しているので、今年に限り年賀状は欠礼させてもらうことにした。道場の大掃除はじめあれこれのイベントも「病み上がり」を口実にさぼることにする。もう先頭に立ってばたばたする年でもないということである。
病を得たことを奇貨として、本格的に「隠居」することにした。もちろん、これまでも還暦や古希を迎えるたびに「これからは隠居だ」と宣言していたのだけれど、誰も本気にしてくれない。次から次に用事を言いつけられ、「その日は空いていますか?」と訊かれると嘘も言えない。気がつけばスケジュールが仕事で一杯になっていた。
今回診断が確定してすぐに年内のスケジュールをすべてキャンセルした。「がんで闘病中」と言えば、「それでも来い」と言う人はさすがにいない。それに私が行かなくて特に困ったという話も聞かなかった。これは心強い。これからは大手を振って仕事を断ることにする。「その日は空いてますけれど、なんかその日は仕事をする気分ではないような気がします」と言ってもいいじゃないか。もう来年は後期高齢者なんだから。
私の主な仕事は執筆と武道の稽古である。さいわい道場が一階、書斎が二階という家に住んでいるので、階段を上り下りするだけで用事が済む。これまでも気がつくと家から一歩も出ないという日がよくあった。それなら隠居しているのとあまり変わらない。シンポジウムや対談はオンラインでお願いし、用事があるという人には家まで来てもらう。
そのうち「ウチダって、面倒な人だね」という風評が広まり、仕事を頼む人もしだいにいなくなり、フェイドアウトする。よし、これで行こう。
(2024-12-19 07:04)