年頭に武道について考える

2008-01-04 vendredi

1月3日。恒例の多田宏先生のところでの新年会。
例年と同じく、東京大学合気道気錬会の諸君やかなぴょん、ウッキーたちといっしょに吉祥寺の多田先生のお宅を訪れる。
先生の秘蔵のワインを頂き、先生手作りの「天狗舞雑煮」を食し、談論風発。
先生のとなりに座って、武道談義、合気道のこれからのありかたについて、お話を聴く。
中教審答申「武道の必修化」について、このところ立て続けに取材されたので、改めて先生のご意見をお聴きすることにする。
多田先生によれば、武道の競技化とその弊についての批判はつとに江戸時代から(熊沢蕃山や『天狗芸術論』でもう)始まっているそうである。
ルールが決められた場で術の巧拙を競うことと、ルールがない状況でなお最適な行動を選択することは違うことである。
どちらが正しいとかよいとかいうことでなく、「違うこと」である。
武道が涵養しようとするのは個別的な身体技法ではなく、どのような状況であっても適切なふるまいを選択して「生き延びる」能力の方であると私は理解している。
喩えて言えば、「ちゃぶ台」の上で限定的な能力を競うことと、「ちゃぶ台」をひっくり返すことの違いである。
以前、多田先生にお聴きした話を思い出した。

古武道大会の控え室で、ある流派の武道家がその家伝の術の妙であることを述べていた。やはり控えの席でそれを聴いた人が、「そちらの流派では手首をとられたときにはどう返すのですか?」と訊ねたところ、くだんの武道家はではやってみましょうと片手を差し出した。質問をした武道家はその小指をつかんでぽきりと折った。

話はこれだけである。
先生は「これは折られた方が悪い」とだけ短くコメントして、話を終えられた。
この逸話は端的に「スポーツ」と「武道」の差を表しているということが今になるとわかる。
折られた武道家は初期条件を決めておいて(それ以外に危害を加えるようなことはしないという約束の下での)効果的な身体運用の巧拙を競うことが武道だと思っていた。
折った武道家は両者を共扼するような条件がないときになお最適なふるまいをすることが武道だと思っていた。
だから、こういう状況について、べつに正解があるわけではない。
「あのね、うちではこうやるんです」と言って「はあ、そうですか。それは一つ勉強になりました。どうもありがとうございます」と穏やかな情報交換がなされて、これがきっかけで仲良くなるということだってあるだろう(現に「そういうこと」の方が多いから「こういうこと」が起きるのである)。
「いやいや他流の方にご教示するほどのものではございません。ひらにご容赦を」とにこやかに拒絶するという法もあるだろう。
「教えて差し上げてもよいが、そのためには入門を願わねばなりません」と教条主義的に対応するという手もあるだろう。
いろいろある。
どれがよいというのでもない。
相手の表情や口調や場の雰囲気など、総じて「文脈」から推して、どう応ずべきか瞬時に判断する。
自分たちがたまたま身を置いている「ちゃぶ台」の脚部の安定性やテーブルの表面積や材質を勘定に入れる習慣があれば、そうそうやすやすと小指を折られることはないはずである。
武道とは本来そのような種類の「デインジャー」に適切に対処するための術のことではないのか。
アメリカは議会に戦争経験者が減ると戦争を始めるという歴史的傾向がある。
戦争をしたことのない人間は戦争というのをコントロール可能な外交ゲームの一種だと考える傾向があるからである。
「勝ち負け」と「生き死に」は次元の違うできごとであるということを私たちはすぐに忘れてしまう。
話がだいぶ逸れてしまった。
もちろん多田先生は必修化の有効性には懐疑的であった。
仮に必修化が実施されても、柔道や剣道にしてもそれを専門的に教えられる先生がそれだけの数いない。ピアノやバイオリンをしたことのない先生を集めて短期の講習会をやって「はい、明日から生徒たちに教えなさい」というのが無理なのは誰でもわかるだろうと先生は苦笑されていた。
他の武道団体からも「どうして剣道柔道だけで、ほかの武術は必修化されないのか」という声が出ている。
武道必修化は前途多難のようである。
もう一つ、先生からたいへん愉快な企画をうかがった。
工藤くんやノブちゃんら気錬会OBの研究職や専門職の諸君とのコラボレーションで、合気道の現代的汎用性について語り合うという企画である。
「合気道を稽古したおかげで、ぼくたち仕事も研究もこんなにうまくゆきました」という本だと、なんだか新興宗教の宣伝パンフみたいであるが、これがほんとうなんだから仕方がない。
しかし、この本を「合気道であなたもサクセス」というような惹句で売ると、「サクセスする、しない」という相対的な競争そのものを揚棄するはずの合気道の本義に悖る。
うーむ、困った。
やはりここは「町田流超然の構え」でゆくしかないか。
驚いたことに(知っているのだから驚くことではないが)、多田先生は今年79歳になられるそうである。
「俺ももう80だよ」と先生は破顔一笑されていたが、ご本人も「80歳になる」ということがぴんと来ないようである。
現に私から見ても、先生のたたずまいは私が入門した32年前とあまり変わっていない。
あの頃先生はまだ40代だったのである。
それどころか、なんだか先生の動きは年々速くなっているような気さえする。
「あの〜」とそう申し上げたら、あっさり「そうなんだ」という答えが返ってきた。
年々動きが速くなって、冴えが出てきているというのは先生ご自身の実感でもあるそうである。
すごい話である。
門人一同、先生の教えを拳拳服膺して、なんとか80歳まで術技向上を目指したいものである。
多田先生、同門のみなさま、今年もどうぞよろしくご鞭撻のほど、拝してお願い申し上げます。
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