アドベントの死のロード

2009-12-11 vendredi

今年最後から二番目の東京「死のロード」。
初日のスケジュールは両国で、ちゃんこを食べて「相撲甚句」を聴きながら中沢新一さんとの対談シリーズ最終回。
どうして「ちゃんこ相撲甚句」という設定になったのかは不明。
中沢さんとの対談は4回目、ここまで霊性、死と演劇、異界とのインターフェイスと続いた最終回は農業と贈与経済の話になる予定だったのだが、相撲甚句を聴いているうちに、古代芸能の話になり、国見国誉めの話になり、在原業平の性的冒険と異族混血戦略の話になり、アフリカの遺伝子がどうやって日本列島にたどりついたかという話になり、熊楠と昭和天皇のキャラメル箱の話になり、文字通り話頭は転々して奇を究めて、たいへん面白かった。
中沢さんは「知らないことはない」博覧強記の人である。何を訊いても「それはね」とすぐに答えてくれる。守備範囲はハイカルチャーからサブカルチャーまで、時代物から世話物まで、聖俗の全域にわたる。
両国から神保町に移動して、さらに驚嘆すべき「ここだけの話」をうかがう。
「大阪アースダイバー」篇での再会を約して、すずらん通りでお別れする。

一夜明けて、朝11時から朝日新聞の忠鉢信一記者の取材。
お題は「日本人とサッカー」。
忠鉢記者はジュニア時代に日本代表のセンターフォワードだったというアスリート。スポーツのことを頭ではなく、身体で考えるタイプであるので、私とは何となく話が合う。
そのあと足立さんが来て、今度は『週刊朝日』の石塚知子記者による取材。
「2010年はどういう時代になるか」という新年号特集のためのインタビュー(『日本辺境論』の販促を兼ねる)。
「これから日本はどうなる?」的「当たるも八卦当たらぬも八卦」的妄言は私のもっとも得意とするところであるので、思いつくままに「超高齢超少子化時代の産業構造とマインドセットの変化」について予言を述べる。
つねづね申し上げているように、予言には遂行性というものがあり、予言したことは予言しなかったことよりも現実化する可能性が高い。
「若い人たちは第一次産業に向かいます」「贈与モデルに基づく新しい経済活動が始まります」「仏教の僧侶たちがあらたな文化的指南力を発揮します」「道場や寺子屋的な学び場を軸として地域共同体の再構築が始まります」といった、「日本がそうなるといいな」と私が個人的に妄想していることを次々と予言してしまう。
言っておくと予言が成就してしまうところが不思議である。

続いて、夕方は柏書房のナカノさんが来る。
これは仕事の話ではなくて、「アラフォー世代」をどうやって結婚に誘導するかという個人的な悩みについてのご相談。
この世代はフェミニズムとバブル経済というふたつの経験を刻印されている。
フェミニズムは「自己責任において自己決定する自立した主体」であることを要求し、バブル経済は「消費活動を通じてのみアイデンティティーは基礎づけられる」というイデオロギーを刷り込んだ。
その結果、「私の消費活動については、誰にも容喙を許さない(介入を許せば、私の主体性は損なわれる)」という確信がこの世代に「呪い」のように刻み込まれたのである。
罪作りなことをしたものである。
むろん、そのような確信を内面化したままで結婚し家族を形成することはきわめて困難と言わねばならぬ(それは間断ない「主体性の危機」と「自己実現の阻害」として経験されるであろう)。
この「呪い」を解除するためには、アイデンティティーについての別様の定義を採用するしかない。
この「呪いの解除」がおそらくはこの世代の女性たちの喫緊の思想的・実践的課題となるであろう。
というような話をする。

続いて、東京會館にてサントリー学芸賞の授賞式。
うちの「店子」の矢内賢二さんが『明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎』で受賞されたのである。
よいタイトルである。
ちゃんと「そらとぶごだいめ・きくごろう」と8モーラ/5モーラになっているところがよい。
錚々たる受賞者に並んで、矢内さんが相変わらずの飄々たる風情で味のある受賞スピーチをする。
パーティにはアルテスのスズキくん、新潮社の三重さん、講談社の岡本さんはじめ旧知の新聞社、出版社の人々がたくさん来ている。
「ウチダさんも『こういうところ』に来るんですか?」と何度も訊かれる。
私がこういう社交的な場所にいるのがそんなに意外なのだろうか。

矢内さんの祝賀パーティに移動。
渡辺保、池内紀、萩尾望都、松井今朝子、三浦しをん・・・と、矢内さんご夫妻のネットワークの厚みと広がりに驚く。
鶴澤寛也さんに前回のワークショップのお礼を申し上げる。
刈部謙一さんとさきほど会ったばかりの忠鉢さんにご挨拶する。
最後に橋本治さんが暖かい祝辞を述べる。
橋本さんに「私のし残した仕事をするのは矢内さんです」と宣言されてしまった。
古典芸能の擁護と顕彰のために、みなさんの期待通りの仕事をこれからきっと矢内さんは果たされるであろう。
がんばってね。
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