葛藤する共産党

2023-02-15 mercredi

 私の友人に松竹伸幸さんという方がいる。経済学者の石川康宏さんと私の共著『若者よマルクスを読もう』というシリーズの企画を立てて、15年にわたって忍耐強く著者二人を励ましてくれた辣腕の編集者である。学生時代は代々木系全学連の委員長をしていて、共産党中央委員会では安保外交部長を務めた古参の党員である。彼が日本共産党の党代表は公選制にすべきだという提案をして、「分派」活動として党から除名処分を受けたことが波紋を読んでいる。
 松竹さんとは長い付き合いである。信頼できる人だということはよく知っている。その彼が共産党の党勢回復のために提言をしたいというので、微力ながら私も力添えをしようと思って、彼の本『シン・日本共産党宣言』(文春新書)の帯文を書いた。『希望の共産党』(あけび書房)には共産党に期待することを書いた。
 私は地元の共産党の議員たちと親しいし、地方選でも国政選挙でも、頼まれれば応援に駆けつけている。市民の「反共アレルギー」が解消されて、共産党の党勢が伸びることを望む点では人後に落ちないと思う。
 でも、もう「民主集中制」の時代ではないとも思う。ボリシェヴィキが革命闘争の渦中にあった時、党組織には「軍事的規律」が必要であるとしたレーニンの状況判断は間違っていない。しかし、その後、党内の分派活動が禁止され、スターリンが反対する党員を粛清し、指導部に対する批判をいっさい許さない組織になったことがソ連共産党の知的倫理的退廃をもたらしたことは動かし難い歴史的事実である。
 いまの日本は革命や内戦の渦中にはないし、治安維持法も特高も憲兵隊も存在しない。組織防衛のために上意下達の一枚岩組織を堅持しなければならないほど抑圧的な環境にはないと私は考えている。
 もちろんこの評価に異を唱える人はいると思う。公安調査庁が共産党を破防法の対象として監視している以上、また自民党が反共カルトと癒着している現状を踏まえれば、戦前戦中と変わらない高度の組織防衛への配慮が必要だという論にも説得力はある。
 それでも私は日本共産党にはまず「市民的成熟」を期待したいのである。
 人間でも、組織でも、成熟は葛藤のうちに身を持すことによって達成される。だから、共産党が「葛藤に苦しむ」ことを私は望む。そのような政治組織が今の日本には存在しないからである。
 自民党は思想的にはほとんど無内容な政党だが(だから、統一教会の綱領や日本会議の綱領を丸呑みしても体を壊さない)、「政権にしがみつくためには何でもやる」という点では全党員がみごとに意思一致している。公明党は一枚岩のつるりとした政党で、内部での密かな権力闘争はあるだろうが、思想的葛藤はない。立憲民主党以下の野党は党員たちが過去20年間いつどの党籍であったのかの「系譜図」を政治部の記者でさえすぐには思い出せないほどに離合集散を繰り返してきた。意見が違うとすぐに「党を割る」ことに心理的抵抗を感じない人たちに「葛藤を通じての政治的成熟」は期し難い。
 その中にあって唯一の例外が日本共産党である。綱領的立場を一貫させ、「老舗の看板をおろすわけにはゆかない」政党でありながら、ウイングを広げて、多くの市民の支持を獲得することもめざしている。これは矛盾する要請である。それに応えるためには、複雑で、多様で、深みのある成熟した政治組織にならなければならない。そして、そのためにはどこかで「一枚岩」であることを断念する必要がある。私は共産党がこの期待に応えてくれることを信じている。
(週刊金曜日 2月8日)