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ひさしぶりの週末なので

新学期が始まったので、もう忙しくて忙しくて、どうにもなりません。
ゼミが四つ同時に始まったので、そこでそれぞれのゼミの目的に応じたご挨拶をする。
2年生のゼミと3年生のゼミでは「気合い」がかなり違う。
こう申し上げては失礼だけれど、2年生のゼミ生のうちにはまだ「なんでゼミなんかやるの?ていうか、このおじさん誰?」というぽかんとした表情が散見される。
おじさんはね、諸君を諸君の知らないミステリアスな世界へといざなうメリー・ポピンズみたいな人なのだよ。
残念ながら彼のスーパーガバネスのように、鞄から帽子架けを取りだしていきなり諸君の度肝を抜くような芸当はできぬのだが、瓢箪から駒を出し、嘘から真を取り出すくらいのことは朝飯前である。
汗を拭き拭きオフィスに戻ると、次々とゼミ生や院生が論文のこと、就職のことなどで相談にやってくる。
私のカウンセリング理論は「相手が言ってほしい言葉を言ってあげる」というだけのことなので、いたってシンプルな仕事なのであるが、ときどき「自分が何を言ってほしいのかわからない」学生が来ることがある。
「私はいったい何をしたいのでしょう?」と訊かれても困る。
机の上にさまざまなところから「複製許諾」の申し込みが来ている。この時期は特に多いのだが、それにしても一日に三通というのは珍しい。
入試問題に私の著作から引用していただくことがある。
当該学校から「お礼」が来る場合と、その試験問題を複製頒布するところ(出版社や予備校)から「お金」が来る場合がある。
「お礼」はなかなかその大学の個性が伺えて結構なものである(日大からいただいた「農学部で作ったレバーペースト」は美味しかったです)。
支払通知がくると、いちおう「複製許諾ご返送申し上げます。宜しくご査収ください」という手紙を書くのだが、それにもだんだん飽きてきた。
これまでに同じ文をたぶん200回くらい書いている。
それだけの学校の入試に私の著作が利用していただいているということである。
しかし、ここだけの話であるが、この200校の入試で使われている私の著作からの引用箇所は「ほとんど同じ」なのである。
それをここで公開してしまうと、来年度からその本はもう入試問題にはご利用いただけなくなり、レバーペーストも図書券もお鳥目もいただけなくなるのが残念である。
いちばん多いのは『寝ながら学べる構造主義』と『先生はえらい』からの引用で、それに『街場の現代思想』が続く。
この三冊で95%くらいである。
傾向的に言うと、高校の先生が「おまえらな・・・」と生徒たちに長説教したい内容のことを書いた部分が(たいへん)多い。
受験生は正解をしなければならない立場上、いやでもこの「説教」を熟読玩味せねばならない。
それが一部の高校教師たちに嗜虐的な快感を与えている可能性を私は完全には払拭できないのである。
しかし、考えてみると、嗜虐的な快感をもたらすとまではゆかぬとも、先生がたの「俺にだっておまえらに言いたいことがあるんだぜ」というオンザエッヂな気分に配慮したタイプの論説文というのはあまり(ぜんぜん)存在しないというのはまぎれもない事実である。
その点で私は全国的にもレアな書き手であると申し上げてよろしいであろう。
これは私が何年か物書き仕事をしてきて学んだことであるが、物書きは本質的には「ニッチ・ビジネス」である。
つまり、「私の代弁者がどこにもいない」という不充足感にイラついている読者たちをコアなクライアントに標定する、ということである。
私がものを書き始めたのは「読みたい雑誌がない」ということが大きな理由であった。
しかたがないので、自分で書いたエッセイを自分に読ませていたのである。
よく、「どうしてあんなにたくさん本を書くんですか?」と訊かれるが、むろん自分で読むためである。
というのは、私の書いたものは私の気分を代弁してくれる確率がそれ以外の文章の場合よりも高いからである。
ことほどさように人は誰かに「自分の気持ちを代弁してほしい」と欲望しているのである。
「私の代弁者がどこにもいない」という不満は集団のサイズとは関係がない。巨大な集団でありながら、「どのメディアも、どの書き手も、私の気分を代弁してくれない」という不満を託つということはある。
というか、日本の社会集団のほとんどは(小学生から老人まで)「自分の気持ちを代弁しているメディアは存在しない」と思っているのではないであろうか。

土曜日は合気道のお稽古のあと「例会」。
ひさしぶりにゑぴす屋さんを除く連盟創設メンバー(総長、だんじりエディター、老師、ドクター)が勢揃いした。
それにミラノ帰りの画伯、ラガーマン、髪を切った牧師、ホリノ社長、神戸麻雀ガール、弱雀小僧、かんちきくん。ドクターの幼稚園時代からのお友だちのモリタくんも参戦して、またも3卓。
今回はひさしぶりの『総長麻雀』で4戦2勝、勝率を0.269に戻した。勝率は7位、勝ち点は4位、勝ち数のみ1位。
かんちきくんがエクセルを駆使して、いろいろなタイプの戦績をつけてくれたが、興味深いのは「上位率」(1位2位のどちらかにはいった確率)。
私の「上位率」は0.654。
26半荘のうち一位が7回、二位が10回。
つまり、私は半荘3回に2回は南場終盤までトップを競り合う展開持ち込んでいたということである。
東場で大崩れして、以後大物狙いの暴牌乱打ということを私は決してしない。
東場はあくまで抑えて、25000-30000点あたりをキープして、南場で一気に勝負をかける。
南三局、四局あたりのガチンコ乱打戦になると勝つか負けるかの分岐はもはや技量ではなく、すべては自摸次第、「雀神さま」任せである。
私が二位になった10回のうち少なくとも5回は一枚の自摸牌が勝敗の分かれ目となった展開であった。
この5回を制していれば、勝率は5割に近くなったのである。
今期雀神さまはいささか私に冷たいが、それでも私は神がいつか私に微笑む日がくることを信じているのである。

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2007年04月15日 12:31 に投稿されたエントリーのページです。

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