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Harbor light について

ゼミの卒業生の結婚式でスピーチをするのは、大学の教師にとっては「仕事の一部」のようなものである。
だから、日程さえ合えば、日本中どこでもうかがって、一席弁じることにしている。
どうしてゼミの教師を結婚式に呼ぶのか、ということをあまりこれまで真剣に考えたことがなかったが、今日スピーチしながら、やはりこれは「観測定点」としての機能ということが主なのであろうと思った。
卒業生たちはのどかな4年間を過ごしたあと、多くは卒業してからはなかなかにめまぐるしい人生の変転を経験する。
住むところが変わり、いくつかの職種を経験し、出会いと別れがあって、そしてある日「めでたく華燭の典を迎えられた」わけである。
はたと立ち止まって来し方行く末について熟慮してみたいという気分にもなろうというものである。
『五万節』だって、「学校出てから十余年」と歌っている。
「学校出てから」というのは、実人生の「起点標識」なのである。
私はあれからいったいどんな人生を生きてきて、どれほど変わり、何を達成し、何を失い、どれほど成熟したのか・・・それを確認するために「学校」を代表する人物にご登場願おうではないか、と。
前にも書いたことだが、ある卒業生(奇しくも本日の新婦と同期のゼミ生)と一年ほど前に図書館本館で遭遇したことがあった。
その日は土曜日で私はたまたま雑誌の取材で出校してキャンパスに来ていて、無人の図書館本館でその卒業生にばったり会ったのである。
「あ、先生、来てたんですか?」と彼女はびっくりしていた。私も驚いたが、取材中だったので、立ち話だけで、そのまま手を振って「じゃあね」と別れた。
そのあと彼女はメールをくれて大学に来た理由を教えてくれた。
「転職しようかどうか迷っていたのだが、そういうときには学生時代にいちばん好きで、よく考えごとをしていた場所(図書館本館3階のギャラリー)に行けば、自分がほんとうは何をしたいのかわかるような気がして、休日のキャンパスを訪れたのだ」と。
そのとき私は学校に「そういうはたらき」があることを知った。
大学と教師には、「卒後の自己教育」にとっての観測定点であり続けるという重要な任務がある。
卒業生たちは私を見ると「先生、少しも変りませんね」と言う。
それは客観的な記述をしているのではなく、むしろ彼女たちの主観的願望を語っているのではないか。
「先生は、少しも変わらないままでいてほしい。そうしてくれないと、自分がどれくらい成長したのか、どれくらい変わったのかが、わからない」そういうことではないかと思う。
もし、学校時代の先生が、その後不意に大学の仕事を辞めて、ラッパーになったとか、デイトレーダーになったとか、蕎麦打ちになったとかいうことになると、「学校出てから・・・」という卒業生たち自身の「振り返り」はむずかしくなる。
想像してみても、「60歳過ぎてから突然『自称プロサーファー』になった恩師」とか「70歳過ぎてベガスのカジノで10億稼ぎ、今は若いモデルと六本木ヒルズで暮らしている恩師」とかを囲んでの同窓会はたぶんあまり楽しくないと思う。
変わってしまった先生にどう話しかけていいか、わからないからだ。
卒業生たちは自分の出た学校と自分が習った先生については、いつまでも同じままでいてほしいと願っている。
自分が卒業して何年経っても、同じキャンパスで、同じ先生が、同じような授業をやっていることを心の奥では願っている。
大学が社会状況に合わせてどんどん変化することを「アクティヴィティが高い」とほめそやす人がいるが、彼らは「卒後教育」というものがあることを理解していないのではないか。
大学を卒業したあとも、自己教育は続く。
そのとき自分がほんとうは何をしたかったのか、何になりたかったのか、どんな夢を思い描いていたのかが「そこにゆけば、ありありと思い出せる場所」は不可欠のものである。
スティーブ・ジョブズは your heart and intuition somehow know what you truly want to become と語った。「あなたの心と直感は、なぜかあなたがほんとうは何になりたいのかを知っている」
「あなたがほんとうは何になりたいのか」を知っていると想定された主体 sujet supposé savoir ce que tu veux véritablement devenir であること、それが教師のたいせつな仕事の一つであるのではないかと私は思う。
そのような「知っていると想定された主体」は「あなたの心と直感」の代理を機能的にはつとめることができるからである。
教師というのはもしかすると「道祖神のようなもの」ではないかと思う。
積極的に何か「よいこと」をするわけではない。
でも、それが子供のときに見たままのところに、子供のころのままの姿をしてあることを知ると、ひとは「自分には根がある」という感覚をもつことができる。
どれほどブリリアントなキャリアを積み重ねた人も、自分の卒業した学校がなくなり、自分を教えた先生がいなくなってしまったら、「自分がどれくらい成功したのか」がわからなくなる。
卒業生たちが自分がどんな道程をどこに向かって歩んでいるのかを確認しつつ一歩ずつ進めるようにするためには、「母港」がいつまでもHarbour light を送り続けていることが必要である。
「そこに来れば、もとの自分に戻れる気がする場所」が必要である。
というわけで、卒業生の結婚式では「ウチダセンセって、ほんとにいつまで経っても変わんないわねえ」と教え子たちが深く納得するようなお話をするのである。

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2011年10月30日 19:30 に投稿されたエントリーのページです。

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