総裁選中は現行の「健康保険証」と「マイナ保険証」について問われて、「併用も選択肢として当然ある」と答えていた石破茂氏だったが、政権が発足すると同時に、健康保険証を12月2日に廃止して、マイナンバーカードに原則一本化する政府方針を「堅持する」とアジェンダを覆した。
多くの人がこの食言を咎めている。
でも、よく考えると、間尺に合わない話である。自民党総裁選は「内輪のパーティ」の話であって、総裁になるためには別に「国民に受けるアジェンダ」を掲げる必要はなかったのである。ではなぜ一瞬だけ期待させておいて、また失望させるような「余計なこと」をしたのか。
健康保険証の廃止に対しては医療現場も利用者も反対している。早期導入を求めているのは霞が関と財界だけで、これを争点化すれば総選挙で票を減らすことはあっても増やすことはない。ご祝儀で支持率が高いうちに総選挙という知恵が働くなら、「健康保険証廃止は延期」にした方が得票は増えるくらいのことはわかるはずである。あえて国民の気分を逆なでするのはなぜか。
これは安倍政権以来三代の「成功体験」をふまえての政治判断だと私は思う。
安倍・菅・岸田三代の政治の特徴は「国民の要望には一切応じない」という点にあった。国民が無力感に蝕まれ、政治参加の意欲を失し、選挙で棄権し、結果的にコアな集票組織を持つ政権与党が選挙に勝ち続けるという「必勝パターン」を自民党は発見した。民意に応じると有権者はつけあがる。それよりも「お前たちは無力だ」と思い知らせる方が政権は安定する。
現行健康保険証の延長は国民の切なる願いである。それを踏みにじることで自民党は有権者の「期待」を失うが、代わりに有権者に「無力感」を与えることはできる。おそらく後者の方が政権延命には資する。そういう判断があったのだと思う。
私が知る限り、政治がここまで虚無的になったことはかつてない。
(2024-10-08 10:44)