狭義の「引越」が終わる。
広義の「引越」は家探しから始まり、荷造り、もろもろの契約、搬出、搬入、掃除と整理、住民登録、電話回線、ライフラインの立ち上げ、近所へのご挨拶、転居通知の発送までの長期の作業である。
新居にはまだカーテンも入ってないし、食器棚も書棚も納品されておらず、うずたかい段ボールの山に埋もれて暮らしている。
それでもいずれ収まるべきものは収まり、それなりに生活が落ち着いてくるまでざっと3週間というところであろうか。
あら、夏休みが終わってしまう。
しかし、この引越は正解であった。
芦屋駅前はとにかく便利であったが、騒音と空気の悪さがこたえた。芦屋でいちばん交通量の多いエリアだったんだから仕方がないけど。
今度の家はまことに静かである。
車の音も、人の声もほとんど聞こえない。
聞こえるのは蝉しぐれだけである。
前回御影土山町にいたのは1996年から2001年まで。震災で芦屋山手町の山手山荘を出て、るんちゃんと一緒に御影の少し広めのマンションに移り住んだ。急坂の上で、ちょうどそのころ膝を痛めていたので、上り下りがけっこうきつかったのを覚えている。
でも、窓から大阪湾が一望できるすばらしい眺望で、海を見ながら集中的にものを書いた。
そのときの場所より1キロほど南に下がったところである。
ベランダから海と山が見える。
この家でこれからどんな生活が始まるのか、まだよくわからない。
引越のお手伝いに合気道関係者がぞろぞろとやってきて掃除を手伝ってくれる。
「立つ鳥跡を濁さず」と言うけれど、このまま撤去したのでは人間としていささか問題がある汚れ方である。
言い訳をさせていただくけれど、私はどちらかという「きれ好き」な人間である。
それがこれだけ汚い部屋にしてしまったのは、「休日がない」という日々が久しく続いたからである。
朝から晩まで机にしがみついて締め切りぎりぎりの原稿を書き飛ばしていたのであるから、風呂場の掃除とか、洗濯機の裏側のカビ落としとか、そんなところに手が回るはずもない。
パソコンのキーボードにこぼれたコーヒーさえ拭き取らずに仕事していたんだから。
谷尾さん、キヨエさん、ウッキー、ヒロスエ、谷口さん、ヤマダくんが手伝いに来てくれる。マサコ&キヨエのコンビがぐいぐいと家の中をクリーンにしてゆく。
すごい。
搬出が終わり、ロイホで昼ご飯を食べて、午後は搬入。
イワモト秘書が登場して、さくさくとパソコンを設定してゆく。
4時頃、一段落してもう疲れ果てて声もでないので、「ビールでも飲むか」ということになる。
だらだらビールを飲んでいるうちに、ドクターやゼンゾーくんたちBBQをしていた合気道の諸君が「二次会」に雪崩れ込んでくる。
マサコ&キヨエコンビはこんどは「引っ越しソバ」をぐいぐいと製作している。
数えてみたら 13 人で宴会をしていた。
みんな好き勝手に人の新居に「マーキング」をして、満足げに帰って行った。
この新居もまた第一日目から「セミ・パブリック」スペースとしての刻印を押されてしまったようである。
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(2007-08-13 08:16)