息継ぎなしのGW後半戦

2007-05-07 lundi

3日、4日は恒例の美山町「山菜天ぷら」ツァー。
舞鶴道を通って、綾部から27号線、途中から脇道にそれて、由良川沿いに上流に上ってゆく。この新緑のワインディングロードを走るのは私の年来の喜びの一つである。
今年も小林さんご一家の歓待を受ける。
赤いホンダシティに妻と生まれたばかりのるんちゃんを乗せて美山町を最初に訪れてからもう四半世紀になろうとしている。
妻が去り、るんちゃんが去っても、私は一度はじめたことは原則として止めない人間なので、今年も日本酒とアンリ・シャルパンティエのお菓子をおみやげに一夕の清談のためにこの美しい里山を訪れたのである。
美味と美酒を堪能しているうちに道場の間取りや、能舞台の床材(尾州の檜がよろしいそうである)や、背景の老松を誰に描いてもらうかというような具体的な話になる。
夢は細部が具体的になればなるほど実現可能性が高まる。
そういうものである。
夢の実現にはこれこれの金額の金が必要であるというので、頭の中に「数字」を思い浮かべ、数字の増減だけにつねづね思念を集中していると、金はたまるかもしれないが、「夢」は実現されない。
夢はしばしば思いがけない「バイパス」を通って実現されるからである。
夢のことだけを考えていれば、決して「バイパス」の入り口を見逃すことはない。でも、金のことだけ考えていると、それを見逃してしまう。
幸福というのは「幸福に至る経路」をたどること自体がすでに幸福の実現であるように構造化されている。
だから、老松のデザインについて小林直人さんと相談しているときに私はすでに能舞台の仕上がりをすり足で確かめているときの身体的快楽を先取りしているのである。
この快楽はいくら「先取り」しても目減りすることがない。
ただその快楽を享受するためには、「私の夢」が実現することを信じている人が「私以外」に存在しなければならない。
夢をもつことは誰にでもできるが、夢の快楽を享受することが限定的なものに止まるのはそのためである。

快晴の里山の雑木林の中でお弁当を食べてから、小林家のみなさんに手を振って芦屋に戻る。
中国道も裏六甲ドライブウェイも大渋滞である。
私のように毎年同じ日程・同じ行程で行動する人間には経年変化が手に取るようにわかる。
道の込み方がバブル末期とよく似ている。
どうやら景気は回復しているようである。
少なくとも「景気は回復しているようだから、消費行動を抑制する必要がなくなった」と考えている人々が激増したことは間違いない。
こういうのは「気分」のものである。
なんとなく「消費気分」が横溢し始めている。
でも、経済というのは「気分」で大きく動くものであるから、これは今後しばらく続く好況の予兆と見てよろしいであろう。
とはいえ渋滞するのは個人的にはとても迷惑なことである。
トンネルに入る前に六甲山に抜けて、蘆有道路を通って芦屋に帰る。

明けて5日6日は恒例の広島県支部での多田先生の講習会。
去年から日本武道館の後援を得て、だいぶ大規模な事業になり、講習時間も倍近く長くなった。
甲南合気会・神戸女学院大学合気道部あわせて20名で参加する。
呼吸法・体捌き・体術・太刀・杖と合宿と同じくらいに集中的な稽古をする。
久しぶりに受け身を取るので、最後まで体力が保つかちょっと心配していたけれど、身体の切れはいつもよりよかった。
多田先生がこの講習会では「機」ということを集中的に指摘されていた。
これは今の私自身の技法上の悩みにまっすぐ触れるものであった。
潜在意識が身体を主宰するとき、意識と意識のあいだに瞬間の「空白」が訪れる。
それが「機」である。
「空白」というのは、自分が何を考え、何をしているのかを「私」が知らないからである。
「石火の機」と『不動智神妙録』にはある。
そのとき動きは神速となる。
「神速」というのは「とても速く動く」という意味ではなく、「通常の時間の流れとは違う流れで動く」ということである。
喩えて言えば、刀を切り下ろしたところに相手が首を差し出してくるような動きのことである。
それが「先の先」ということである。
機を利己的に用いれば、それはただの「虐殺」となる。
だから、「機の錬磨」というときに強弱勝敗を論じるということはありえないのである。
合気道の稽古で「同化」ということに軸足を稽古していると、技が柔らかくなり、機を失した動きになりかねない。
けれども機に軸足を置いて稽古すると、おそらくほとんどの人は相手を「一撃で倒す」ということばかり気にして、結果的に対立的な図式に囚われてしまうだろう。
もちろんこの葛藤にできあいのソリューションはない。
この葛藤を苦しむことそれ自体が稽古であり、その稽古を通じて、もっと複雑で手のつけようのない葛藤に遭遇するせいで、この葛藤が「前景から退く」というのが武道的なソリューションのあり方だからである。
綿のように疲れて、とりあえず広島駅で広島風お好み焼きと生ビールで打ち上げる。
みなさん、お疲れさまでした。楽しい二日間でしたね。
広島県支部のみなさんには今年もお世話になりました。ありがとうございました。また、来年もよろしくお願いいたします。
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