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「腹の読めないおじさん」から「のっぺりしたリーダー」へ

毎日新聞の取材で「リーダー論」について訊かれる。
どういうリーダーがこれから求められるのか、というお話である。
大阪のダブル選挙に見られたように、時代は「あるタイプのリーダー」をつよく求めている。
そのトレンドは仮に「反・父権制」(anti-paternalism)的と呼ぶことができるのではないかと思う。
このトレンドは個別大阪の現象ではなく、日本社会全体を覆っており、それどころか国際社会全体を覆い尽くしているように見える。
かつて国際政治の立役者たちは「父」たちであった。
ヤルタ会談に集ったルーズベルト、チャーチル、スターリンの三人が図像的に表象していたのは「あらゆることを知っており、水面下でタフな交渉をし、合意形成に至れば笑顔を見せるのだが、そこに至る過程での熾烈な戦いと、そこで飛び交った『カード』についてはついに何も語らない父たち」である。
「父」たちの特徴は「抑制」と「寡黙」である。
彼らは何を考えているのか、よくわからない。
ただ「いいから、私に任せておきなさい」というだけである。
なぜ彼らに任せておけばよろしいのか、その理由については特にご説明があるわけではない。
「いいから、任せておきなさい。悪いようにはしないから」と言うだけである(それを言いさえしない場合もある)。
彼らに任せたせいで、どんな「いいこと」があるのか、その予測も語らない。
ただ、思慮深そうなたたずまいと、低い声と、抑制的な感情表現を示すだけである。
そういう場合、私たちはなんとなく「じゃあ、この人のいうことに従おうか」という気になる。
政治というのは「そういう人たち」がやるものだと私たちは久しく思っていた。
19世紀から20世紀半ばまではそうだった。
どうして「任せておけた」のか。
それはたぶんその人のことを「公人」だと思えたからである。
公人とは「自分の反対者を含めて集団を代表できる人」、「敵とともに統治することのできる人」のことである(これはオルテガの定義だ)。
反対者や敵対者も含めて代表してもらえるなら、「自分」がそこから漏れることはないだろうと思えて、「じゃあ、お任せします」ということになったのである。
スターリンたちが「そういう人」ではなかったことを私たちは今では知っているが、同時代の同国人の相当数から「そういう人」だと思われていれば指導者としての機能を担う上でとりあえず支障はなかったのである。
その「父」たちが政治の表舞台から退場する。
20世紀の中頃から後のことである。
カズオ・イシグロの『日の名残り』は1930年代にヨーロッパ諸国の「紳士たち」がダーリントン伯爵の館に集まって、ドイツの運命について語り合うエピソードがひとつの柱になっている。
その秘密会議に招かれたアメリカの下院議員がこの「紳士たち」に向かって、「みなさんは政治のアマチュアだ」となじる場面がある。
紳士たちが集まって秘密裏の談合で国際政治について重要決定をくだすような時代はもう終わった。政治過程というのは、もっと「にべもない」ものである。名誉や友愛というようなものはもはや国際政治のファクターではない。クールでリアルな利害得失の計算が必要なのだ。これからはわれわれプロに任せなさい、と下院議員は言う。
たしかに、その後の歴史は彼の予言のとおりに推移した。
物語の中では、ヨーロッパの紳士たちの善意にもとづく支援によってドイツを健全な国家として再生することを夢見たダーリントン伯爵は結果的にナチの台頭に加担することになり、「反逆者」の汚名を着たまま死ぬ。
『日の名残り』というのは執事とメイドの話だと思って読んでいたが、よく考えるとこれは政治主体の歴史的交代を副旋律に絡めた小説だったのである。
カズオ・イシグロは「紳士たち」が退場して「プロたち」が国際政治を取り仕切るようになる推移を控えめな哀しみのうちに回顧した。
1960年代にジョン・F・ケネディがアメリカ大統領になった。
それが「おじさん」から「お兄ちゃんへ」の、「原父」から「悪い兄たち」への交代の劇的な指標だったと思う。
大統領就任のときケネディは弱冠44歳だった。
前任者のアイゼンハワーは70歳、アメリカのゴールデン・エイジの8年間大統領職にあった「アメリカで最後の古いタイプのリーダー」だった。
「古いタイプのリーダー」ということは「何を考えているのか、よくわからないおじさん」だったということである。
それは彼の軍歴によく現れている。
アイゼンハワーの軍歴のきわだった特徴は平時の長期にわたる停滞と戦時における異常な速度の昇進である。
アイゼンハワーは少佐から中佐に昇進するまで16年間を要した。アメリカが相対的な平和と繁栄のうちにあった1930年代を彼は同期生が昇進するのを指をくわえて眺めながらまるまる少佐という低い階級で過ごしたのである。
第二次世界大戦勃発時にアイゼンハワーは一介の中佐に過ぎなかった。
そのような凡庸な(というより劣悪な)軍歴しかもたない軍人が、抜擢され、ノルマンディー上陸作戦を成功させ、ヨーロッパ戦線の連合軍450万人を指揮し、5年で中佐から陸軍元帥になった。
これはアメリカ陸軍における昇進スピードの最速記録であり、おそらくこのあと破られることがないだろう(ナポレオン軍にはあったと思うが)。
一介の中佐が開戦後あっいう間に元帥まで超スピード昇進したのは、彼が「想定外の事態」に遭遇したときに、例外的に手際よく最適解を選択できるだけでなく、起案した作戦計画を遅滞なく実行できる人物だということがひろく軍隊内部で知られていたからである。
頭のよい参謀なら「最適解」を選ぶことができるかも知れない。けれども、起案したその「最高の作戦」を実施するためには、連合軍内部での利害調整や思惑のすりあわせや腹の探り合いやらを手際よく片付けられなければならない。
アイゼンハワーはブラッドリーやパットン将軍といった前線指揮官の信頼を勝ち取り、チャーチルやド・ゴール将軍のような腹の底の見えない同盟者たちと巧みに連携し、ソ連軍のジューコフ元帥やスターリンとさえタフな交渉をした。
このような仕事ができる人のことを「豪腕」という。
「豪腕」というのは、前にも書いたことがあるが、暴力的に「無理を通す」人のことではない。
「あいつはもののわかった人間だから」という評価が安定している人のことである。
だから、頼まれた方は、何がどう「よほどのこと」かはわからないけれど、あいつがわざわざ頼んでくるくらいだから、「よほどのこと」なのだろう。とすれば、断るわけにはゆくまいと思う。
そういうふうに交渉相手に思わせることのできる人だけが「無理を通せる」。
アイゼンハワーは「天才的な管理能力と交渉力」があったと言われるが、それは彼があらゆる機会をとらえて、「いずれ大事なことを頼みそうな相手」には「貸し」を作っておくということを心がけていたからだと私は思う。
とくに不遇の16年間を彼はもっぱら軍隊の内部に、「いずれ大事なことを頼みそうな相手」を見出し、ケアするという仕事を丁寧にやっていたのであろう。
さまざまな部署に散らばっている「この人の頼みは断れない」と思ってくれる人のことをスパイ用語では「アセッツ」と呼ぶ。
「アセッツ」をどれほど広い範囲に多様なレベルに展開しているか、それによって、その人の「政治力」は決定される。
こういう「どこに何を隠しているのかわからない」人がひさしく国際政治の登場人物であった。
ケネディの話をしているところだった。
アイゼンハワーやチャーチルやド・ゴールのような「腹の読めないおじさん」が退場して、それに代って、頭は切れるが、考えることはわりとシンプルで、話はわかりやすいが、構想の射程が短く、喜怒哀楽の感情が豊かで、腹の中がよく見えるという「青年」政治家が超大国のリーダーになった。
ケネディは19世紀だったらまず大国のリーダーにはなれるはずのない人物である。
彼はもう「ややこしい交渉ごと」をしなかった。
ケネディがやった唯一の苛烈な外交交渉はキューバ危機だが、このときケネディは「フルシチョフでも『この人の頼みなら断れない』人に仲介してもらう」というような古典的な手立てを講じなかった。そういうアイディアそのものが彼にはなかったのかも知れない。
ケネディがしたのは「チキンレースでブレーキを踏まなかった」ことだけである。
だから、フルシチョフがミサイル撤去を決定しなければたぶん米ソは第三次世界大戦に突入していた。
さいわい第三次世界大戦が起きなかったので、ケネディの政治手腕についてはあまり問題にされないが、けっこう危ないところだったのである。
そして、ケネディの「成功」が呼び水となって、1960年代から世界のリーダーたちは「腹の読めないアセッツおじさん」たちから「チキンレースでブレーキを踏まないガッツな兄ちゃん」たちに順次入れ替わっていった。
その趨勢は21世紀に入ってますます強化されている。
オバマもプーチンもサルコジもベルルスコーニもブレアやブラウンも、あるいは本邦の人気政治家たちの顔を思い浮かべてもらえば、「言うことは簡単だが、妙に強気なお兄ちゃん」政治家たちが選好されていることがわかる。
何を考えているのかよくわからないけれど、「まあ、ここは私に任せておきなさい。悪いようにはしないから」と低い声でつぶやくような政治家はまったく人気がない。
そういう歴史的なトレンドの中に私たちは今いる。
それはそれなりの歴史的条件が要請したものだから、良い悪いを言っても始まらない。
だが、私の見るところ、どうもこれは「グローバル化」の副産物のようである。
ケネディは東西冷戦構造という枠組みが要請したリーダーである。
「東西冷戦構造」とは言い換えると、「半分ずつグローバル化した世界」のことである。
社会主義圏は社会主義圏として規格化・標準化し、自由主義圏も圏まるごと規格化・標準化した。
そういうのっぺりした世界では、政治家たちもだんだんのっぺりしてくる。
冷戦構造が終わって、今度は「世界全体が規格化・標準化」した。
政治家たちはさらにのっぺりしてきた。
グローバル化がこの先さらに進行すれば、政治家たちはさらにのっぺりしてくるだろう。
「のっぺり」というのは、自分と価値観が違う、正否の判断基準が違う、宗教が違う、言語が違う、美意識が違うような人間と交渉することにぜんぜん興味もないし、適性もない人間のことである。
全員が同じルールでゲームをしているときに相対優位に立つための術には優れているが、「違うルール」でゲームをしている人間のことはまったく理解できないし、理解する必要も感じない。
それが「のっぺりしたリーダー」である。
世界がそういう人間たちで覆われたあとに、「想定外」が起きたときにどうするのか。
それを考えると、今のうちから「リスクヘッジ」として、「もしものときに無理を通せる」タイプの人々を政治経済の要路に配置しておいたほうがよろしいのではないか。
というようなお話をインタビューではした。
あまりに変な話なので、たぶん記事にはならないだろうと思うので、ここに備忘のために録すのである。

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2011年12月30日 16:51 に投稿されたエントリーのページです。

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