世間の人は何を考えているんだろう

2007-04-25 mercredi

不思議なオッファーが二つ来る。
一つは「日本文藝家協会」からの「推薦入会のお勧め」。
日本文藝家協会は「作家・劇作家・評論家・随筆家・詩人・歌人・俳人など」2500名で組織される職能団体で、言論表現の自由の確保、著作権の擁護・確立、印税等不払い取り立て、文芸美術国民健康保険組合、税対策、法律相談など物書きが遭遇するであろうさまざまな職業上の困難を集団的にヘッジしようという団体である。
これからは相互扶助・相互支援の中間共同体を充実させて、原子的孤立と行政への依存から脱却しよう、ということをこのところ論じているので、こういう職能団体が活発に活動されることはたいへん好ましいことである。
だが、どうしてまた私に。
お手紙を見たら、この協会は二名の推薦(うち一名は理事)がないと入会できないだそうであるが、私は二名の理事からの推薦を頂いたらしい。
日本の物書き稼業で関川夏央と三浦雅士ご両人に「うちのクラブに入らないか」と勧誘されて断ることのできる人間はいないであろう。
問題は私が「文藝家」という呼称にふさわしい人間であるかどうかの定義の問題である。
私は「評論家・随筆家」というあたりに分類されるのであろうが、これはどうもなじみの悪い呼称である。
いずれ大学を退職して肩書きを失ったときに、「エッセイストのウチダさん」なんて紹介されたら私はその場で悶絶するであろう。
さいわい、私の場合は所属団体が二つあるので、定年後は「多田塾甲南合気会師範」と「甲南麻雀連盟総長」と名刺に刷ることにして安心していたのだが、このような肩書きの人間を「文藝家」として遇することは果たして日本の常識に適うのであろうか。
私はいささか懐疑的である。

もう一つのオッファーは私の著作を「テレビドラマ化」する企画があるのだが・・・という某テレビ局からのお申し出である。
これにはものに動じない私も驚いた。
そのような破天荒な企画を思いつく人がいるとは思わなかった。
まことに世間は広い。
とりあえず「オッケー」の返事をしておく。
とはいえ、実現の可能性について私は懐疑的である。
テレビ画面から態度の大きなおじさんがひたすら長説教するようなドラマを見たがる視聴者が存在するとは思えぬからである。
でもないか。
彼の地には「説教王」サミュエル・L・ジャクソンの例もある。
『コーチ・カーター』ではもろに全編説教であったから、サミュエルおじさんの「説教フェチ」(私もそうだ)の観客はたまらなかったであろう。
『Snakes on a plane』(今年最高のバカ映画)でも、いちばん印象的なスティールは「電話を片手に蛇を相手に説教をかましている(ようにみえる)サミュエルおじさん」の凛々しい姿であった。
意外にこれからは「クリスプな説教をばりばり滑舌よくかますおじさん」がフォトジェニックな時代なのかもしれない(なわけないか)。
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