及び腰ストラテジー

2009-12-19 samedi

普天間基地の移転問題がなかなか解決しない。
問題がなかなか解決しないのは、誰もが満足できるソリューションが存在しないからである。
当たり前のことを言うな、と言われそうだが、「誰もが満足できるソリューションが存在しないとき」に「早く、誰からも文句のでない決定を下せ」と言い立てるのはあまり賢いふるまいとは思えない。
「できるなら、しているよ」
ということである。
「先送り」というのはひとつのアイディアである。
これについてはかつて春日武彦先生から含蓄のあるお話しをうかがったことがある。
精神科に通ってくる患者の中にはしばしば家族関係のしがらみで「どうにも身動きならない」という窮状にあるものがいる。
あちらを立てればこちらが立たずという状況である。
そういうときには「先送り」するという手が有効だと春日先生はおっしゃっていた。
先送りにしているうちに、原因となっていた家族の誰かが死んだり、入院したりすることがあるからね。
家族からその人が「消える」と「しがらみ」はするするとほどけてしまう。
すると、精神科医の出番もなくなる。
「手を拱いているだけでよいのか」と憤る人がいるが、「手を拱いているだけで、何とかなってしまった」ということは人生には実はよくあるのである。
いや、ほんとに。
例えば、本学は「文学部改組」ということを20年ほど前から計画していた。
文学部というような時代遅れの看板ではもう志願者を集められないというので、まわりの大学が次々と「文学部」の看板をおろして「総合人間学部」とか「国際教養情報学部」とか、そういうネーミングに変えていたころの話である。
本学は合意形成にたいへん手間暇のかかる教授会民主主義組織であるので、ときどき思いついたように「改組」の議論をしていたのだが、さっぱり成案ができず、ぼんやり手を拱いているうちに、気がついたら、日本の大学で文学部が残っているのは、もう本学を含めてごくわずかになってしまった。
そしたら、「それでも文学部に行きたい」という少数の高校生たち(がいたんですね)にとっては残り少ない選択肢となって、安定的に志願者を確保できるようになった。
これなどは「手を拱いているうちになんとかなってしまった」好個の適例である。
国際関係は複雑な要素の絡み合いであり、どのような外交的難問にも「一般解」というものは存在しない。
そのときは罵倒されたが、後から考えたら「すばらしい決断」だったと言われることもあるし、そのときは絶賛されたが、後から見たら「希代の愚行」だと評価されることもある。
アメリカは飛び地のアラスカ州を1867年にロシアから720万ドル(1平方キロあたり5ドル)で購入した。
当時、交渉に当たった国務長官スワードは「巨大な冷蔵庫を買った男」と国民的非難を浴びた。
その後金鉱が見つかったら、たちまち非難の声は止み、さらにその後東西冷戦時代にはいるとアラスカが国防上の要害となった。
いま「アラスカ抜きのアメリカ」を想像できるアメリカ人はいない。
禁酒法は1919年に国民的な支持を得て成立したが、たちまち密造酒がギャングの収入源となり、警官、司法官の汚職がはびこり、1933年に廃止された。
外交的決断もそれと同じである。
リアルタイムの世論の賛否と、ソリューションの決定の適否のあいだにはあまり(というかほとんど)関係がない。
それは世論の形成者(ジャーナリストとメディア知識人)が「未来の未知性」を軽んじる傾向にあるからである。
未来はどうなるかわからない。
だから、とりあえず「まあ、このへんで・・・」というように政策選択においては「及び腰」になるのが正しいのである。
だって、未来にどのような意外なファクターが到来するかわからないからである。
外宇宙から致死的なヴィールスが隕石に乗って地上に墜落したが、地球が温暖化していたせいで棲息の温度条件が合わず、繁殖できずに死に絶え、おかげで人類は生き延びた・・・というようなことだってあるかもしれない。
いや、ほんとに。
「人生万事塞翁が馬」である。
塞翁の飼っていた馬が逃げ、「なんて不幸な」と思っていたら、その馬がすばらしい馬群を率いて戻ってきたので、「わあ、ラッキー」と思っていたら、その馬に乗った息子が落馬して足を折り、「なんて不幸な」と思っていたら、そのせいで息子が徴兵を免れ、「わあ、ラッキー」と思っていたら・・・(以下無限に続く)
だから、「これが最適解です」と胸を張って政策を提言するのは止めた方がいい、と申し上げているのである。
それはその政策が間違っているからではなく、「そこそこまとも」な解であったかどうかは「蓋を開けてみないとわからない」からである。
だから、「なるべく蓋を開けるのを遅らせる」というのは、とりあえず政策決定に際しては、「しばしばそれによってこうむる損失の方より、それによって得る利得の方が大きい」ソリューションなのである。
だから、鳩山首相も「のちほど最適の政策を提出します」など未練がましいことを言わず、「何が最適解だかぜんぜんわからないので、とりあえず先送りして、もうちょっと様子を見ることにしました」ときっぱりとした「及び腰」を示せばよろしいかと思う。
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