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生身の弱さについて

平川くんと新春の「たぶん月刊話半分」の収録を久が原の平川くんの家で行う。
平川くんのご実家を訊ねるのは40年ぶりくらいである。
久が原の街のたたずまいは昔とほとんど変わっていない。
子供の頃は、21世紀になるころはエアカーに乗って、銀色の宇宙服着て、宇宙ステーションみたいな学校に通うようになると信じていたけれど、ぜんぜんそんなふうにはならなかったね、とふたりで歩きながらぼそぼそ話す。
90年代のバブルの頃、街の様子ががらりと変わりそうになったけれど、それも一時のことだった。
人間は「ヒューマン•スケール」からはなかなか抜け出せないものだ。
生活の惰性というのは侮れないね、という話をして、頷き合う。
ラジオの主題はイデオロギーと生活感覚の癒合と乖離について。
空理空論のイデオロギーは危険なものだけれど、日本人の場合は、それを生活実感が覆してしまう。
「百日の説教、屁一つ」である。
いくら大義名分を掲げて偉そうなことを言っても、それを語っている当の本人の身体実感が言葉を裏打ちしていないと、「ここがロドスだ、ここで跳べ」という地場からの挑発には対抗できない。
身体実感のある言葉を語っているかどうか、それは久しく知的言説に対する日本の庶人の身にしみた「批評的」規矩であった。
私も平川くんも、高橋源一郎さんも、橋本治さんも、小田嶋隆さんも、町山智浩さんも、それを批評性の根拠としてきたと私は思っている。
けれども、この庶人的批評性には重大な弱点がある。
それは「イデオロギーが身体化してしまった人間の言葉」にはなかなか有効な反撃ができないということである。
日本軍国主義をドライブしたのは、いわゆる「青年将校」的なエートスであった。
これは石原莞爾的な「世界戦略」と「東北の寒村の次男坊三男坊の貧窮と飢餓と劣等感が生み出したルサンチマン」のアマルガムである。
都市の左翼的知識人やリベラル派は、「戦略」は批判できたが、「飢饉の年に娘を苦界に沈める貧農の苦しみが、お前らにわかるか」というタイプの恫喝の前には口を噤んだ。
日本では、このコロキアルな身体実感をもつ言葉と政治的幻想が癒合したタイプの言説が「最強」である。
明治維新も、中国アメリカとの戦争も、戦後の安保闘争も、全共闘運動も、フェミニズムも、それが「白熱した」のは、イデオロギーが身体を手に入れたときである。
私のこの苦しみの身体実感を、お前は想像できるか、追体験できるか、理解できるか、できはしまい…という「被抑圧者の肉声」の前に「市民」たちは黙り込む。
これは私たちの政治文化に深く根をおろした、伝統的な恫喝の語法である。
日本の知識人はこのような語り口に対して効果的に対抗する手段を持っていなかった。
結果的に、肥大した政治的野心をもつ人々は、どんな政治的主張であれ、最後に「お前らのようなぬくぬく暮らしている人間に、オレの苦しみがわかってたまるか」と付け加えて語りさえすれば、誰かも効果的な反論がなされないということを学習した。
これが「最強」であったのは、彼らのいわゆる「身体実感」がフェイクだったからである。
彼らが実感していると称する「オレの生身」それ自体がイデオロギーな構築物だったからである。
ほんとうの生身はアモルファスで、密度に濃淡があり、多孔的で、へなへなしていて、そこいらじゅうに「取りつく島」がある。
私たちが身体実感を批評性の基盤に選んだのは、そこが不俱戴天の対立者をも対話に導きうるぎりぎり最終的な基盤たりうると信じたからである。
言語が違っても、宗教が違っても、生活習慣が違っても、政治イデオロギーが違っても、生身をベースにする限り、私たちは共通のプラットホームに立つことができる。
というのは、生身は疲れ、飢え、傷つき、壊れるからである。
可傷性、有限性、脆弱性が「生身の手柄」である。
どれほど政治的に正しいプランであっても、一日八時間眠り、三度の飯を食い、風呂に入り、酒を飲み、生計を立て、家族を養い「ながら」できること以上のことは生身の人間にはできない。
一時的にはできても、長くは続けられない。
その生身の脆弱性がイデオロギーの暴走を抑止している。
そう信じたからこそ、身体を社会関係の基盤にすえることを私たちは求めてきたのである。
しかし、今私たちが直面しているのは、もう少し複雑な状況である。
私たちの前に立っているのは、自分の身体実感を観念的に操作することのできる人々である。
長い自己欺瞞の訓練によって、イデオロギー主導で、ヒステリックになったり、激昂したり、涙ぐんだりできる人間たちが生まれた。
彼らはそうやって「フェイクの生身」を操作して、イデオロギーに身体実感という担保を付けることに成功した。
戦前の軍国主義イデオロギーの圧倒的な成功は、この「観念的に操作された、作りものの痛み」を縦横に駆使しえたことにある。
「プロレタリアの悲しみが、貧農の痛みが、前線で泥水を啜る兵隊の苦しみが、お前らのような気楽な市民にわかってたまるか」という決めの台詞をかんどころで絶叫すれば、あらゆる市民的反論を封殺できる。
それは民族の集合的経験知としてアーカイブに登録された。
そして、時々そこから取り出される。
60年代のいわゆる「肉体の叛乱」は、この軍国主義の利器を左翼的に奪還する試みであったと私は思う。
その奪還戦は確かに局地戦的には勝利を収めた。
だが、その勝利は「フェイクの生身」という取り扱いのむずかしい政治的な「飛び道具」の定性分析や統御技法の学的とらえ返しをもたらした訳ではなかった。
そのあとフェミニズムという派生物を挟んで、30年ほど身体性の希薄な時代が続いた。
生身の政治学について私たちが忘れかけたころに、再び「それ」は別の意匠をまとって戻ってきた。
私たちの前にいる政治的ポピュリズムである。
ポピュリズムとは、「生身を偽装したイデオロギー」である。
コロキアルで、砕けた口調で、論理的整合性のない言説を、感情的に口走ると、私たちはそれを「身体の深層からほとばしり出た、ある種の人類学的叡智に担保された実感」と取り違えることがある。
そのことを一部の政治家とイデオローグたちは学習した。
侮れない人々である。
彼らの語り口は私や平川くんや高橋さんのそれと表面的には似ていなくもない。
コロキアルでカジュアルな文体の上に、学術的なアイディアや政治的な理念が乗っている。
でも、彼らの話の方がずっと分かりやすい。
彼らは「プロレタリアの苦しみ」の代わりに「普通の人間である、オレの利己心と欲望」をベースに採用した。
おい、かっこつけんじゃねえよ。
お前だって金が欲しいんだろ?
いい服着て、美味い飯を喰いたいんだろ?
それでいいじゃねえか。
隠すなよ。
他人のことなんか構う暇ねえよ。
自分さえよければそれでいいんだよ。
そういう「リアルな実感」の上に「やられたらやり返せ」というショーヴィスムや市場原理主義や弱肉強食の能力主義の言説が載っている。
私たちの言葉と彼らの言葉をわかつのは、そのような下品な言葉に生身の人間は長くは耐えられないという 、私たちの側の「弱さ」だけである。
弱さは武器にはならない。
けれども、最終的に人間性を基礎づけるのは、その脆弱性なのだと私は思う。
平川くんと都知事選の話をしているうちに、そんな話になった。

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2011年01月05日 15:02 に投稿されたエントリーのページです。

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