街場の平成論のまえがき

2019-03-16 samedi

「街場の平成論」(晶文社)がもうすぐ書店に並ぶ。
私が編著で、寄稿してくださったのは小田嶋隆、釈徹宗、白井聡、仲野徹、平川克美、平田オリザ、ブレイディみかこ、鷲田清一という方々である。
 「平成を回顧する」という趣向の原稿は私自身ずいぶんあちこちに書いた。そういうタイトルの書物もこれからいくつか出されるだろうと思う。他の方々はどんなふうにこの30年を総括するのかとても興味がある。
 予告編として「まえがき」を掲載しておく。

 みなさんこんにちは、内田樹です。
 本書は平成の30年間を回顧する論集です。どういう趣旨の書物であるかを明らかにするために、寄稿者たちに執筆依頼した文章をまず掲げることにします。

 みなさんこんにちは、内田樹です。
 この出だしを見て「おお、また『あれ』か・・・」と身構えた皆さん、勘いいですね。ご賢察の通りです。内田を編者にしたアンソロジーの企画をまたまた晶文社の安藤聡さんが立案しました。今回のテーマは「平成を総括する」です。これはみなさんにご寄稿をお願いするメールであります。

 この30年ずいぶんたくさんの事件があり、世界の表情はずいぶん変わりました。
 30年前、平成が始まった年、1989年のことをみなさんは覚えておいでですか。
 89年というのは、北京で天安門が起き、ポーランドで「連帯」が圧勝し、鄧小平から江沢民への世代交代があり、ドイツのホーネッカーが失脚し、ソニーがコロンビア映画を買収し、三菱地所がロックフェラーセンターを買収し、ベルリンの壁が崩れ、ルーマニアのチャウシェスクが失脚し、日経平均株価が史上最高値を記録した年でした。それに加えて、わが国では昭和天皇の崩御と、今上天皇の即位があったのです。ちなみに首相は竹下登、宇野宗佑、海部俊樹と一年間で三人を数えました。
こう列挙してみただけで、それからの30年で世の中の「空気」がずいぶん変わってしまったことに気づくはずです。
 僕たちは出来事が起きた後に回顧的に過去を振り返りますので、1989年から2018年まで、すべての出来事は因果関係に従って経時的に継起してきたと考えがちです。
 でも、ほんとうにそうでしょうか。ちょっとだけ、時計を30年戻して、1989年を思い出して下さい。みなさんはその時に「これから世界はどうなるだろう」と予測していましたか? 30年後の世界が「こんなふう」になっていると想像していましたか?
 想像していなかったと思います。
 あの年に、30年後にはロシアの市民たちがプーチンのような強権的な支配者を歓呼の声で迎え、習近平が軍事的・経済的成功を背景に毛沢東以来の個人崇拝体制を再構築し、アメリカがドナルド・トランプのような知性と倫理性にともに問題をかかえた人物を大統領に戴くことになると想像できた人なんて、ほとんどいなかっただろうと僕は思います。
 少なくとも、僕はまったく想像していませんでした。
 僕は東欧の市民革命はさらに進行するだろうと思っていました。ロシアは覇権国家としての行き方を放棄し、二度とかつての国威を回復することはないだろう。中国政府はいずれしぶしぶとではあれ民主化に譲歩して、市民社会の成熟と歩調を合わせるようにして近代化を遂げるだろう。そして、日本についてはこう考えていました。
 日本はさらに金持ちになるだろう。世界中の土地や権益を買い漁り、札びらで相手の頬を叩くようなしかたで世界各地に事実上の「植民地」を手に入れるだろう。宗主国アメリカには欲しがるだけの「小遣い」を渡してうるさい口出しを封じ、そうすることで「国家主権を金で買い戻す」という世界史上どんな国も果たし得なかった偉業を成し遂げるだろう。その成功体験は日本人すべてが自信たっぷりの厭味な拝金主義者になるという重篤な副作用をもたらすだろう。
 漠然とそんな未来を僕は予期していました。きちんと書き留めておいたわけではないので、いくらかは「後知恵」も含まれていますが、それでも「社会主義圏に強権政治が復活することはもうないだろう」、「これからは軍事力の多寡ではなくて、提示できるグローバルなヴィジョンの良否が国際関係でのイニシアティヴを決するだろう」、「日本は世界一の金持ち国になるだろう」ということについてはかなりの確信を抱いていました。
 でも、この予測はことごとく外れました。
 もちろん89年時点でも、30年後に世界がこんなふうになる「芽」のようなものはあったはずです。あったからこそ「こんなこと」になったわけですから。でも、それはほんとうに「芽」のようなものに過ぎなかった。それ以外にもっと将来性のある「芽」がたくさんあって、すでに枝葉を茂らせていて、あと少しで花を咲かせようとしていた。
 でも、30年経ってみたら、期待されていたような花は咲かず、まさかと思われた「芽」ばかりがすくすく育って、「こんなふうになるとは思わなかった」世界が現実のものとなった。
 どうして「起きてもいいこと」が現実にならず、「起きるはずがなかったこと」の方が現実になったのか?
 歴史家はふつう「起きなかったこと」については「それはなぜ起きなかったのか?」というような問いは立てません。でも、「起きてもいいことが起きなかったのはなぜか?」というのは世界の成り立ちと人間の行動を根源的に考察するときに有効な問いのひとつだと僕は思っています。

 今回はみなさんには平成の30年間の総括をお願いします。どんなトピックをどんな切り口で論じて頂いても結構です。
 でも、執筆者のみなさんに僕から一つだけお願いしたいことがあります。
 それは今から30年前、1989年時点に想像的に立ち戻って、まだ「未来が霧の中」だった時に、みなさんが感じていた期待や不安やときめきを思い出してほしいということです。その時点で望見していた30年後の世界と、現実の世界を並べて、少しだけの間その二つを見比べて欲しいということです。書き始める前の「儀式」として、一度だけやってみてください。僕からはそれだけです。
 どうぞよろしくお願い致します。

2018年8月1日
内田樹

 というのが、僕から寄稿者たちへの依頼の文章でした。
 今回集まった原稿を通読してみましたら、果たして全員が「1989年時点で、まだ未来が霧の中だった時点に想像的に立ち戻る」という「儀式」を済ませてから書き始めてくださっていました(そう思います)。そして、全員が「30年前にはまさかこんなことになるとは思わなかった」という感懐を抱いていたように思われました。
 まえがきとして、ここでは「どうして僕たちの未来予測はこんなに劇的にはずれてしまったのか」について考えてみたいと思います。

 本書の寄稿者の中では仲野徹先生が「予測不能性」を主題にして書かれていました。その中で1960年に当時の科学技術庁が21世紀の科学的達成を予測した書物に言及されています。予測のうち当たったのはわずか2~3割だったそうです。
 医学分野では、感染症は根絶され、人工臓器が開発され、臓器移植は実現されず、ストレスフルなライフスタイルのせいで胃潰瘍(!)が代表的な消化器疾患になっていると予測されていましたが、現実には、根絶された感染症は天然痘だけでしたし、人工臓器開発は進まず、逆に臓器移植は長足の進歩を遂げ、胃潰瘍は特効薬が開発されて、重篤な病気ではなくなりました。
 自然科学はそれまでの達成の上に新しいものが付け加わるという直線的な開明と高度化のプロセスをたどります。世界の仕組みは科学の進歩によって間違いなくより明らかになってゆきます。「科学技術が次第に退化する」とか「重要な科学的発見がどんどん忘れられてゆく」というようなことは自然科学の分野では起こりません。それでも予測は困難なのです。ましてや、政治や経済においておや。
 というのは、政治経済領域では、政治家やビジネスマンの資質が劣化するとか、歴史的教訓が忘れられるとか、深遠な知見が打ち捨てられるとかいうことはまさに日常茶飯事だからです。開明化・高度化した場合に何が起きるかを予測しなければいけないだけではなく、迷蒙化・暗黒化したり、あらぬ彼方へ逸脱したりした場合も勘定に入れて僕たちは未来を予測しなければならない。当たるはずがありません。
 でも、外れる予測をそれでも繰り返し立てることはたいせつな仕事だと僕は思います。それは「どうして起きてもよい『あのこと』は起きなかったのか?」という問いと「どうして起きなくてもよかった『このこと』は起きてしまったのか?」という問いを組み合わせることで、僕たちの生きるこの世界はより一層複雑なものに見えてくるからです。
 ただでさえ複雑な世の中をよけい複雑にしてどうするんだと苛つく方もおられるかも知れません。でも、複雑なものを複雑なまま扱うというのも重要な知性の働きです。その作業を遂行するためにはタフな知力が要ります。
 「タフ」というのは、質はともかく丈夫であるということです。いろいろなものを詰め込める。いろいろなものを詰め込んでも壊れない頭のことです。複雑なものを複雑なまま扱うためには「よい頭」というよりはむしろ「丈夫な頭」が要るのです。

 頭のいい人は複雑なものを複雑なまま扱うことをしません。複雑な話を単純化する手際にこそ「頭のよさ」が鮮やかに示されると彼らは信じているからです。実際、頭がいいとそういうことができるのです。ややこしい話を切れ味よくすぱっと切り分けて、われわれを「なんだ、こんなに簡単な話だったのか」と得心させてくれる。読者としては知的負荷が一気に軽減するので、こんなにありがたいことはありません。ですからつい、そういう切れ味のよい仮説に飛びついてしまう。
 でも、申し訳ないけれど、「切れ味のよい仮説」の賞味期限は人々が期待するほど長くはありません。すぐにその仮説ではうまく説明できない事象が出来する。そのときに「あ、自分の仮説は間違っていた」とさくっと自説を撤回しださるといいんですけれど、なかなかそうはなりません。というのは、「頭のいい人」の頭の良さは「複雑な話を単純化する」ことと同じく「自分の間違いを間違っていなかったかのように取り繕う」手際において際立つからです。これは長く生きて来た僕が確信を込めて断言することができることの一つです。ほんとうにたいしたものです。思わず拍手したくなることさえあります。
 でも、そうやってご自身の知的体面は保ったとしても、それは集団的な知性の働きには資するところがありません。資するところがないどころか、むしろ有害です。
 うまく説明できなことは「うまく説明できないこと」として、そのままパブリックドメインに公開しておいて、誰か説明できる人の出現を待つというのが知性のほんらいのマナーではないかと僕は思っています。自分には説明できないことでも、誰か別の人や、未来の人なら説明してくれるかも知れない。ですから、その人たちが仕事をしやすいようにしておく。「この問題は解決できませんでした」、「この事象は説明できませんでした」、「こんな出来事が起きるとは予測もできませんでした」というわれわれの知性の不調についてのタグをわかりやすく、見やすいところに付けておく。
 世の中には「これ一冊読めば目から鱗が落ちて、世界のすべてのことが理解できる」という触れ込みで書かれる本もありますし、本書のように、知性の不調についての点検報告書のような本もある。
 でも、そういう作業は絶対に必要だと僕は思います。みなさんだって、自分の車を仕業点検するときには、「ブレーキの効きが悪い」とか「エンジンから異音がする」ということの方を「オーディオの音質がすばらしい」とか「シートの革の艶がみごと」ということよりも優先的に配慮しますでしょ。不調を放置しておくと命にかかわるから。こういう問題だって同じです。
 というわけで、僕がこの本の寄稿者に選んだのは「頭のいい人たち」というよりは「頭の丈夫な人」たちでした(こんなことを書くと怒られそうですけれど)。寄稿者リストを作ったときにはそんなことを考えて選考したわけではないのですけれど、集まった原稿を読んだら、そういう印象を受けました。みなさんも最後まで読んで頂ければわかりますけれど、読み終えて「なるほど、そういうことだったのか。なんだ世の中というのは思いのほか簡単なものだったのだな」と膝を打つということは絶対にありません。それは保証します。寄稿者のみなさんは、書きながらどんどん話を複雑にして、収拾のつかない難問のうちにどんどん踏み込んでいって、途中で「紙数が尽きた」で読者を放り出して終わり・・・という感じです(わりと)。
 読者サービスという点ではいささか問題がありそうですけれども、でも、「読んですっきりする」ということと「読んでどきどきする」というのはレベルの違う経験なんです。
 複雑な世界をその複雑さ込みで高い解像度で記述するというのは、なかなかたいした仕事なんです。ほんとうに。そういうものを読むことはある種の高揚感をもたらします。それは、複雑に見える世界が実はとても単純なものだったという「心安らぐお話」を聴かされてほっとするときの安堵感とは異質のものなのです。
 本書がそういう種類の高揚感をもたらすものであることを編者としてはつよく願っています。
 最後になりましたが、お忙しい中、面倒な仕事をお引き受けくださった寄稿者の皆さんのご協力と、編集の労をとってくださった晶文社の安藤聡さんの忍耐と雅量に深く感謝申し上げます。