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大阪保険医新聞のインタビュー

大阪府保険医新聞というところから取材を受けた。ロングインタビューで、グローバリズムと医療の問題について思うところを述べた。
インタビュアーは大阪府保険医協会の安田雅章副理事長。


「蓄積」という日本の強み活かそう

「何となく違和感」を持ったまま立ち止まる若者たち

安田 内田先生は長年教員生活を送ってこられましたが、若者に変化を感じられましたか。
内田 社会全体が変化すれば、若者もそれにつれて変化するのは当然ですが、いわれるほど劇的な変化があったようには思いません。ただ、社会全体の傾向として、反教養主義・反知性主義の傾向は明らかに見て取れます。それと、コミュニケーション能力が全体として落ちているということは言えると思います。
その集団の持つ「知性の総量」は変化しないというのが僕の経験則です。ですから、ある局面で知的な力が落ちてきた場合には、どこか違うところで思いがけない新しい知的活動が起きている。知性の総量は変わらない。かたちが変わるだけです。
安田 若者の政治感についてはいかがでしょうか。「3・11」後であれば反原発の集会や集団的自衛権の行使容認反対の官邸前集会に若者が集まっています。反面、選挙の投票率を見ると、政治に関心がないようにも見えます。
内田 僕の周りの若者は政治意識が高い人が多いです。そんなには変わっていないと思います。
安田 メディアの影響があるのでしょうか。
内田 メディアの政治について語る言説の質は明らかに劣化しています。メディア自身今何が起きているのかわかっていない。わかっていないことをさもわかったような口ぶりで報道されるので、読者の方は何かはぐらかされたり、騙されたりしている気になる。問題の本質がわからなければ政治的な行動は起こせません。だから、人々は今はどうしていいかわからなくて立ちすくんでいるのだと思います。例えば、デモに行くのが本当に自分のしたいことなのかどうかが分からない。政治的事件に何となく違和感はあるけれど、どうすればその違和感が解消するのか、その手立ては見えない。若い人たちもまたその未決定状態のうちにあるわけで、それを政治的無関心だとは思いません。
安田 若者の「働き方」に対する考え方は、昔と今とで変わってきているのでしょうか。
内田 みんなよく働いていると思います。親の世代が次第に貧しくなっているせいです。今の20歳の学生だと親はだいたい50歳くらいでしょうか。父親が非正規労働者という家庭が少なくない。私学ではとても授業料を親には頼れない。ですから、今大学ではゼミコンパがなかなかできないらしい。みんな夜にバイトを入れているので、全員が集まることができない。「最近の若い者は…」といろいろ言われますが、日本の若年労働者たちは他国の同世代の労働者に比べると、就労態度はずっとまじめなんじゃないですか。例えば、コンビニや外食産業などでは、正社員がいなくて、全員バイトだけで仕事を回してもほとんど問題は起こりません。こんなことができるのは日本だけでしょう。

農業衰退、サラリーマン増加で「株式会社化」する日本社会

安田 日本にはモラルがある一方で、生活保護を受けている者に対するバッシングが高まっていま
す。この辺りはどう考えたらよいのでしょうか。
内田 これはイデオロギー的なものだと思います。政府主導で「自己責任論」を広めている。本来、国民国家は弱者救済のために制度設計されていなければならない。でも、弱者救済のシステムを作れば、「私は弱者です」と虚偽申請して「システムに寄生する」人間が必ず出てきます。これは、避けられない。どんなシステムを作っても、必ず出てきます。人間はそういうものだからです。ですから、「フリーライダーがゼロであるシステムを作る」と言うことは「弱者救済をしない」という以外に結論がない。自民党が世論を誘導しているのはそういう方向だと思います。
安田 なぜ、そういう意見が多くを占めているようになったのでしょうか。
内田 それは社会構成が変わって、サラリーマンばかりになったからです。農村人口が50%までの時代なら、集団として相互扶助するのは生きる上で誰にとっても自明のことでした。それ以外に生きていく方法がなかったからです。1950年代までは都市住民であっても、生活のためには隣人たちとの相互扶助システムを作らざるを得なかった。でも、農村人口が減り、サラリーマンの都市生活者が過半を占めるようになったら、相互扶助という発想は希薄になります。サラリーマンは自分が帰属する株式会社をベースに社会制度を構想するからです。自治体も、地域社会も、「株式会社みたい」に制度化されていないので、サラリーマンから見ると「無意味」なものに見える。だから、「能力の高いものは高い処遇を受け、能力の低いものは資源の分配に与れないのが『フェアネス』というものだ」というようなことが平気で言える。
安田 いつ頃から「株式会社」の論理が蔓延するようになったのでしょうか。
内田 ここ20年くらいでしょう。官僚も政治家も学者も全員が「株式会社に準拠して社会制度を論じる」ようになってきた。だから市場のニーズに即応してあらゆる制度は朝令暮改的に変化すべきだという話になる。橋下徹大阪市長が、地方自治体について「民間ではあり得ない」と言ったのは「自治体は株式会社ではない」ということを指摘したわけで事実認知的には当たり前のことなのですが、「だから自治体を株式会社のように制度改革しなければならない」という結論を導くのは論理的に間違っている。でも、そのことを誰も指摘しなかった。その流れの中で、医療も学校教育もどれも株式会社のように組織化されなければならないという話に今はなっている。これは一種の集団的な狂気です。
安田 安倍首相もそういう感覚の持ち主なのでしょうか。
内田 そうだと思います。「私の政策に不満だったら、次の選挙で落とせばいい」と言い放ちましたが、あれは「わが社の出す商品が不満だったら買わなければいい」というのと同じ理屈です。その根本には「政策の適否は最終的にマーケットが判断する」という信憑がある。政治家にとっては「次の選挙」が「マーケット」に相当する、首相はそう思っているのでしょう。だから、どんな法律を作ろうが、どんな政策を実施しようが、仮に戦争を始めようが、その適否の判断は「次の選挙」での当落で決まる、と。自分が当選すればすべての政策は正しかったことになり、失政でどれほどの被害を国民がこうむっても、落選すればそれで「チャラ」になる、と。そう考えているから「次の選挙で落とせばいい」というようなことが言えるのです。これはそのまま株式会社の「有限責任論」です。「倒産」すればおしまい。それ以上の責任は誰も追及できない。

集団的自衛権の行使は戦争をすることを意味

安田 安倍首相は集団的自衛権を政府解釈で認める閣議決定をしました。首相は「限定的」と言いますが、実際に米国の戦争の「後方支援」をすれば、他国から米国と一緒に攻めてきていると解釈され、日本も戦争に巻きまれるのではないかと思います。
内田 集団的自衛権を発動するためには「宣戦布告」をしなければならない。敵国に宣戦布告をしないで戦闘を始めれば戦時国際法違反になりますから。でも日本国憲法は交戦権を放棄しているから、宣戦布告はできない。だから「これから法整備が必要」と首相は言っていますが、「交戦権はこれを放棄する」という憲法条文を「交戦権があるかないかは内閣が判断する」と解釈することはいくら安倍首相でも無理でしょう。それに、日本には軍法がありません。戦争行為の中で兵士たちが犯した犯罪行為、略奪や民間人の虐殺や敵前逃亡についての処罰を規定した法律がない。軍法がなければ戦争はできません。ですから軍法についての新しい法律を作って次の国会に出すつもりだろうと思います。
ただ、今の米国は中国と戦争する気はありません。中国は日本以上に重要な戦略的パートナーですから。韓国とは米韓相互防衛条約を結んでおり、戦時作戦統制権を保持しているので、日韓が戦争をするということもありえない。韓国が日本と戦うというときにはすでに国内の米軍基地から日本への攻撃が始まっているわけですから。
安田 国民はそれを知らないのではないでしょうか。
内田 安倍政権は、今でも40数%の支持率がありますが、首相を支持する国民のほとんどは集団的自衛権の意味が分かっていないと思います。「集団的自衛権がないと、中国が攻めてくる」「北朝鮮からミサイルが飛んでくる」と本気で思っている。それは個別的自衛権でカバーできるということを知らない人が集団的自衛権支持者の大半でしょう。
しかも今回の集団的自衛権を巡る一連の国会答弁を聞く限り、情理を尽くして思うところを述べて、国民の理解を得ようという感じが全くしない。その場その場で適当なことを言って、言い逃れをする。平気で食言をする。はじめから国民を説得する気はない。
ただ、戦争は急には始まらないと思います。海外派兵はあくまで米軍の世界戦略の中でなされるわけですが、米軍はもう厭戦気分になっていて、これ以上戦線を拡大する気がない。それにいざ戦争となったら、日本国内の世論からの激しい抵抗があるでしょう。そう簡単にはいかない気がします。
 
医療・教育・司法・宗教は社会集団の維持に不可欠

安田 僕たち医師にとっては、TPP参加で国民皆保険がどうなるか心配です。生存権を保障した憲法25条を破棄するような「自助」を政府は強調しています。「公助」が先ではないかと思うのですが、今後どうなっていくと先生はお考えですか。
内田 国民皆保険はたしかに危機的だと思います。本来、学校教育や医療というものは、公的な事業です。米国のリバタリアンの発想は「医療や学校教育の受益者は本人なのだから、コストは受益者が自己負担すべきだ。税金を投じるべきではない。質の高い医療を受けたければ、それだけの金を出せ」というロジックで一貫しています。日本のシステムが変わっていく場合も、「受益者負担、医療の商品化」という米国の方向に沿って行くことになるでしょう。
 しかし、医療というのは、司法や学校と同じく、どんな状況においても保持されていなければならない制度です。難民キャンプであっても、敗戦国の焦土の上であっても、天変地異の後の破局的状況の中でも、医療はただちに活動しなければならない。国家がなくなっても、市場がなくなっても、医療は行われなければならない。ですから、市場や政治体制に合わせて医療の仕組みを変えるというのは、発想そのものが間違っているのです。医療が適切に機能する仕組みは医療専門者自身が考えることであって、政体や株の値動きとは何の関係もないし、あってはならないのです。
安田 抵抗している部分はあるのですが、残念ながら市場原理の方向に医療制度もグイグイ押されています。
内田 学校教育も押されています。私は立場上、教育関係者と話す機会が多いので、よく現場の話を聞きますが、「文科省の言うことをこのまま黙って聞いていると、遠からず学校教育が崩壊する」ということについては知性的な教員はだいたい理解しています。でも、文科省に抗う手立てがない。国公立は文科省に握られていますが、私学はまだチャンスがある。文科省に逆らっても自分たちのやりたい教育を実施できるだけの力量がある私学は生き延びられるでしょう。また私塾が今急速に増えています。学校教育に期待できないのなら、教育機関を手作りするしかないと考えている人たちがそれだけいる。
たぶん、医療もそうなっていくような気がします。厚労省や自治体と緊密な関係を持って、その助成がないと成り立たない医療機関と、「うちはうちの医療方針でやっていく」という病院や篤志家が私財を擲って作る病院に二分化していくような気がします。

近づく資本主義の終焉 日本が生き残るヒントが江戸時代に

内田 資本主義はすでに末期状態にあると私は見立てています。資本主義は「外部」を収奪して成立する仕組みですから、地球上の資源を食い尽くしたら、そこで資本主義は終わります。その先はありません。
安田 「末期」の資本主義社会に、展望はないのでしょうか。
内田 資本主義の崩壊のしかたは国情の違いによって違ってくるでしょう。日本は比較的崩れ方が遅く、いきなりクラッシュすることはないだろうというのが僕の見通しです。
それは日本は他国に比べて、圧倒的に国民的資源の「ストック」が大きいからです。天変地異があっても、恐慌で株券が紙くずになってしまっても、「国破れて山河あり」。山河さえ残っている限り、お米さえ食べていれば、何とか飢え死にはまぬかれる。石油や原子力エネルギーがなくなっても、再生エネルギーを考える手立てはある。経済成長はもうできないけれど、「ぼちぼちでええやん」という感じでやっていれば、それくらいの蓄えはある。
両班制の韓国や独裁制の中国が近代化できなかったのに、日本は300の藩が原則自給自足体制にありました。藩ごとに固有の政治文化、宗教、食文化があり、生活習慣や伝統芸能、武芸があった。これは理想的なリスクヘッジシステムでした。明治維新で日本が近代国家にテイクオフができたのは、この江戸時代からの「遺産」の賜です。
同じように、日本は戦後70年にわたって戦争をしないきた。それが蓄積している豊かなストックがある。ですから、この後、戦争にさえ巻き込まれなければ、日本を恨む敵さえ作らなければ、かりに資本主義の瓦解があっても、それは幕末明治維新規模の激動だと思って受け止めればいい。日本はたぶんその衝撃に持ちこたえられるだろうと思っています。

自衛隊の「志願者の確保」に公的医療保険が利用される恐れ

安田 資本主義が崩壊に近づくなかで、今後日本はどうなるとお考えでしょうか。
内田 今まさに分岐点を迎えているという気がします。実は「3・11」で一度分岐点にきたという気がしたのです。「金儲けと自己実現ばかり考えていたが、もう一度足下を見直して、お互いに助け合う仕組みを作ろう」という反省の時期がたしかにありました。でも、そういう気分が続いたのはわずか半年ほどでした。でも、すぐに復興のことも原発事故のことも忘れ去られ、オリンピック誘致だ、アベノミクスだ、カジノ解禁だと浮かれ騒ぎを始めた。「結局、金だ」という話にまた戻ってしまった。
安田 中国や韓国との外交関係が悪化しています。民間レベルでのデメリットはないのでしょうか。
内田 民間レベルのビジネスはほとんど問題なく進んでいます。民間人同士の交流は、相変わらずです。個人間の信頼のネットワークが緊密であれば、簡単に世論が変わっていくことはないと思います。
韓国の人たちは日本人以上に日韓関係を重要視しています。南北対立と反共法のせいで韓国は欧米の人文科学や社会科学の知見の取り入れに大きく遅れを取った。日本はその点ではアジアで抜きんでています。韓国にとっては今も日本は欧米の学知にアクセスするときの重要な回路です。中国もそうです。辛亥革命のときから日本人が翻訳した漢訳の文献を通じて欧米の学術情報を手に入れてきたのです。中韓の知識人たちや若者の間には、今でも日本社会の言論の自由や知的な開放性に対する敬意とあこがれがあると思います。
安田 医療についてはいかがでしょうか。
内田 国が「市場原理による医療の再編」を目指すという方向性ははっきりしていると思います。医療者をどう育成し、医療活動をどう支援するかではなく、医療をどうやって効率的に運営して、収益を上げるかを優先的に考えている。リバタリアン型の「医療を受けるのは自己利益の増大なので、受益者自身がすべてのコストを負担すべきだ」という発想を持ち込めば、いずれ国民皆保険システムは壊滅すると思います。
米国の保険制度はすでに破綻しています。民間保険会社には健康な人しか入れませんし貧しい階層の若者は医療保険を手に入れるためには軍隊に志願せざるを得ない。
日本でも、このあと自衛隊員の志願者の確保が喫緊の課題となるでしょうが、そのためには公的医療保険を廃止してしまうのが一番効果的です。「医療を受けられる権利」を政府がコントロールできるようになるからです。政府の言うことを聞く人間は公的保険で保護し、政府に逆らう人間は「自己責任で医療を受けろ」と突き放す。いわば、個人の命を「人質」にとって権力を行使できるようになる。
安田 市場原理による医療の再編に立ち向かい、食い止めるよい方法はないものでしょうか。
内田 それは、私ではなく皆さんでぜひ知恵を絞ってください。
安田 宿題として持って帰ります。本日はお忙しいなかを多岐にわたってお話を伺うことができ、誠にありがとうございました。

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2014年09月03日 11:15 に投稿されたエントリーのページです。

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