Japan Times から

2016-02-01 lundi

元駐日英国大使、コルタッチ氏が安倍政権の改憲志向に対してきびしい批判の言葉を向けている。これがたぶん世界の「常識」なのだと私は思う。

安倍の優先順位間違い。ヒュー・コルタッチ

安倍首相は日本をもういちど「普通の国」にしたいと繰り返し発言している。しかし、海外の日本観察者たちは別に日本を異常な国だとは見なしていない。すべての国は固有の歴史と伝統を持っており、過去に起きたことを抹消することも改変することもできないのである。

これまでも多くの指導者たちが歴史を書き換えようと企てて来た。しかし、その歴史的事実の解釈は、ひとにぎりの追随者たちを生み出すことはできても、長期的には失敗を宿命づけられた。擁護者たちがどう言い繕おうと、ヨセフ・スターリンや毛沢東のような邪悪な専制者の犯した罪は記録から抹消することはできないのである。

英国の奴隷貿易への関与はわが国の歴史の汚点である。後世の英国人が貿易を停止しようと努力したことは汚れをいくぶんかは落としたが、汚れを完全に消すことはできなかった。

日本を「普通の国」にするために安倍は戦後できた憲法を改定することが必要だと考えている。彼が九条の改訂だけで満足するつもりなのか、それとも他の条項、例えば天皇の地位についての変更まで試みるつもりなのかは、まだわからない。いずれにせよ「平和」憲法の改定は論争の的となるであろう。とりわけ時代遅れの神話や人権の軽視を含意する動きは激烈な反対を引き起こすはずである。

もし絶好のタイミングで選挙を行い、公明党の後援を得ることができれば、安倍は国民投票の発議に必要な国会議員の3分の2を達成する可能性がある。しかし、改憲についての国民的な支援を得られるであろうか?

英国人であるわれわれは国民投票というのがかなりの程度まで偶然に左右されるものであり、現代民主制を不安定にしかねない要素であることを知っている。
スコットランド独立をめぐる国民投票では、連合派の楽観とスコットランドナショナリストに対する大衆的支援の高まりによってあやうく独立派が勝つところだった。
国民投票は問題を解決しない。デヴィッド・キャメロン首相が不幸にも約束した国民投票も、英国のEU加盟という問題に恒久的な解決をもたらすことはないだろう。

日本における改憲についての国民投票はつよい情動的反応を引き起こすはずである。デモやカウンターデモが繰り返され、それが市民たちの衝突と社会不安を結果する可能性が高い。日本経済はそれによって影響をこうむり、国民は疲弊するだろう。アジアにおける安定的で平和なデモクラシーの国という日本のイメージが傷つけられることは避けられない。

改憲に対する中国と韓国の反応は敵対的なものになるだろう。日本の中国への投資はその影響を受けるし、対日貿易は悪化し、在留日本人の生活は脅かされることになる。
日本における改憲が実は何を意味するのかについては、アジア諸国でも、ヨーロッパでも、北米でも、問いが提起されるだろう。特にそれが日本のナショナリズムと領土回復主義のよみがえりではないかという不安は広まり、この不安は日本の歴史修正主義によってさらに強化されることになる。

安倍はこのような現実的なリスクに直面しながらも、なお改憲を押し進めることが最優先の課題だと本気で信じているのだろうか? 憲法文言の変更が彼の抱いている日本のヴィジョンにとって死活的に重要だということなのだろうか? 現在の日本が直面しているはるかに重要な課題が他にはないということなのだろうか?

彼の掲げた「三本の矢」にもかかわらず、経済は依然としてデフレと停滞から浮かび上がることができずにいる。経済の再構築と最活性化こそが第一の政治課題でなければならない。

日本は人口問題の危機に直面している。人口は高齢化し、かつ減少している。労働人口比率のこの減少は日本の成長と将来の繁栄にとって深刻な問題である。人口減から生じる経済社会的脅威をどう抑制するか、そのことの方が、瑕疵があると批判されてはいるけれど、現に70年近くにわたって日本の繁栄に資してきた憲法の条文をいじり回すことよりもはるかに重要なことではないのか。

2016年には日本が直面しなければならない大きな政治課題がいくつもある。
中国経済は年初から好材料がない。中国政府が経済を成長軌道に再び載せる手だてを持っているのかどうかはまったく不透明である。習近平主席は汚職摘発と分離派への弾圧を同時的に行っている。中国政府はこのような時期に日本から仮想的ではあれ脅威がもたらされるということになれば、それを利用して、国内のナショナリズムを煽り、中国の国内問題から国民の目を逸らそうとするだろう。

2016年はアメリカ大統領選挙の年である。日本政府はこれまで伝統的に共和党びいきであった。それは貿易問題において共和党の方がより信頼できたからである。しかし、もし共和党の大統領候補が予備選挙で勝ち、ポピュリストの支援を得て次期大統領になったら、かつてマイク・マンスフィールドが絶賛した日米関係はどうなるか?
トランプ大統領あるいはクルーズ大統領の思想はすべての海外のアメリカ観察者に激震を走らせるに違いない。日本政府の移民政策などはドナルド・トランプのそれに比べればはるかにリベラルである。そんなことより日本にとって重要なのは、トランプは日本が日本防衛に要するアメリカの全コストを負担することを要求している点である。トランプ大統領の命令下にアメリカチームが要求してくるこれらのコストをめぐる交渉の困難さに比べれば、普天間基地問題などものの数ではない。

英国もヨーロッパも過激な共和党大統領候補者のうちの誰かが指名を獲得し大統領になった場合に起こる諸問題に今から頭を悩ませている。しかし、他国だって苦しいのだということは日本にとっての慰めにはならない。とりあえず、英国は「憲法」改定問題というようなことに心を煩わせることがない。明文憲法がないのだから当然である。英国の「憲法」は議会によって何世紀にもわたって積み上げられてきた法律と先行事例の蓄積のことである。

日本はなぜ今そんなことのために時間と努力を浪費するのか? なぜ日本はこれほど多くの問題を抱えているにもかかわらず、それを後回しにするというリスクを冒すのか? 安倍は想像上の過去の中に暮らしているのだろうか? 
日本は英国と同じように、21世紀の世界の中で、その国力の漸減という状況と折り合ってゆかなければならないのである。
たしかに日本は今ならまだ世界に対して何ごとかをなしうる余力がある。けれども、その影響力と人口を絶えず失い続けているという事実を直視しなければならない。