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日本の核武装は可能か?

オープンキャンパス初日は大雨の中で始まった。
それでもずいぶんたくさんの高校生や保護者たちが来てくれた。
10時半ごろに雨が上がり、昼過ぎには晴れ上がる。
やれやれ。
あちこちのブースを訪ねて、「ごくろうさま」と声をかけて歩く。
私の仕事はそれだけ。
水戸黄門の諸国漫遊みたいな仕事である。
部屋に戻ると、毎日新聞の広岩さんが来て、現代政治のイデオロギー的動向についての取材。
取材されるというより、私の方がいろいろお訊ねする。
言論の右傾化は想像よりもずいぶん進行しているようである。
Will系論客たちの講演会では、九条の廃棄と核武装を求めるタイプの言説に高齢者から若者までが拍手喝采するのだそうである。
困ったものである。
九条についてはもうずいぶん書いたから、今さら書き足すこともない。
核武装について、もう一度基本的なことを確認しておきたい。

私は日本の核武装というオプションは政策的選択肢としては「あり」だと思っている。
あらゆる政策的選択肢は先入観ぬきで、そのメリット、デメリットについて考量的に吟味する必要があるというのは、私の変わらぬ信念である。
だが、核武装のメリットとデメリットについて中立的な視点から論じるという人はほとんどいない。
「核武装すべき」か「すべきでない」かまず結論があって、それからその結論を基礎づける論拠をランダムに列挙する、というのがこの議論にかかわる人々の基本パターンである。
私はこういう議論の仕方を好まない。
それよりは、結論はとりあえず棚上げして、その政策を選択するとどのようなメリットデ、メリットがあるのか、それを「算盤ずく」で思量するという態度が望ましいと思う。

核武装することのメリットは何か?
「核攻撃に対する報復力が向上する」ということである。
とりあえずは、これだけ。
核兵器をブラフに使って外交交渉や国境線確定を有利に導くことも可能であるが、これは銃砲店に行って「何に使うんですか?」と訊かれて「強盗するの」と答えるようなものであって、実際にそう思っていても、口に出してはいけない。
だから、核武装論者もこれは言わない。
デメリットはどうか。
これはあまりに多い。
まず外交的な点から。
核武装の意図を明らかにした段階で、中国と韓国と北朝鮮とロシアとASEAN諸国が猛然とこれに反対する。
日本の核武装を支持する、あるいは中立的に立場を維持する国があるのかどうか、私にはよくわからない。
もしかすると、インドやパキスタンやイランは「核拡散防止」政策の欺瞞性を非難してきた建前上、「反対できない」という態度をとるかもしれない。
だが、たぶんそれくらいだろう。
とりわけ、近隣諸国はかつて大日本帝国に軍事的侵略を受けた経験からきびしい反対の声を上げることが確実である。
反対運動がどれほどのレベルのものになるか、精密な予測は不可能であるが、大使館の引き上げや外交関係の断絶にまでは行かないにしても、経済活動や投資や人的交流などに深刻な支障が出ることは間違いない。
中国やASEAN諸国との通商経済関係が長期的に滞った場合に、それがわが国のGDPや日経平均株価や雇用環境や賃金にどれほどの影響を与えることになるのか、これはクールな頭で試算してみる必要があるだろう。

もう一つのハードルはアメリカである。
アメリカ市民のうちで日本が核武装することに賛成する人はほとんどいない。議会にも、ホワイトハウスにもいない。
オバマ大統領は「核なき世界」を21世紀の世界像として堂々と提出したが、このヴィジョンを論破しなければならない。
それは「誰でも自由に核武装できる世界の方が、核武装に制約がある世界よりも望ましい」という主張について国際社会の同意を集めるということである。
日本の総理大臣にそのような理論的準備があるのだろうか。
私は懐疑的である。
日本の報復力が向上することが、同時に自国の国益増大につながると思っている国がいくつあるか。
私はひとつも思いつかない。
とりわけアメリカは日本の核武装によって失うものが多い。
アメリカ軍の日本列島におけるプレザンスは「米軍には核兵器があり、日本の自衛隊には核兵器がない」という兵力の非対称性でもっている。
核兵器があれば、日本はイーブンパートナーである。
もう軍事的属国ではなくなる。
これまで「命令」で済ませていた行動について日本側の「同意」や「承認」が必要だと言い出したらアメリカの将軍たちは露骨に不快な顔をするだろう。
アメリカの産軍複合体も反対する。
核武装は通常兵器の削減を可能にするからである(だから貧しい国ほど核武装したがる)。
そして、日本は通常兵器のほとんどをアメリカから言い値で購入している。
兵器市場のシュリンクをアメリカの産軍複合体はまったく喜ばないであろう。
だから、最終的には、アメリカが日米安保条約廃棄、在日米軍基地撤去というカードを切ってくることは覚悟しておいた方がいい。
その場合には「米軍の空白」を埋めなければならないことになる。
防衛予算に国家予算の相当部分を充当しなければならない。
医療も福祉も教育も地方分権もすべてあとまわしで、とにかく持ち金をあらいざらい投じて兵器を買い集めるしかない。
むろんそれだけの数の兵士の補充が必要である。
徴兵制についても当然その導入を検討することになるだろう。

こうして日本列島は国際的に孤立し、核兵器という毒性のつよいカードを手に綱渡り的な外交を展開する軍事国家になる。
これは東アジアのどこかの国と「そっくり」である。
なるほど、「日本を北朝鮮化することによってのみ日本の国防は成就できる」という考え方には一理あると私も思う。
けれども、そういう政策を主張している人々が、彼ら自身が北朝鮮をモデルに国家戦略を考案しているという事実に気づいていないという知性の不調にはつよい不安を抱かざるを得ないのである。


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2009年08月02日 13:24 に投稿されたエントリーのページです。

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