『現代思想』が鷲田清一特集を組んだ。私も寄稿を依頼されたので、鷲田さんの哲学について気合を入れて書いた。
とまずタイトルを書いたが、「鷲田さん」と呼んだり、「鷲田先生」と呼んだり、「わっしー」と呼んだり、呼び方は一定しない。さすがに本人に向かって「わっしー」とは言わないけれども、共通の友人たちと話すときはたいてい愛情をこめて「わっしー」と呼んでいる。「わっしー、元気にしてるかな」「わっしーはまだ仙台まで通ってるのかな」とか。
鷲田さんと最初にお会いしたのは2007年11月30日のことである。新聞社の主宰で対談のテーマは「幼児化する日本社会」というものだった。企画書には「現代を代表する2人の思想家が『オトナのなり方』を処方する」と書いてあった。
企画者には申し訳ないけれど、「大人になるハウツー」のようなものがパッケージされた情報としてどこかにあって、それを学習すれば「大人になれる」というようなものではない。だから、企画的には空振りになったかも知れないけれど、「成熟と未熟」をめぐる対談自体はとても面白かった。これほど話が通じる人がこの世にいるとは思わなかったくらいに面白かった。
その時に鷲田さんから伺った話の中で一番印象に残っているのは「インターディペンデント(interdependent)」という言葉だった。
「集団生活ってインターディペンデント(相互依存的)にしかあり得ないんです。自立しているというのは決してインディペンデント(独立的)なのではない。インターディペンデントな仕組みをどう運用できるか、その作法を身につけることが本当の意味での自立なんじゃないかな。」(『大人のいない国』、プレジデント社、2008年、17頁)
この短い一節のうちに鷲田さんの哲学の「核」といってよいものが含まれていると私は思った。
相互依存の仕組みを運用することが「本当の意味での自立」なのだという命題に絡みつくように、ここで鷲田さんは「作法」と「身につける」という言葉を使っている。これが鷲田哲学の最も個性的な部分であり、そして私が最も深く共感するところである。
「作法」というのは何世代にもわたる経験知が集積してかたちづくられたものである。哲学用語ではない。でも、「作法」には哲学的な対義語がある。その語そのものは哲学用語ではないのだが、その対義語は哲学用語であると言うと不思議がる人がいるかも知れないけれど、世の中には時々そういうことがある。
鷲田哲学のかんどころはキーワードの多くが因習的な哲学用語ではないということである。でも、その非哲学的キーワードを手がかりにして、鷲田清一は伝統的な哲学体系に取り組み、解読し、読み替え、脱臼させる。その手際は鮮やかというしかない。
話を戻す。「作法」の対義語とは何かという話だった。「作法」の対義語は「原理」である。驚く人がいるかも知れないが、そうなのである。
原理を掲げる人はいついかなる場合も首尾一貫している。どのような問題も原理の名において一刀両断する。相手が強くても弱くても、論理的でも没論理的でも、精密でも粗雑でも、原理の人はそんなことを気にしない。「ゴルディアスの結び目」を剣で両断するアレクサンドロス大王のように問題を鮮やかに斬り捌く。爽快であるし、原理の人の言い分を聞いていると、ある種の全能感を覚えることもある。
鷲田さんの「作法」はその対極にある。それは「そのつどの当意即妙の対応」と「手際の精妙さ」をたいせつにするという点で、まったく原理主義的でない。でも、これに相当する哲学用語や、「作法」を重んじる哲学流派も、西欧の哲学史には存在しない。
「作法」は集合的な経験知によってかたちづくられる。「身につける」というそれに続く言葉から知れるように、作法は身体に深くに内面化する。内面化し、血肉化してはじめて使うことができる。
「身につける」というのは「叡智的に理解する」ということとは違う。だから「身についた知恵や技術」はうまく言葉にすることができない。「言葉にすることはできないのだが、動作としてはできる」のである。驚くことはない。私たちは幼児のときから、そういうプロセスを繰り返して身体の使い方を覚えてきたのだから。
私は長く合気道という武道を修業してきたが、武道に熟達するというのは動作が先で言葉が後である。稽古を重ねているうちに、ある日、自分の身体にそのような部位が存在することさえ知らなかった部位を感知し、それを操作している自分に気がつく。それは計画的に習得できるものではない。いつの間にか会得していたのである。自分が何をしているのか、うまく言葉で言うことができないが、それまでできなかった何かができるようになっている。修業とはそのことを繰り返しである。鷲田さんが言う「作法」もつくりは同じである。まず身体知として身につき、使うことができるようになる。
「インターディペンデントな仕組み」というのは、人間社会すべてのことである。広くは世界もそうだし、国家もそうだし、自分が属する組織もそうだし、家庭もそうである。そこでどう生きるか。そのときにまず必要なのは、「原理」や「当為」や「真理」や「歴史を貫く鉄の法則性」などではない。作法である。いつの間にか身についた知恵と技術である。
「原理」の類は、気の利いた人なら、一冊の書物を読んだだけで使いこなすことができる。でも、作法はそうはゆかない。長い歳月をかけて、さまざまな修羅場を踏んで、傷ついたり、傷つけられたり、屈辱感を味わったり、味合わせたり、救ったり、救われたりしてきた数多くの経験の成果として、段階的にしか身につけることができない。
作法を身につけるためには、必要なものが二つある。
一つは感度のよい身体である。「インターディペンデントな仕組み」のうちで適切な立ち位置を選び、適切なふるまいをするためには、「いつ、どこにいて、何をなすべきか」が直感的にわかる感度のよい身体を持つことが必須である。
いるべきでない時、いるべきではない場に立ち、してはいけないことをすると「危険を知らせるアラーム」が激しく鳴動する。いるべき時、いるべきところに立ち、なすべきことをなしているとその耳障りな「ノイズ」が消える。人間の身体はそのように構造化されている。単細胞生物でも、自分を捕食するものの接近は感知できる。人間にできないはずがない。どれほどかすかなものであれノイズを感知し、それが静まるような動線を探り当てることができるのが感度のよい身体である。
武道ではこれを「機を見る心」と言う。柳生宗矩の『兵法家伝書』にはこうある。
「一座の人の交りも、機を見る心、皆兵法也。機を見ざればあるまじき座に永く居て、故なきとがをかふゝり、人の機を見ずしてものを云ひ、口論をしいだして、身を果す事、皆機を見ると見ざるにかゝれり。」
人々との交わりの場に必要なのは「機を見る心」である。自分がいるべきでないところにいて、すべきではないことをなし、言うべきではないことを口にして、これまで多くの人が命を落とした。実際には、そういうことをしていると、「今ではない」「そこではない」「それではない」という危険信号が激しく鳴動していたはずなのである。でも、それを聴き取れなかった人、聴いたけれども耳を塞いだ人が死活的なトラブルに巻き込まれる。武芸者はそのような無用の災厄を避けなければならない。場が自分を呼んでいる時に、呼ばれている場に赴き、鷲田さんの好きな表現を借りれば「一差し舞う」。それだけに徹する。
作法の会得に必要なもう一つのものは精度の高い文体である。感度のよい身体が感知するのは「言葉にならないもの」である。先ほどの例を繰り返せば、アラームの音量の増減のようなものである。その経験はデジタルな記号体系のうちにはうまく収めることができない。認知し、理解し、分類し、所有するという他動詞的なふるまいにはなじまない。身体の経験はアナログな連続性のままに、その瑞々しさ、生々しさを損なわないように、そっと言葉に置き換えなければならない。その精密な作業のためには、柔らかく、しなやかで、多孔的で、温かい文体がどうしても必要になる。私はそれを「精度の高い文体」と呼ぶ。
鷲田さんは感度のよい身体を持って生まれてきた。それは『悲鳴をあげる身体』、『「聴く」ことの力』、『皮膚へ 傷つきやすさについて』、『「弱さ」のちから』、『京都の平熱』、『素手のふるまい』、『二枚腰のすすめ』といった著作のタイトルに皮膚の経験が繰り返し用いられていることからも知れるはずである。鷲田さんは「皮膚で哲学する」人なのである。
皮膚感度のよさ、これはおそらく鷲田さんにとって天性のものである。でも、その皮膚での経験を精密に叙するためには、精度の高い文体が必要だ。そして、こちらは手作りしなければならない。その困難で、独創的な仕事を鷲田さんはみごとにやり遂げたと私は思う。
感度のよい身体と、精度の高い文体の二つを武器にして、鷲田さんは自分の哲学を創り上げた。これはほんとうに独創的な仕事だったと思う。ただし、これは鷲田さんだけのものであって、余人が模倣することを許さない。だから、これからあと「鷲田派」や「鷲田主義者」が哲学史の上に登場することは決してないはずである。鷲田さんの哲学は鷲田清一というただ一個の存在によって奇跡的に一回的に現れたものであり、後世の読者たちはその光芒をたどることで満足しなければならない。
(2023-05-03 09:01)