ロシアとウクライナについてのインタビュー

2022-04-05 mardi

3月31日にあるネットメディアのインタビューを受けた。それが公開された。そのロングヴァージョンを上げておく。

― ロシアとウクライナはどういうところで決着がつくと思いますか?

内田 想像もつかないですね。プーチンは本当に核兵器を使うかも知れないし。そうなると、先行き不明です。

― すごく泥沼化しますかね。

内田 泥沼化するとロシアに不利です。すでにロシアの統治機構はかなり危険な状態になっていると思います。このウクライナ制圧作戦はたぶん2日ぐらいで終わるはずの電撃作戦だったと思うんですが、それがここまで長引いている。それは、ロシアの情報収集力、分析力がかなり劣化しているということだし、おそらく兵力自体も世界が思っていたよりもかなり弱体化していた。
 どうやらウクライナ侵攻前に、プーチンにプランB、プランCや「出口戦略」を提言する人が周りにまったくいなかったらしい。独裁者の周りにはイエスマンばかりというのは統治機構として末期的な風景です。スターリンの末期もそうでした。独裁者が長期にわたって政権の座にいると、必ずがそうなる。独裁者の判断ミスを指摘したり、独裁者が見落とした情報を教えたりする人が左遷されたり、粛清されたりするので、復元力が失われる。

― プーチンはヒトラー的な最期を迎える可能性はあるでしょうか?

内田 ヒトラーの場合はベルリンが陥落してから自殺したわけで、まさかモスクワが軍事的に陥落するような事態は想像できませんから、「ヒトラー的な最期」はないと思います。あるとしたら、プーチンが「忠臣」たちに迫られて、詰め腹を切らされるというシナリオでしょう。もうプーチンには王座から下りてもらおうと思っている人はロシアの指導層内部にもかなりいると思います。このままウクライナが泥沼化すると、かつてアフガニスタンに介入したことがソ連崩壊の引き金になったように、ロシアにとって亡国的な危機を招くリスクがあります。すでに国際社会での信用は致命的に失われたし、経済制裁でロシア経済はガタガタになっている。ロシアに残されたカードは核兵器と拒否権の二つだけなんです。
 スターリンの時代はまがりなりにもソ連には「国際共産主義運動のリーダー」という大義名分がありました。世界各国に「スターリン主義者」がいて、自国の国益よりもソ連の国益を配慮して国内世論を誘導していた。でも、いま世界のどこにも「プーチン主義者」はいない。ロシアと利権でつながっている政治勢力は各国にありますけれど、そういう人たちだって利己的な動機からロシアを支持しているわけで、ロシアの行動に世界史的な大義があると思っているわけじゃない。日本国内のメディアでロシアの肩を持つ人たちにしても、せいぜい「ロシアは悪くない。NATOが当方に進出したのが悪い。正当防衛だ」と訴えるくらいで、ロシアが自国益を超えて、世界の人々が共有する「上位価値」のために戦っていると公言する人はさすがにいない。
 しかし、戦争において「悪いのはウクライナで、ロシアが正しい」と声高に主張する支援者が国際社会に見出せないということはかなり致命的なことだと思います。国際社会におけるプレゼンスというのは軍事力や経済力だけでは決まりません。思想的指南力とか道徳的な高潔が国際社会における地位にはおおきくかかわってきます。大義名分のない、自国益だけのための戦争を仕掛けたことでロシアの地位はいま劇的に低下した。もう歯止めがきかない。
 ですから、ロシアの指導層の一部がロシアの国際的地位を守るために、プーチンを抑えて、とりあえず停戦して、大きく損なわれたロシアの威信を取り返そうとするということは起こり得ると思います。問題はプーチンに代わる人がいるかどうかです。プーチンを「刺す」人間がいたとしたら、それはいまプーチンの腹心の部下である人でしょうね。

― 光秀みたいなのがいるわけですね。

内田 公然たる政敵やライバルはとっくに追い出されたり粛清されたりしていますから、政権の「ナンバー2」とか「ナンバー3」とか言われている腹心の忠臣たちがいまひそかに集まって「プーチンをこのままにしておけないよな」というような話をしているんじゃないでしょうか。

― プーチン失脚は合法なものでしょうか?

内田 わかりません。朴正熙みたいに暗殺されるかもしれないし、「急病になって公務ができなくなりました」みたいな作り話で取りつくろうかも知れません。ここでプーチンに代わる人が出てきて、即時停戦を申し出て、クリミアやドンバスについても「引き続き協議してもいい」という宥和的な態度に出てきたら、NATOはこの代表者に「花を持たせて」、ロシア国内をまとめてもらおうとするかも知れません。ロシアの足元を見て、強気に出て、ロシアに屈辱的な条件を突きつけたら、また違う機会にそれが次の戦争の火種になるかも知れませんから。
 ですから、今ならプーチンさえ退陣させてくれたら、それ以上ロシアを追い込まない。経済封鎖も解除していい。それくらいの約束はするんじゃないですか。ウクライナも領土的な譲歩はできないでしょうけれど、「話し合いを継続する」くらいの玉虫色の合意なら手を打つかも知れない。それが、ウクライナ国民にとってもロシア国民にとっても、とりあえず一番「まし」なソリューションでしょうから。

― その最悪のシナリオ、核兵器を使う形になったら、どうなると思いますか?

内田 わかりませんね。いくらプーチンでも「オレが死ぬときは全人類を道連れだ」というところまでは狂ってないと思います。キエフに原爆を落とすようなことはしないでしょう。

― でもそれをやったら、第二次大戦のアメリカ以来ですが。

内田 ロシアが核を使ったら、NATOも核を使う。そして、世界中でたくさんの人が死ぬ。そういうことになったら、ロシアは仮に生き残ったとしても、世界的に孤立して、国際社会から隔離された「鎖国状態」に追い込まれ、もう二度と国際社会において名誉ある地位を占めることはできないでしょう。

― 最悪のシナリオもあるのでしょうかね? 核戦争という。

内田 たぶんないと思います。プーチンが核攻撃を命令した時に、軍のトップだって簡単にはその命令に従わないと思います。ニクソン大統領が政権末期にかなり精神的に危なくなった時、国防長官が「ニクソンから核攻撃の命令があっても、すぐに実行しないで、まずオレのところに報告しろ」と言ったそうです。それと同じで、プーチンが核攻撃命令を出すことが「クーデタ」のきっかけになるかも知れません。
 ある程度合理的に思考できる軍人なら、ここでロシアが核の先制攻撃をしたら、もうロシアは終わりだということはわかると思うんです。こうなったら、プーチンを引きずりおろしてでも「ロシアを守るべきだ」という判断を下す可能性はある。いくらなんでも核攻撃をプーチンが命じた時に抵抗せずに実行した人間として人類史に汚名を残したくないでしょう。
 だから、核攻撃は「ブラフ」としては使うけれど、本当に攻撃命令を出したら、それが失権のきっかけになるかもしれないというくらいのリスクはプーチンも勘定に入れていると思います。プーチンに従って共に滅びるか、プーチンに逆らってロシアを救うか。そんな「踏み絵」をうかつに軍人たちに踏ませるとおのれ自身の命取りになりかねないということくらいはプーチンだってわかっている。ですから、核攻撃命令はたぶん出さないというのが僕の希望的観測です。

― 出したとしても部下が忠実でない可能性があると?

内田 核戦争を始めるというのは、ロシアを滅ぼすということですからね。どれほどプーチンにおもねって出世してきたイエスマンたちでも要は「わが身可愛さ」でそうしてきたわけですから、自分自身も滅びるという選択をしてまでプーチンに忠義を立てる義理はないでしょう。

― そこでブレーキが効くというか、プーチンが核を指示した時、それが失脚に繋がるという可能性もあるという。

内田 もしロシアの指導部がプーチンの命令に唯々諾々と従って、世界を核戦争を引きずり込むようなことであれば、彼らはもう「イエスマン」でさえなく、思考停止に陥っているということです。それはロシアの統治機構が骨の髄まで腐っていたということを意味します。さすがにそこまで腐っていたら、すでに国の体裁をなしていないでしょう。ですから、統治機構の要路には今でもイエスマン以外に「そこそこ賢い人」は冷や飯を食わせられながらも「仕事ができるから」という理由で配備されているはずです。彼らがもし「プーチンへの忠誠」より「ロシアへの愛国心」の方を優先させるとしたら、彼らが流れを変える可能性はあると思います。
 このあとプーチンがもう少し政権にとどまるためには、撤兵はするけれど、国内的には「勝利した」というプロパガンダで押し通すしかありません。国際的な体面は保てないが、国民は騙せるという成算があれば、プーチンが兵を退く可能性はある。
 大日本帝国の末期とよく似てます。もう負けることはわかっているが、何とか国内的に面子が立つような負け方をしたい。どこかでアメリカに一矢報いて、恰好をつけてから停戦交渉に入ろうとして、ミッドウェイから原爆を落とされるまでずるずると戦い続けて、結果的に傷を深くしました。プーチンの場合でも、いずれは国内向けプロパガンダの効果が切れて、国民が「勝利した」という嘘を信じてくれなくなる日が来る。それまでに、局地戦で「面子が立つ」ような勝利を収める必要がある。その局地的勝利が確保できないと、ずるずると戦争を続けるしかない。

― 確かに「止める」とは言えないですね。そしたら、負けたことになってしまうので。メンツ丸つぶれですからね。

内田 今もロシア政府は国内向けには「ずっと勝ち続けている」と言っています。キエフからは撤兵していますが、それはキエフ周辺での軍事目的は完遂したので、次は戦略的により重要な東部地区に兵力を移動しているという話にしてある。帝国陸軍が「退却」を「転進」と言い換えたのと同じです。その嘘を信じているロシア国民もまだ沢山いるはずですから、どこかで「これで面子が立つ」というだけの戦果を得れば、できるだけ早く停戦協定に応じようとするでしょう。
 その辺はゼレンスキ―も分かっていると思います。ロシアの「面子が立つ」程度の「おみやげ」を与えた場合にウクライナ失うものと、ロシア撤兵によってウクライナが得るものを天秤にかけて、戦況を見ていると思います。
 それにいくらプーチンが「面子が立つまでだらだら続けるぞ」と決意していても、ロシア軍に通常兵器だけで戦争をこれ以上続けるだけの体力が果たしてあるのかという問題があります。士気が低く、軍装も貧しく、軍紀も弛緩しているし、兵站も脆弱であることが暴露されてしまいましたから。
 ソ連解体の時のソ連軍の腐敗を描いた『ロード・オブ・ウォー』という映画がありました。ニコラス・ケイジがウクライナ人の武器商人を演じているんですけれども、ソ連解体の時に、当時の将官たちが兵器庫にある武器を武器商人に横流しをするというエピソードがかなり嫌味に描かれていました。戦車も武装ヘリも地対空ミサイルも、どんどん武器商人に売り払って私腹を肥やす。その旧ソ連の武器がその後世界中の紛争地やテロで使われた。あれに類することは現実にあったんだろうと思います。
 だから、今もロシアは兵站がうまく行っていないと言われていますけれど、単に輸送が停滞しているというだけじゃなくて、弾薬庫にあるはずの弾薬がないとか、格納庫にあるはずのヘリコプターがないとか、厨房にあるはずの糧食がないとか、そういうレベルでのロジスティックスの破綻が実は起きているんじゃないでしょうか。今シベリアの方から兵を呼び寄せたり、シリアから義勇兵を呼んだりしてますけれど、それだけ兵力が手薄だということですから。

― 第二次大戦の日本みたいに、国家総動員とかするでしょうか?

内田 4月に入ると徴兵を始めるようですけれど、数週間ぐらいの訓練でいきなりウクライナ戦線に送り出すというのは無理じゃないですか。今は兵器テクノロジーが進化していますから、練度の低い兵隊を戦場に送り込むのは虐殺されに行くようなものですから。

― より未熟な兵が行くだけですからね。

内田 ロシア兵の死者が増えると、国内でも厭戦気分、反戦感情も醸成される。だから、ウクライナの泥沼化はプーチンも避けたい。でも、面子が立つまでは戦争を止められない。プーチンもそのジレンマに苦しんでると思います。
 誰が調停役を引き受けられるかはわかりません。トルコとかが仲介すれば、ある程度プーチンの顔を立てる落としどころを探るでしょうけれども、アメリカは別に仲介役の国を懸命に探しているようには見えません。だって、プーチンが失脚した後、中央政府のハードパワーが失われて、国内が混乱して、群雄が割拠する内戦状態になって、ロシアが2流国、3流国に落ちぶれてゆく...というのがアメリカにとってはベストの展開だからです。本音を言えば、アメリカはウクライナにはもっと戦争を続けて欲しいと思っているはずです。ウクライナという「やすり」を使ってロシアの国力をがりがりと削ってゆきたいと思っている。たぶんアメリカ政府はウクライナ国民の命のことなんかあまり配慮してないと思いますよ。

― エゲツナイ話ですね。

内田 もちろんアメリカ国民の中には個人的心情として「ウクライナかわいそう」と思っている人もたくさんいるでしょうけれど、アメリカ政府は国益最優先ですから、むしろウクライナの戦争があと二三か月続いて泥沼化して、ロシアがぼろぼろになるのを待ちたいんじゃないでしょうか。ここで早期停戦してしまうと、条件によってはプーチンが国内向けに「勝利宣言」をして、政権にとどまることになりますから。
 アメリカとしてはプーチンに「勝った」とは絶対に言わせたくない。ロシア国民の目にも明らかな「敗戦」に追い込みたい。そのためには戦争が続いて、ロシアの人的損耗が増え続け、ロシアの国際社会における地位が果てしなく低下することが望ましい。

― あと2、3ヶ月で終わるのでしょうか?

内田 わかりません。プーチンはジレンマに追い込まれていて、ほんとうに切れるカードが手詰まりになっていますから。だから、核兵器を使って人類滅亡するというシナリオだってあり得るんです。

― 人類滅亡するんでしょうか?

内田 わかりません。でも、核兵器や生物兵器・化学兵器を使った時点でプーチンはもう負けです。それはロシア軍は通常兵器ではもう勝てないということを国内外に認めることですから。「ロシア軍は弱い」ということが周知されると、このあともう隣国に対しても強権的な外交ができなくなる。だから電撃作戦で開戦二日でキエフを占領して、傀儡政権を立てるというシナリオが破綻した時点で、もうプーチンは負けていたんです。
 仮にウクライナが早期停戦を求めて、領土問題で妥協しても、それはロシアの実効支配を追認しただけで、ロシアがこの戦争で新たに得たものは実質的にはゼロです。そのみすぼらしい戦果と引き換えにロシアが失ったものはあまりに多い。兵員兵器の損耗だけでなく、国際社会における威信を失い、経済制裁で市民生活も深い傷を負った。SNSも使えないし、Googleも使えないし、スタバもマクドナルドもない文化的後進国になってしまった。「ずいぶん間尺に合わない戦争をした」と市民は思うんじゃないですか。
 長いタイムスパンで見ると、ロシアはこれから「滅びの道」を歩むことになります。これは確実です。ウクライナ侵攻の電撃作戦が失敗した時点で、もうそれ以外の選択肢はなくなりました。
 ロシアはこれまで天然資源を売って外貨を稼いできましたけれど、ヨーロッパ諸国は今後ロシアと取引しない方向に動いています。海外からの投資も止まりました。国債の格付けはデフォルト寸前まで下落した。一方のウクライナは西側諸国から手厚い支援が期待される。ロシアは中国が支援するでしょうけど、長期的に見ると、ウクライナの方がロシアより「豊かな国」、場合によってはロシアより「強い国」になる可能性がある。

― 終わったあとロシアで劇的なことが起きそうですね。

内田 アメリカもそうでしたけれど、軍事力の優位を頼って他国に干渉した国は結果的には国際社会からの信頼を失い、ゆっくり国力が衰微してゆくんです。

― そういうところで戦争へのブレーキがかかるようにしないと。

内田 そうです。自称「リアリスト」たちは、軍事力や財政力のような「なまの力」が大きい方が非力な国をいいように支配し統制できると思っているようですけれど、それは違います。それとは違うレベルで国際社会のモラルサポートを獲得できるだけの「大義名分」が必要なんです。剥き出しの「自国益追求」だけのための戦争をする国は支援者を国際社会の中に見出すことができない。逆に、弱小な国でも道徳的なインテグリティがあれば、長期的には「なまの力」の強い国を圧倒することができる。それは先の大戦でも、ベトナム戦争でも、アフガン戦争でも、われわれは学習したんじゃないですか。大義のない戦争を始めると国を亡ぼすことになる。その教訓をロシアの没落という事実を通じて国際社会はいま学びつつあると思います