教育=贈与論

2009-10-22 jeudi

めぐみ会奈良支部で講演会。
めぐみ会というのは会員30000人を擁する本学の同窓会であり、つねづね申し上げているように、本学の重要なステイクホルダーなのである。
私の「教育はビジネスの語法では語ってはならない」という教育論は学内的には「非現実的」「思弁的」というご批判をいただくことも多いのであるが、同窓会内部には支持者が多い。
同窓生たちの中には億単位の寄付を遺贈する方が少なくない。
それは別にスーパーリッチな卒業生が多いという意味ではなく、彼女たちが「教育というのは本質的に『教える側の持ち出し』である」ということをご存じだからである。
少女時代の数年間を女学院で過ごした人々が、そこで経験した「教える側の持ち出し」という原事実の重さを、齢を重ねるについて思い知るということがあるからこそ、晩年に至って、「お返し」をしなければならないというふうに考えるのである。
昨日お話しした同窓生の方は大正15年生まれ、私の母と同年であったが、その方が「年を取るにつけて、母校がほんとうにいい学校だったんだなという感がだんだん強くなるんです。ふしぎですね」と言われた。
「贈与を受けた」という原体験をもつ人しか「反対給付の義務」を感じない。
ただ、この「贈与」ということを「価値あるものを受け取った」というふうに解してはならない。
そうではなくて、「どういう価値があるのかよくわからないものを受け取った」というのが「贈与」の本義なのである。
贈与されたものが何を意味するのか、何の役に立つのか、それを知るために、長い時間とさまざまな経験を要するようなもの、そのような贈り物だけが「贈与」の名に値する。
学校教育の目的は、学ぶ側に「十分に努力したので、努力にふさわしいだけの報酬を得た」という合理的な達成感を得させることにあるのではない。
そうではなくて、そこで自分が「求めていた以上のもの」「求めていた以外のもの」を受け取ってしまったのだが、それが何であるかがよくわからないので、それを知るために、そのあと長い時間を生き、さまざまな経験を経巡らなければならなかった・・・という行程の全体をふくむものが教育なのである。
私はよく「卒後教育」という言葉を使う。
もちろん、そんな言葉は教育学の用語には存在しない。
しかし、教育のアウトカムというのがいつどういうかたちで教育を受けた人において物質化するのかは誰にも言うことができない。
卒業後数十年して、臨終の床において、「ああ、なんて幸福な人生だったのであろう。今にして思えば、私が幸福であったのは、はあの学校で学んだことのおかげだった」と述懐した場合、その人において「卒後教育」は臨終の際まで継続していたことになる。
というのも、彼女が受けた教育の「適切さ」は、学校そのものに内在していたのではなく、教育を受けた彼女自身がみずから幸福になることによって、事後的に、実存的なしかたで証明したものだからである。
自分が受けた教育の適切さを、自分自身が愉快に、気分よく人生を送ったという事実によって遡及的に証明すること、それが「卒後教育」というダイナミックなプロセスである。
「卒後教育」の主体は学校ではない。本人である。
これは「自己教育」なのである。
けれども、この自己教育が発動するためには、「自分はいったいこの学校で何を習ったのかがよくわからない」という「謎」が必須なのである。
学んでいるとき、学び終えたときに、自分が何を学んでいるのかを学んでいる側が熟知しているような教育課程では「謎」が生じない。
謎が生じるためには、そこに必ず「求めている以上のもの」「求めている以外のもの」がなければならない。
それが何かを理解するためには、人を愛し、憎み、人を信じ、裏切られ、ものを創り出し、破壊し・・・という長い歳月と経験が必要な、そのような「謎」が学校教育の本質をなしている。
教育の目的はただひとつである。
それは人を成熟に導くことである。
誰も人間を他動的に成熟させることはできない。
人間を成熟させるのは自分自身である。
そのためには主体の側に「成熟しなければならない」という強い決意が必要である。
ひとが「私は成熟しなければならない」と思う理由はひとつしかない、それは「成熟しなければ、理解できないことがある」からである。それが理解したいからである。
教育の「謎」は「どうしてこの人は私にこのようなものを贈与するのか?」という問いのかたちで構造化されている。
もし、その贈与が対価とつりあうものであれば、それはすこしも「謎」ではない。
なるほど、私がこれだけのものを支払ったのだから、これが手渡されたのだなということに納得がいけば、それは「謎」ではない。
それはただの等価交換である。
等価交換をどれほど積み重ねても人は成熟しない。
「私が今使っている価値の度量衡では計測できない価値」について知りたいと思うことはない。
私たちは、「それが何を意味するのかが、今の私には理解できない贈り物」が手渡されたときにのみ、その意味を解明するためには「成熟しなければならない」と思い始める。
教育はだから「教える側がまず贈り物をする」ところからしか始まらない。
教育を市場の言葉で語ることが虚しいのは、凡庸なビジネスマンたちはまず「ニーズ」が存在し、それに対して「サプライ」があるという継時的なかたちでしか需給関係を構想できないからである。
真に優れたビジネスマンは、経済活動においてさえ、その本質は「贈与」にあることを知っている。
「最初の一撃」はつねに「なんだかよくわからないものの贈与」としてしか始まらない。
あるいは、「なんだかよくわからないものを贈与された」という自覚(または勘違い)からしか始まらない。
そこから交換が始まる。
反対給付を動機づけるのは、「贈与された」という事実ではない。「なんだかわからないものを贈与された」という事実なのである。
というようなことを、もっと具体的にお話しをする。
例によって、頭も尻尾もないような話であったが、めぐみ会の会員のみなさんはたいへんオープンマインドな方ばかりなので、あたたかい拍手を浴びる。
おみやげをいろいろいただき、車で神戸まで帰る。
めずらしく日のあるうちに神戸に戻れたので、そのまま足を伸ばして元町の大丸へ行って、買い物。
半年ぶりくらいのデパートなので、発作的に大量の買い物をする。
セーター二枚、靴下二足、パンツ二枚、Tシャツ一枚、シャツ一枚、マフラー一個、鞄二個。
なぜ鞄を二個もまとめ買いしたのか、よく理由がわからないが、私は「鞄フェチ」なのである。
納戸は鞄ばかりであるし、中には使ったことのない鞄もあるのだが、鞄売り場にゆくと頭がくらくらしてしまうのである。
一気買いしたので、たいへん幸福な気分になる。
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