株式会社立大学の末路

2009-06-19 vendredi

株式会社が設立した LEC リーガルマインド大学が、入学者の減少などから、来年度以降の学部生の募集を停止すると発表した。
LEC 大学は、資格試験対策の予備校「東京リーガルマインド」が2004年に設立した。
全国に14キャンパスあったが、志願者減少に伴い募集停止や統廃合を行い、今年度は千代田キャンパスのみの募集であった。
今年度の入学者は、定員160人に対して18人。累積赤字は30億円に達していたという。
2007年1月には、専任教師の大半に勤務実態がない、ビデオを流すだけの授業を行っていたなどとして、文部科学省から改善勧告を受けていた。
株式会社立の大学については、これは高等教育機関としては機能しないと私は最初から言い続けてきた。
「教育はビジネスではない」からである。
「教育はビジネスだ」と信じた人たちが構造改革特区制度を利用して、わらわらと大学経営に参加してきたのが、2004年のことである。
“小泉構造改革” を象徴する風景であった。
日本の教育が崩壊しているのは、教育者にビジネスマインドがないからであると、その頃、メディアは口を揃えてそう唱和していた。
「市場による淘汰に委ねれば、真に有用な教育機関だけが生き残るだろう」というロジックそのものに疑義を呈したメディアは私の知る限り一つもなかった。
「マーケットは間違えない」
人々はそう信じていた。
バブル崩壊から、何を学習したのか知らないけれど、この信憑は2008年9月のリーマンショックまで生き延びた。
2006年10月に、安倍内閣の下で、グローバリズム教育論の醜悪な集大成であるところの「教育再生会議」が鳴り物入りで登場する。
このビジネスマインド一色の教育諮問機関が日本の教育崩壊の流れを食い止めるだろうと人々は期待した。
つい「昨日」のことである。
そのときに賑やかに市場原理の旗を振っていた諸君にまずいくつかお聞きしたいことがある。
もう一度お訊ねしたいのは、「教育はやっぱりビジネスですか?」ということである。
株式会社立の大学の起業者たちはおそらく「ビジネスマインド」に横溢されていたのだと思う。
「教育投資が短期的かつ確実に回収できる実学だけを教える教育機関」こそは、「夢見がちな」教育理念や「非現実的な」教育方法にこだわっている旧弊な大学を蹴散らして、市場の勝者となるはずであった。
たしかみんなそう信じていたはずである。
ところが、予想に反して、株式会社立の大学は「市場の勝者」とはならなかった。それどころか、どこも危機的状況にある。
2006年開学のLCA大学院大学はすでに2009年度から募集を停止している。
「企業家輩出機関を理念とし、概念的なノウハウだけでなく、実業子会社で培った実戦的ノウハウをもとにコンサルティングを手がけてきた日本 LCA が、独自の経営ノウハウと実業子会社というフィールドを生かして、次代を担う企業家を育成するために設立した」大学院が、である。
経営のノウハウを教える教育機関が経営破綻した場合、説明の可能性は二つある。
一つは、「経営のノウハウ」を教えることを謳ったこの教育機関の経営者たちが実は「経営のノウハウ」をよく知らなかったということである。
魅力的な解釈だが、私はこれをとることを自制する。
私がとるのは、教育機関の経営にはいわゆる「経営のノウハウ」が適用されないという解釈である。
教育はビジネスマンが来るべき場ではなかったのだと思う。
そういう理解でいかがだろうか。
黙って教育の世界から消えてくだされば、それで私の方は構わない(別に私なんかに構われようと構われまいと、先方にとってはどうでもよろしいであろうが)。
LECの他でも、TAC大学院大学は2006年に開学を予定していたが、受験生パンフレット内容に法令違反があり、文科省から厳重注意を受け、結局、開学申請を取り下げた。サイバー大学をめぐる騒ぎについては、このブログでも過去に取り上げて論じたことがある。
株式会社立大学はどこも困難に直面している。
おそらくその過半は遠からず「市場から退場」することになるだろう。
「市場は企業の適否を決して間違えない」というゲームのルールは彼らが最初に提案したものである。
そうである以上、彼らにはこの事態を説明するときの選択肢はあまり残されていない。
「私たちは失敗したビジネスマンである」とカムアウトするか、「市場は生き残るべきものの適否の判断を過つことがある」と認めるか、いずれかである。
どちらの選択肢を選んでくださっても構わないが、日本の未来を考えるなら、できればより生産的な第二の選択肢を選んでほしいと思う。
そして、ビジネスマンの教育への参入、教育を市場原理によって律することを歓呼の声で迎えた “有識者” 諸氏には、可能であれば、ぜひ自省の言葉を聞きたいと思う(もちろん誰もしないとは思うが)。
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