有事対応コミュニケーション力について

2011-10-30 dimanche

有事対応コミュニケーション力という本が技術評論社から出る。
震災と原発事故について、危機管理という視点から論じたシンポジウムの記録である。
鷲田清一、上杉隆、藏中一也、岩田健太郎というメンバーで行った。
緊急出版なので、完成度は低いけれど、珍しいメンバーでのシンポジウムだし、チャリティーイベントなので、印税は全額義捐金に回すことになっている。
本は書店で手にとっていただくとして、とりあえず私が書いた「あとがき」を告知代わりに掲載しておく。

あとがき

リスクコミュニケーションについてのチャリティーシンポジウムをやるので、出て下さいと岩田先生に声をかけられた。
岩田先生は「それは何ですか?」的なテーマの場所に私を引き出すことを好む傾向がある。最初に対談したときのトピックは「新型インフルエンザの防疫体制について」だった。その次にお会いした時は「看護教育について」だった。その次は感染症の学会に呼ばれて「パンデミックとメディア」というお題でのスピーチを振られた。もう何が来ても驚かない。
今回は大震災と原発事故をリスク管理という視点から吟味する趣旨の集まりだと伺った。この論件についてはすでにいくつかの媒体で私見を述べているので、私自身はそれに付け加えることはもうほとんどない。だが、さまざまな分野から呼集されたシンポジウム参加者の専門的知見を直接うかがえるのは得難い機会であるので、お招きを受けることにしたのである。
岩田先生はパンデミック、つまり医療分野における「パニック的事態」の専門家である。蔵本先生は企業の危機管理の専門家である。上杉さんは原発事故発生以来、フロントラインでほとんど不眠不休で取材活動を続けているジャーナリストである。そして、鷲田先生は傷ついた人、病んだ人のかたわらに立つ臨床哲学の専門家である。私だけが何の専門家であるか不分明なままその場にいた。
お話をうかがったあと、私の心に一番残ったのは、岩田先生が伝えた現地派遣の医療チームの人々の「寡黙さ」についての証言と、上杉さんが言われた「これからは放射性物質と共に生きる他ない」という言葉だった。
告発や批判ももちろん必要だと思う。デモをするのも必要なことだろう。懲戒や場合によっては刑事罰も必要になるだろう。けれども、「すでに起きてしまったこと」の解明と有責者の特定と同時に、それよりも長い時間をかけて、失われたものと傷ついたものについての「手当て」が続けられなければならない。
もちろん私はこの事態を招いた有責者の告発や補償の要求を抑制すべきだと言っているわけではない。犯罪の場合とおなじように、正義の執行は粛々と、ときには非情に行われなければならない。けれども、それと同時に、この出来事に巻き込まれて物心両面で深い傷を負った人たちの支援のためには、穏やかな声と、手触りの柔らかい言葉もまた整えられていなければならない。そのどちらか一方だけを選ぶということはできない。
私たちに求められているのは、排他的な選択ではなく、糾弾と赦しが、冷たい宣告と暖かい慰めが絡み合った両義的な言葉を使えるような市民的成熟である。そういう構えを「ダブル・スタンダード」だと難じる人もいるだろう。つねに正しいことだけを言い続けたい、正しい行為だけをし続けたいという人にとっては、不愉快な提言に聞こえるかも知れない。けれども、「放射能という十字架」をこれから長い期間背負ってゆく私たち日本人に求められているのは、たぶんそのような種類の「市民的成熟」である。

このシンポジウムで語られた言葉の多くは(私の言葉も含めて)このあと時間が経つにつれて、その現時的な切実さを失うだろう。切迫した出来事に対処するために緊急招集されたシンポジウムで口にされた言葉なのだから、それは仕方がない。その中にあって、たぶん鷲田先生の言葉だけは、かなり長期にわたって、場合によっては「原発事故?ああ、そんな出来事が昔あったようですね」と人々が言い交わすような時代が来ても、まだある種のアクチュアリティを保っているのではないかという気がする。切迫した事態にてきぱきと対処するためにはクリアカットで、ロジカルで、具体的な言葉が必要だ。けれども、鷲田先生がめざしているように、そのような危機的事態をもたらした長い文脈を底ざらえするような言葉を語ろうとすると、言葉はずしんと持ち重りしてきて、自重でねじれ、たわんでくる。
このシンポジウムでは種別を異にするいくつかの語種の言葉が語られた。そのそれぞれの知見を読者のみなさんそれぞれの度量衡に基づいて掬していただきたいと思う。岩田先生のご奔走によって実現したこの試みにおいて提言されたうちのいくつかが実を結ぶこと、ここで示された知見のいくつかが長く読者たちの心にとどまることを一人の参加者として願っている。

最後になったが、東日本大震災によって今も苦しんでいる多くの人々に一日も早く穏やかな生活が戻ることを心からお祈りする。また、シンポジウムの書籍化のためにご尽力下さった技術評論社の安藤聡さんの献身的なお骨折りにもお礼を申し上げたい。

2011年10月
                              内田樹