ロードは続く

2008-08-01 vendredi

死のロードがまだ続いている。
水曜日は横浜の朝日カルチャーセンター。
能楽師の安田登さんと対談。
能楽における身体と霊性について。
安田さんとお会いするのは、『考える人』の対談以来、一年ぶりくらいになる。
控え室でお会いして、すぐに話し始め、そのまま会場で続きを話して、さらに河岸を変えて、中華街でも話し続ける。
ひさしぶりにお会いして、話したいこと訊きたいことがたくさんたまっているので、話がさっぱり終わらない。
たいへん面白かった(聴衆のみなさんも面白かったらよいのだが)。
安田さんは天性のヒーラーであるので、そばにいて、あの響きのよい声を聴いているだけで身体の奥の方の「こわばり」がほぐされて、深く癒される。

早起きして、ホテルニューグランドで朝ご飯を食べてから、せっかく横浜まで来のだから、みなとみらいに兄ちゃんに会いにゆく。
仕事中を呼び出して、30分ほどお茶。
兄ちゃんはリタイアまでもうカウントダウンだから、たいへんご機嫌である。
羨ましい限りである。
私はあと2年半。
マジックナンバーの点滅を言祝いでよろしいのだが、不安なことに今年の秋には「恐怖の役職者選挙」がある。
教務部長職を2期4年勤めたのであるから、せめて残る2年だけは無役で、じっくり最後の教育活動に没頭させていただきたいと切望しているのだが、楽観は許されない。
秋になると選挙前の恒例の「ネガティヴ・キャンペーン」が始まる。
通常の「ネガティヴ・キャンペーン」は対立候補に票が入らないように画策するのであるが、本学の場合は自分に票が入らないように風評を流すのである。両親が老齢で介護に忙殺されているとか、家庭不和で不眠の日々が続いているとか。
選挙が近づくと、50代の同僚たちは、廊下ですれ違うたびに「いやあ、最近調子が悪くて、もう出勤するのがやっとで・・・」とため息をついて、足を引きずりながら歩み去る。よそから来た人は、なんという不景気な顔の人ばかりの大学かと驚かれることであろう。

兄ちゃんにお別れして、京浜東北線に乗って東京へ。
丸ビルのイタリアンで、今度は『オール讀物』の企画で、鹿島茂さん、三砂ちづるさんと抱腹絶倒「マッチメイク」鼎談。
これはぜひ雑誌を買ってお読みいただきたい。
その中で「ダンパ」という風俗の変遷について鹿島さんが話されたことが興味深かった。
あまりにコアな話題なので、たぶん誌面には載らないだろうから、ここにご紹介するのである。
鹿島さんは68年入学である。
大学に入るとすぐに「ダンパ」の誘いが各種団体から新入生におしよせる。
社交ダンスであるから、ダンパの前にシロートのための「講習会」がある。
駒場の同窓会館や代田橋公民館でダンス部主催の講習会が行われる。
東大生は男子ばかりなので、トン女やポン女から女子学生がパートナー役にリクリートされてくる。
そこでダンス部員指導のもとにレッスンをするわけであるが、これがもう本番のダンパが催行されるより前に、この講習会でばたばたと「できちゃう」んだそうである。
「だってさ、女の子の身体をぐうっと抱きしめるわけでしょ。密着しないと踊れないんだから」
なるほど。
そういうわけで、コンラート・ローレンツの鵞鳥(だったか家鴨だったか)の幼鳥と同じく、大学一年生の男女は生まれてはじめて「ぎう」っとしたりされたりした異性を「宿命の人」と思い込んで、あともどりのきかない恋の道に突き進んでゆくのでした・・・
というお話である。
「だから、その頃はみんな結婚できたんですよ」
なるほど。
でも、そのあとすぐ7月に駒場への機動隊導入があり、大学は一気に政治一色に染まり、「ダンパ的なるもの」それ自体がキャンパスからかき消えた。
私は鹿島先生の2年後の入学である。
70年の五月祭も「ダンパ」はあった。私は空手部員として会場警備をしていたのである。
しかし、それはもうあまり祝祭的な「歌垣」のようなものではなくなっていた。
入学直後の4月5月は「6月決戦」を呼号するお兄ちゃんたちで学内は騒然としており、「ダンス講習会」のようなものに参加する学生はいなかった(いても、目の血走った同級生たちから「プチブル的享楽への召喚を階級的に糾弾」されることは免れなかったであろう)。
私は五月祭のダンパで女の子をナンパしようとしていたおそらく最後の「狩人の世代」の一人である。
「モヒカン族の最期」みたい。
私はそこでトンタンの女の子と、お茶大の数学科の女の子とダンスをした(警備はどうした)。
その顛末については先般不思議な話をご紹介したことがあるので、ここでは繰り返さない。
でも、40年近く前の数分間のダンスのことをそれだけはっきり記憶しているというのは、「ダンパ」がやはり私たちの世代にとっては「ローレンツの家鴨」的にインパクトの強い経験だったということであろう。
とまれ、この鼎談はたいへん面白く、かつ深い人類学的知見にあふれたものとなったので、どうぞみなさん『オール讀物』読んでくださいね。

鼎談を終えて、みなさんにお別れしてから、羽田空港へ。そこから福岡空港へ飛ぶ。
福岡日航ホテルに投宿。
お風呂にはいって、ビールを飲んで、今夜は『文七元結』を聴きながら眠る。
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