心霊的読書

2008-04-27 dimanche

連休が近づいているので、なんとなく気分がうきうきする。
恒例の美山町以外には、別にどこにでかけるというわけでもないが、家の掃除をしたり、ふとんを干したり、夏物冬物整理をしたり、「主夫」的労働に時間を割くことができるのがありがたい。
午前中のやわらかい光を浴びて、モーツァルトを聴きながら、家事労働をしているときが私にとって至福の時間なのであるが、ひさしくそういう愉悦が与えられていない。
ゲラの山は2つ片付いたけれど、まだ残りが3つ。
とりあえず『現代霊性論』から始める。
読み出すと、いろいろ霊の問題に興味がわいてきて、調べ物を始めてしまう。
鎌田東二さんの『呪殺・魔境論』を読む。
呪いと魔境というのは霊性論でも取り上げるトピックであるが、この問題に科学的にアプローチするのはなかなかむずかしい。
鎌田さんは滝行をしているときに二度「幽体離脱=脱魂」を経験したことがあるそうである。
等々力不動における脱魂経験について、鎌田さんはこう書いている。

「ある夜、滝場で、岩と水から発せられる凄まじいエネルギーの圧力に襲われ、その衝撃で吹き飛ばされそうになった。その直後、滝場を出ると、奇妙なことに意識の座が自己の内にではなく、外にあった。しかもきわめて具体的で、右頭上50センチばかりの中空にあるのが自覚できた。しかし、心身はとんでもなく不安定で、落ち着かず、自分が調子の悪い機械仕掛けのロボットのように思えるのである。自分を自分で遠隔操縦しているという感じで、大変不快で、ギクシャクしてすべての動作がおぼつかない。そのうち、このまま意識の座が中空にあり続けたら気が変になってしまうとか、何者かに乗っ取られるのではないかという不安がこみ上げてくる。」(『呪殺・魔境論』、集英社、2004年、177-8頁)

さいわい短い眠りの後に、意識はちゃんと自己の内側に戻ったそうである。
その鎌田東二さんからは先日お手紙をいただいた。
京大でやっている研究会に連携研究員として参加して欲しいという要請である。もちろん、よろこんで入れてもらいますとご返事をした。
私自身は幽体離脱とかクンダリニー覚醒とか空中浮遊とか、そういうスペクタキュラーな経験はないけれど、そういうことを「経験した」と言う人については、その人が信じられる人であれば信じることにしている。
コンテンツではなくて、語る人間のクオリティを基準にしていればこういうトピックでも困ることはない。
以前に、多田先生とヨガの成瀬雅春さんの対談があった。
フロアから成瀬さんの空中浮揚について質問があり、そのときに成瀬さんは「あれは浮くのは簡単なんだけれど、降りるのがむずかしい」と答えて、大受けしていた。
終わった後に、多田先生と五反田駅に向かって歩きながら、「成瀬さん、ほんとに空中浮揚するんですかね」とお訊ねしたら、先生は笑って「成瀬さん本人がそう言うんだから、浮くんだろう」と答えられた。
私はこの骨法を師から学んだのである。
続いてコナン・ドイルの『心霊学』を読む。
サー・アーサー・コナン・ドイルは人も知るスピリチュアリズムの研究者で、シャーロック・ホームズで稼いだ印税を「スピリチュアリズムの伝道」に投じた人である。
私はホームズの推理術というのは、実は「霊能力」によるものではないかと考えている(京極夏彦の発明にかかる名探偵榎木津礼二郎と同じ)。
ホームズのモデルになったのはコナン・ドイルのエディンバラ大学医学部時代の恩師であるジョーゼフ・ベルという人で、この先生は患者が診察室のドアをあけて入ってきたのを一瞥しただけで、出身地や職業や来院の目的である疾病をずばりと言い当てたそうである。
ホームズが初対面のクライアントに「アフガニスタンで負傷されましたね」というようなことを言って驚かすのと同じである。
ホームズの場合はそのあとに「種明かし」をするが、あれも適当に言いつくろっているだけで、実は、「わかる人にはわかる」のである。
村上春樹も軽いトランス状態に入ると、初対面の人の職業や家族構成くらいならわかると、どこかのエッセイに書いていた(だから、その程度のことを「霊能力」とか大仰に言うのはディセントではないと続く)。
実際に彼の書く物語の中には、「一見しただけでは職業がわからない人」のエピソードが何度か出てくる(「綱渡り芸人」とか、ありましたね)。
これは村上春樹自身にとって「あれ、この人、何やっている人だかわからないぞ・・・」という診断停止がわりと例外的な経験であって、だからそれが印象に残っていると考えたい。
「一見しただけでは、職業がわからない人」が村上春樹にとっては「フックする」事象なのであるくらいに、「一見したらわかる」という事実の方に私は興味がある。
こういう能力のある人は、自然に「探偵物語」に心惹かれるはずである。
だから、村上春樹も実はおそるべき炯眼の私立探偵を主人公にした長編推理小説をいつか書くんじゃないかと私は思っている(読みたいですね)。
というふうに観念奔逸してしまうので、ゲラの仕事はぜんぜん進まないのである。
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