東京出張4日間ツァー初日。
今回の東京ツァーは既報のとおり、大学のアートマネジメント副専攻の「アートマネジメント演習」のインターンシップのための旅行である。
国立劇場のヤナイさんにアレンジしていただいて、義太夫の会のお手伝いをさせていただくのがメインの仕事なのであるが、インターンシップというのは知識や技術のことではなく、学生さんたちに見たことのない「プロの仕事」のたたずまいをお示しすれば、それで十分であると私は思っている。
仕事を説明する百万語よりも、ひとりの「プロ」の経験の奥底からわき出してくる、さりげない一言の方がずっと学生にとっては教育的である。
今回のツァーでは、とにかくヤナイさんという人が現場でどんなふうに人と接し、どんなふうに仕事を割り振り、どんなふうに予想外のトラブルに対応するか、それを砂かぶりで見て貰うだけで十分だと思っている。
実際にやる仕事は、キップのもぎりや物品販売や楽屋弁当の配達とかそういう「雑巾がけ」である。
けれども、現場にいるとわかるけれど、どのようなクリエイティブな仕事だって、要はそのような「雑巾がけ」の集積なのである。
「私は『そんな仕事』のためにここにいるんじゃない」といって腕組みしているような人間は、どんな現場でも使い物にならない。
どんな仕事をするのかは自分で決めるのではない。
「これやって」というかたちで負託されるものである。
これから仕事を覚えようという人は「これやって」と言われて「そんな仕事はできません」という言葉は口にしてはならない。
「そんな仕事はバカバカしくてできません」という場合でも、「そんな仕事は私の手に余るのでできません」という場合でも、それを口にしたら、とりあえずしばらくは誰からも仕事は頼まれない。
「しばらく」で済めばいいが、場合によっては「それっきり」ということもある。
つねづね学生さんたちに言っていることだけれど、「キャリアのドアにはドアノブがついていない」。
ドアは向こう側からしか開かないのである。
自分でこじあけることはできない。
そういう基本的なマインドだけを学んでくれれば、インターンシップの教育目的はほとんど達成されたと言ってよい。
私が学生たちに見てほしいのは、ヤナイさんの「働きぶり」である。
ヤナイさんはこのインターンシップの受け入れ先と JOT の責任者という仕事を自分で選んだ訳ではない(まさかね)。
「大家」である私にいきなり「店賃」がわりに「これやって」と言われて、(泣きながら)引き受けたのである。
「正直いって、シロートさんお面倒なんか見ている暇ないんだけどな…」という思いと、「インターンシップていうけど、ほんとにこれでいいのかな…」という思いに引き裂かれつつ、「ウチダさんに『これやって』って言われたからしかたないよな」ということで、全力で、かつ笑顔を絶やさずに、やっておられるのである。
そういうことができる人だから、「プロ」として現に多くの「プロ中のプロ」に信頼されているのである。
そこを見てほしいのである。学生諸君には。
新大阪に9時半に集合して、新幹線で東京へ。平河町のシックなホテルに投宿(最安パッケージだったので、予想にくらべてあまりにきれいなホテルだったので、びっくり。シモヤマくんありがとね)。
ヤナイさんにホテルまでお迎えに来ていただき、とりあえずお茶しながら、明日の仕事の概要を説明してもらってから、仕事の分担を決める。
それからヤナイさんのご案内で、今日のスペシャルイベント、薩摩琵琶の会に、南青山の銕仙会の能楽堂へ。
橋本治さんの新作「嶋の為朝」の初演を拝見する。
薩摩琵琶というのを拝見するのははじめてのことである。
邦楽というのは、日本人にとって「自分たちの音楽」ということである。
だから、「何をやっても、すべてオーセンティック」という特権を享受できる。
その特権を十分に駆使した、すてきなパフォーマンスであった。
会場でひさしぶりに橋本さんにお会いする。
いまはなき『月刊現代』の企画で関川夏央さんと鼎談して以来である。
これは関川さんと私がホストになって、毎回ゲストをお招きして、わいわいおしゃべりをするという、たいへんナイスな企画だったのであるが、『現代』の休刊により、一回だけで終わってしまったのである。
ヤナイさんのご案内で、橋本さん、橋本さんのエージェントの刈部さん、プロデューサーの長嶺さんたちと原宿でお食事会。
学生たちは席に就くやたちまち橋本さんの本を取り出して「サインお願いします」とにじり寄る。
『桃尻娘』の83年版の文庫本や『手とり足とり』編み物本や、ずいぶんと年季の入った本が取り出される。
聞けばどれも自宅の本棚に所蔵されていたものの由。
なんと親子二代で橋本治の読者なのである。
なんと。
その橋本さんからあふれるような「珠玉のおことば」を賜る。
橋本さんというのは、「こどもにもわかるように大人の叡智を語ることができる」希有の人である。
聞きながら思わず私も襟を正すような、味わい深いおことばであった。
橋本治さんからそれを直接聴くことができたのは、彼女たちにとって、きっと生涯忘れることのない貴重な思い出となるであろう。
明日のイベントには長嶺さんが「仕切り役」で学生たちを指導してくださるし、橋本さんも観客としてお見えになるそうである。
学ぶことの多いインターンシップになるとよいのだが。
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(2009-04-18 23:14)