疑似著作権とブライアン・ウィルソンの気鬱について

2010-06-17 jeudi

『街場のメディア論』脱稿。
もう光文社さんにお渡ししてもよいのだが、なんとなくまだ直したい気がして、手元においてずるずるしている。
著作権のところをもう少し書き足さないといけないかな・・・と思っていたら、北澤尚登くんのところから送ってくる「骨董通り法律事務所」のメールマガジンに興味深い記事が載っていた(北澤くん、いつもありがとう。面白く読んでます)。
その中に少し前(去年の11月投稿)だけれど、「疑似著作権」というトピックがあった。
こんな話。

世の中には、理論的には著作権はないのだけれど、事実上著作権に近いような扱いを受けている(あるいは受けかねない)ケースがある。法的根拠はまったくないか、せいぜいが非常に怪しいものなのに、まるで法的権利があるように関係者が振る舞っている場面。「擬似著作権」と、ここでは名づけよう。
(…) 著作権の保護期間の切れたキャラクターをめぐって、時折「擬似著作権」が生まれる。
例えば、ピーター・ラビット。著者のビアトリクス・ポッターは1943年没なので、死後67経過しており、「戦時加算」を入れても保護期間は切れている。
「戦時加算」とは、アメリカやイギリスなどの旧連合国の戦前・戦中の著作物について、日本での保護期間を最大で 10 年 5 ヶ月ほど延ばすというルール。サンフランシスコ講和条約で日本側にだけ課せられた義務として導入された。敗戦国はつらいのだ。
この結果、1943 年没のポターの戦前の作品は、日本では「著作者の死後 50 年」という原則が更に 10 年 5 ヶ月ほど延びるとしても、2004 年以前に著作権が切れたことになる(2007 年の大阪高裁判決でも確認済み)。
だから、ピーター・ラビットは著作権が消滅した「パブリック・ドメイン」状態にある。「誰がその絵本を出版しようが、絵柄を使おうが基本的には自由」である。
しかし、日本ではそのようには理解されていない。
「ベアトリクス・ポター」や「ピーターラビット」という言葉には商標権があり、「それと似たマークを、類似する商品やサービスに使用すること」は禁止されている。
「商標権があれば、第三者がそのマークを「商標として使うこと」(=商標的使用)は制限される。だが効果は基本的にそこまでだ。商標として使うのでなく、ピーターラビットの原画を誰かが出版するなどの利用では、これを止めることやお金を要求することは、原則としてできない。(…)
商標として主張したところで、一度切れた著作権を復活させたり、無限に延命させる効果は、当然ない。しかし日本では、時に延命できてしまうのである。一見「知財権のような」もっともらしい権利主張に出くわすと、特にその者が欧米の権利者で複雑そうな警告表示をしていたり、強い後ろ盾があったりすると、とりあえず権利があるかのように許可を申請し、高額な使用料すら払う。ライセンス契約にはしばしば、こちらを将来まで拘束するような条件が記載されている。ライセンスを受けたという前例が既成事実化して、自分たち自身をしばる不思議な業界秩序ができあがる。
かくて、時として 100 年も前の作品が「永遠の著作権」を得て、どこかにいる権利者のために日本で高額なライセンス収入を稼ぐ事態が生れる。」(福井健策「疑似著作権-ピーターラビット、永遠の命をおまえにあげよう」)

「戦時加算」というものがあることは知っていたが、それは単に「戦争中はほかのことにいそがしくて、著作権の保護とか使用料の回収とかちゃんとできなかっただろうから、その分はみんな『なし』ね」ということだと理解していた。
そうではないのだ。
敗戦国だけに課せられた「罰金」だったのである。
この一事からも、著作権の扱いがすぐれて政治的なものであることが知れる。
著作権をふりまわして、その使用を制限してまわる人たちの中には、オリジネイターに対する敬意も、作品に対する愛情も、何もなく、ただ自己利益のためにそうしている人が多数含まれている。
私はこういう人たちの言い分に耳を貸すにはどうしてもなれない。
著作権にかかわる逸話でもっとも心痛むのは、ブライアン・ウィルソンのケースである。
ビーチボーイズの初期の名曲はウィルソン兄弟が設立した音楽出版社が権利をもっていた(ブライアンは端的に「自分がもっている」と思っていた)。けれども、グループのマネージャーだった父親は息子たちに嫌われ、音楽活動に首を突っ込むなと言われたことの腹いせに、権利を70万ドルで他人に売り払ってしまった。そのときのことをブライアンは次のように語っている。

「70万ドル? 曲をただで渡すようなものだ。現在そのカタログは、2000万ドル以上の評価を受けている。しかし僕にとっては、それは金で買える類のものではなかった。それは僕の赤ん坊だった。僕の肉体だった。魂だった。そしていま、それはもう僕のものではなかった。」(『ブライアン・ウィルソン自叙伝』、監修・中山康樹・訳中山啓子、径書房、1993年、206頁)

そのようにしてブライアン・ウィルソンは父親から破壊的な精神外傷を受け、長い鬱の淵に淪落してゆくのである。
これはコピーライトの政治的使用のもっとも痛ましい例だろう。
たしかに、父親は法的手続きにしたがって、適法的に権利を行使した。
けれども、その意図はあきらかに「懲罰的」なものであった。
自分に反抗した息子に「罰を与える」ためにそうしたのである。
ほんらいクリエイターを保護し、その創作活動を支援するはずの法的権利がこのようなかたちで運用されるのはまちがったことだと私は思う。
著作権が権利として尊重されるのは、「それがクリエイターを保護し、その創作活動を支援する」限りにおいてであって、この条件を満たさないものについての著作権は認められるべきではないと私は思う。
クリエイター自身ではない著作権所有者が、他人の創作物の使用を制限したり、それについて「返礼」の支払いを要求したりすることに合理性があると私にはどうしても思えないのである。
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