「なんとなく」の効用

2010-04-04 dimanche

合気道のお稽古に行ったら、入会希望者が7人来ていた。
そのほかに見学者が2人。
このペースで入会されていただくと、遠からず道場は「いかなごの釘煮」状態になってしまうであろう。
四月というのは新しいことを始めたくなる季節であるので、毎年四月第一週の入門者というのは多いのであるが、それにしても・・・
私の本を読んで来ました、という人はそれほど多くない。
ほとんどのかたは「なんとなく」ネットで調べているうちに、家の近所にある道場とか、時間の合う道場を見つけて来られたのである。
だが、不思議なもので、確率的に言うと、はっきりしたモチベーションを持って入門した人と、「なんとなく」入門した人では、「なんとなく」の方が長続きするのである。
『あくび指南』にもあるとおり、「友だちに連れて来られた人」の方が「引っ張ってきた当人」よりも本格的になってしまうというのは「ありがち」なことである。
よくタレントのデビュー秘話として、「私に黙って友だち(あるいは姉)がオーディションに私の写真と履歴書を送ってしまい・・・」というのがある。
みなさんは読んで「嘘つきやがれ」と思っておられるかもしれない。
たしかに、事務所が「訊かれたら、そういうふうに答えておけ」と指示している可能性もあるが、私は半分がとこは真実だろうと思っている。
というのは、本人の意志ではなく、誰かにひっぱられって、なんとなく役者になった、とかなんとなく歌手になったという人の方が芸事は「続く」からである。
だって、どうして「こんなこと」をしているのか、本人にもよくわからないからである。
「どうしてこんなことをしているのか、本人にもよくわからないこと」なんか、人間はすぐに止めてしまうとみなさんは思うかも知れないが、そうではない。
逆なのである。
理由のよくわからないことを自分がしているときに、人間は「どうしてこんなことをしているのか」を知ろうとする。
知るためにいちばん簡単な方法は続けることである。
ずっとやって、いろいろな経験をしているうちに「あ、これがやりたくて、やっていたのか」という理由を発見できるのじゃないかなと期待するからである。
役者やミュージシャンをやっている若者がなかなか止められないのは、別に華やかな芸能生活へのあこがれや未練があるからではない。
そうではなくて、「どうして自分が芝居や音楽にかかわることになったのか、その理由が本人にもよくわからない」からである。わかるまでは止められない。気持ちが片づかないから。
人間とはそういうものである。
だから、なにか芸事を始める前には、なるべく「明確な理由づけ」をしない方がいいと私は思っている。
「なんとなく」始める方がいい。
できれば、まわりから「やめろやめろ」と言われたことや、本人も「これは向いてないよな」と思うことをやるのがいい。
ほんとに、そうなのである。
私が60年生きてきて、とりあえず「飯のタネ」になったものは、どれもまわりからは「やめとけよ、向いてないから」と言われたものである。
フランス文学も、合気道も、ミッションスクールの教師も。
やめとけよ、向いてないから、というご指摘はほんとうにそのとおりなのである。
でも、それだけ言われたにもかかわらず「なんとなく、やりたいなあ」という片づかない気持ちが残って、とりあえず、ちょっとだけやってみよう・・・と自分に言い聞かせて続けてているうち、気がついたら、それが生業になっていたのである。
そういうものである。
どうしてそのことを始めたのか、自分でもうまく説明できないものについては、なんとか自分で理由を見つけ出そうとする。
「自分がやったことについては、必ず事後的に合理化を企てる」という人性の自然の帰結である。
だから、逆に、お稽古を一回休むと、ずるずる休み続けて、結局止めてしまうのは、「休んだ自分」を正当化するからである。
「私にはこれがどうも合っていないようである」「だいたい、教え方がよろしくない」「ウチダって、言うこところころ変わるし」「半年も経つのにまだオレの名前覚えてないし(怒)」「寒いし」「痛いし」「ぜんたい身体に悪いと思うね、合気道は、うん」ということになっておやめになるのである。
これは「休んだ自分」を正当化させるために事後的に呼び出された「あとづけ」の理由なのであるが、本人はそれで納得してしまう。
「継続は力」というのは、だからほんとうなのである。
継続すると何か「いいこと」があるのではない。
そうではなくて、「継続している自分」を正当化するために、私たちは「いいこと」を創作(悪く言えば捏造)するので、続けているうちに、気がつくと「いいことづくめ」になってしまうのである。
だから、(何でもいいから新しいことを始めたくて)四月の第一週に、友だちに連れてこられて、「なんとなく始めた」諸君の武道家としての未来はバラ色である。
諸君の健闘を祈る。

追伸:あ、言い忘れましたけど、「結婚」もそうですよ〜。
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