イングロリアスな年の瀬

2009-12-31 jeudi

心を穏やかな大晦日を迎える。
煤払いも「お掃除隊」の活躍で無事終了し、あとはベランダのお掃除を残すばかり。年賀状300枚にネコマンガを書く作業も終わり、あらかた投函した。
年末恒例行事の「晦日に映画を観にゆく」も数年ぶりに復活した。
ようやく『イングロリアス・バスターズ』が観られる。
この二月ほどは映画に行く暇さえなかったのである(映画館で映画を観るのはアン・ハサウェイの『パッセンジャーズ』の試写会以来である)。
『イングロリアス・バスターズ』もそろそろ上映館がなくなるところだった。駆け込みで梅田シネ・リーブルへ。
いや〜面白かった。
『映画秘宝』系の本年度イチオシ映画。
おそらく多くの人が期待したような、爽快感のある戦争映画ではなく、タランティーノの「舞台劇作家」としての才能が開花したすばらしい「室内劇」だった。
冒頭のフランスの酪農家の台所でのランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)と農夫(ドゥニ・ムノシェ)との息詰まるような対話。
タランティーノ自身がインタビューで答えているように、この場面には『トゥルー・ロマンス』におけるシシリアン・ダイアローグ(デニス・ホッパーとクリストファー・ウォーケンの「せせら笑い大会」)に匹敵する緊迫感がある。
尋問を終えたランダ大佐が「私もパイプを吸ってもいいかな?」と質問したときの「おい、まだいる気かよ・・・」という観客の不安は、彼がポケットから取り出した「巨大パイプ」によって増幅する。
パイプは「軍服のポケットのどこにそんなパイプが入る隙間があるんだろう・・・」という大佐の「手持ち」の底知れなさと同時に、農夫が咥えているちびたパイプとの圧倒的な「格の違い」を造形的に表象しており(ヴァルツはインタビューでこの「ひょうたんパイプ」はシャーロック・ホームズの愛用品のレプリカなので、大佐の本性が「探偵」であることを示唆していると語っていた)。
とにかく、私はパイプを見たときに「あ、これはもうダメだ・・・」と観念したのであった(農夫も観念したようであった)。
パイプの取り出しによって一気に力関係が崩壊するというような「小技」がほんとうにうまいのである、タランティーノは。
そしてナディーヌ(私は87年にこの街を車で通過したことがある)の地下のバーでの親衛隊少佐(アウグスト・ディール)とドイツ人にばけたヒコックス中尉(ミヒャエル・ファスベンダー)の「化けの皮がどこで剥がれるか・・・」サスペンスもすばらしかった。
全体としては、クリストフ・ヴァルツの「一人勝ち」である。
ブラピもイーライ・ロスもいい役なのだが、ヴァルツの前ではまるで影が薄い。
タランティーノは「サスペンスを伏流させながら、それでも比較的友好的なトーンで始められた対話がしだいにきしみを立て、ほころび、ささいなきっかけで怒濤のような暴力性のうちに崩落する」という設定がほんとうに好きである。
タランティーノはそういう対話劇を書かせると天才的にうまい。
今回の「室内劇」の中では「ランダ大佐と農夫」「親衛隊少佐とヒコックス中尉」「女優(ダイアン・クルーガー)と大佐」の三対話がそういう構成になっている。ブラピと大佐の対話は二シーンに分割されているが、構造的には同じである。
暴力的なカタルシスがない場合は(『デス・プルーフ』におけるタラちゃんのバーでの蘊蓄話とかは)、微妙にタルいんだけれど、やはりそれはある種の伏線として機能しているのである。
「タランティーノ映画では、人々がどうでもいいような話をだらだらし始めると、その対話の終わり頃には必ず誰かが死ぬ」とわかっていると、それはそれでネタバレになってしまうので、「どうでもいい話をだらだらして、それだけで何も起こらない」という場面もときどき織り込んでおかないといけないのである。
つまりタランティーノ映画というのは、『レザボア・ドッグス』から『イングロリアス・バスターズ』まで、本数を見ていればそれだけ、ある映画のある場面での「サスペンスが効いてくる」という仕掛けになっているのである。
たいしたものである。

映画のあと、梅田の大丸でお買い物。
ムートン(炬燵での昼寝用)と、ムートンのスリッパ(ほかほか)と、バスタオルとフェイスタオル、ネクタイピン(先日二つ立て続けに落としちゃったのである)を買う。奥さんに一週間遅れのクリスマスプレゼントで財布とキーケースを買う。
梅田の駅内のラーメン屋で「たまゆラーメン」を食べ、紀伊國屋書店の店頭に並んでいる『日本辺境論』に合掌(私がのほほんと映画を観ているあいだも、本たちは私のためにこつこつと稼いでくれているのである。ありがとね)。
というわけで、長閑な晦日が終わった。
年末なので、恒例の今年の10大ニュースを考える。

(1)結婚した。
(2)入試部長になった(着任していきなり出題ミスが発覚)
(3)歯を14本抜いた。
(4)『日本辺境論』を出版した。
(5)いろいろな方とお会いした(中沢新一さん、鶴澤寛也さん、岩田健太郎さん、大貫妙子さん、福島瑞穂さん、松井孝治さん、仙谷由人さん・・・)
(6)「店子」の矢内賢二さんがサントリー学芸賞を受賞した。
(7)山本浩二が死の淵から生還した
(8)多田先生の傘寿のお祝いの会があった。
(9)杖道会の初合宿があった。
(10)タムラとクロダが「養成リーグ」から昇格した。

いろいろなことのあった一年であったが、ともかく大過なく大患もなく、無事に年が越せることを天に感謝したい。
みなさまもどうぞよいお年をお迎えください。
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