嘘でもいいから

2007-06-26 mardi

平川くんが年金問題について、クリスプで切れ味のいいコメントをつけている。
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/
この中で、平川くんはこう書いている。

「五千万件のデータ不整合と、原本の散逸といった事態の解決は、データベース的にはほとんどミッション・インポシブルなのである。
それを、一年以内で解決なんて宣言してしまう総理は、お里が知れるっていうものである。
情報処理に詳しい下々は、青くなっているだろう。」

私は総理の「お里」の来歴について平川くんとは意見をいささか異にする。
それについてひとこと述べたい。
5000万件のデータの照合は1年以内に終わらないだろう、と自民党議員以外の全員が言っている。
自民党議員とそれ以外の日本人のあいだにデータベース修復の見通しのテクニカルな評価において排中的な差異があるということはありえない。
つまり「1年以内」というのは技術的な評価ではなく、政治的な言明だということである。
もちろん総理だって、1年以内に問題が解決するはずがないことは知っている。
けれども、この場で「解決までどれくらい時間がかかるまでわかりません」と正直に告白した場合、参院選はぼろぼろの惨敗である。
参院で非改選とあわせて過半数(122)を得るためには今回の参院選で64議席の確保が必要である。うち13を公明党が維持するとして、自民党のオブリゲーションは51議席である。
これはまず無理だということは党も官邸もわかっている。
問題は「どれくらい負けられるか」である。
98年の参院選では44議席(改選前60から-13議席)という惨敗を喫して、当時の橋本龍太郎首相が責任をとって詰め腹を切らされた。
というわけで「44議席」が「詰め腹ライン」とされている。
つまり現有マイナス7議席で安倍 “短命” 内閣は終わる。
「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍首相としては、石に齧りついても総理の椅子は渡したくない。
マイナス7をせめてマイナス4くらいには抑えられれば党内からの退陣要求はなんとか押さえ込める。
安倍首相の首は(そして首相の主観的見方からすれば「日本が破滅するか再生するかの分岐」は)ここであと3席減らすかどうかにかかっている。
それなら、「1年以内に解決」くらいのブラフは誰だってかますだろう。
だって、正直に申告したら間違いなく彼の政権はあと1月保たないからだ。
嘘ひとつで政権が11ヶ月長持ちする可能性があるとき、嘘をつくことをためらう政治家がいるだろうか?
私はいないと思う。
だから、安倍首相は「5000万件のデータの処理なんか、1年以内ではできません」という技術者からの報告を受けた上で「できます」と断言しているのである。
そう私は確信している。
1年後に「やっぱりダメでした」ということになったとしても、その頃はぜんぜん別のスキャンダルで政局が大混乱しているかも知れず、仮に「あの約束はどうなった」と記憶力のよい野党議員に凄まれても、「首相の職務を全うするというかたちで粛々と責任をとりたい」というような遁辞は政治家の十八番である。
周辺のブレーンだって、これくらいの算盤がはじけないようでは官邸勤めはできまい。
それに、一国の首相であるのだから、それくらいの「ワルモノ」であるのは当然だし、そうでなければむしろ困る。
だから私は首相が堂々と嘘をついていることを倫理的に咎めようとは思わない。
有権者の仕事の一つは「政治家は堂々と嘘をつく」ということを勘定に入れた上で、その上で「で、あなたはそのような嘘をつくことで何をしようとしているのか?」と問うことであろうと思う。
首相が望んでいる「愛国心」や「道徳心」に彩られた「美しい国」はたぶん「嘘」の上にでも構築することは可能なのだろう。
なんとなく可能なような気もする。
けれども、信義や友愛は嘘の上に築くことはできない。
しかし、信義や友愛ぬきの「愛国心」や「家族愛」にいったい何の意味があるのか、私にはよくわからない。
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