ミスマッチについて(再録シリーズその3)

2011-08-29 lundi

2011年4月26日
 
震災復興と原発処理で政府の動きがもたついている。非常事態なのだから、手順通りにことが進まないのは仕方がない。だが、役所的な慣例やマニュアルは非常事態に最適ソリューションを選択する場合にしばしば阻害要因となるということは覚えておいた方がいい。
阪神大震災のとき、私の友人の外科医はニュースを見て、すぐに車に医薬品を積み込んで、東京から神戸までやってきた。市役所を訪ねて、どこで医療活動をすべきか訊いたが、市庁の役人はボランティアの医療活動はまだ制度整備されていないし、宿泊や食事の手当てもできないので、とりあえず帰ってくれと彼に言ったそうである。医者は仕方なく近くの小学校で場所を借りて、勝手に外科診療を数日間行ってから東京に戻った。
今回の被災地でも、避難所に300枚毛布が届けられたが、被災者が500人いたので、不公平になるといけないという理由で毛布を配布しなかったという事例が報告された。
被災地の自治体職員が職務に忙殺されていることはよくわかる。支援したいというサプライ・サイドと支援して欲しいというデマンド・サイドの需給関係の一致をはかることがどれほどむずかしいか、それもよくわかる。けれども、こういう場合に「需給が一致しなければ、支援の申し出を断る」という判断はありえない。
経済学の用語で「欲望の二重の一致」という言葉がある。ある商品を売りたいと思っている人間と、他ならぬその商品を欲しがっている人間が出会う確率は天文学的に少ない。「欲望の二重の一致」が果たされなければ交換は行うことができないというルールを採用していたら、人類はいまだに旧石器時代のままであっただろう。
支援活動において、需給の一致をめざすのは原理的には正しい。けれども、それが実現しなかったからといってサプライを停止すべきではない。ふだんの経済活動においてさえ、需給関係というのは「ミスマッチ」なのである(だから在庫の山ができ、株価が乱高下するのである)。まして今回のような大規模災害に対する救援活動では「供給と需要が適切に対応していない」というのは「当たり前」なのである。「そういうものだ」と肚を括るしかない。
東京のある医大は震災の第一報を聴いて、自治体からの要請も厚労省の指示もないまま、その夜のうちに医療チームを派遣した。「それが医療者の仕事だから」と理事長はこともなげに言った。見識だと思う。