さよならギャングたち

2007-03-18 dimanche

久しぶりに芦屋で合気道のお稽古をする。
たくさん来ていて70畳の道場が狭いほどである。
毎年この時期は「返し技」のお稽古をすることにしている。
四月になると新入生が入ってくるので、基本からチェック。
年度末の今頃は少し込み入ったことをやる。
実際にやるとわかるけれど、「少し込み入ったこと」の方が実践的にはずっと簡単なのである。
どなたでもおわかりになるであろうが、単純な動きというのは意外に扱いにくいのである。
無意味な動きはもっと扱いにくい。
初心者は自分が何をやっているのかよくわからないので、身体をがちがちに固めて、「ふつう人間はそんな動きはしない」というようなブキミな動きをする。
このような人に技をかけるのはたいへんむずかしい。
ある程度段階が進んでくると「理にかなった動き」をするようになる。
自分の可動域や自由度を確保しつつ、相手の死角に回り込むような動きがどういうものかわかってくる。
武道の「型」はこのような「理にかなった動き」(つまり武道的な意味で「厳しい」動き)に基づいてつくられている。
そして、相手が厳しく速く理に則って動けば動くほど「返し技」はきれいにかかる。
武道というのは「相手の身体能力が高ければ高いほど、こちらの動きが冴える」という逆説的な体系だからである。
これが素人にはよく理解できないようである。
ふつうの「強弱勝敗」ゲームでは、できるだけ相手が弱く、身体能力が低く、身体感度が悪い方が術者は大きな利益を得ることができる。
その方が「勝つ」確率が高いからである。
勝利を求める人間は、相手がつねに自分より弱いことを願うようになる。
つまり勝利を求めるとは、最終的には地球上のすべての人間が自分より弱く、脆く、愚鈍であることを理想とするということである。
自分以外の人間がすべて「自分より弱い敵」であるような社会の実現を究極の目的とする生き方はあまり楽しいものにはなりそうもない。
仮にそのような社会が実現したら(しないが)、私は退屈のあまり即死してしまうであろう。
だから、武道では「強弱勝敗を論ぜず」とされるのである。
いつも言っていることだが、それは楽器の演奏に似ている。
レスポンスのよい、キータッチのよい楽器はそうでない楽器よりはるかに扱いやすい。
わずかな入力で切れ味のよいニュアンスに富んだ反応を返してくれるからである。
自分が質の高い身体を相手にしているときに、そうでない場合よりもおおくの利益を得ることができるように武道は体系化されている。
だから武道の稽古は相手を倒し、破壊し、弱めることではなく、相手の身体能力を高め、身体感度を上げ、強くしなやかな動きができることを希求するのである。
「返し技」はそのことを自得してもらうためのエクササイズである。
「返し技」では通常の型稽古とは逆に、「取り」が攻撃を仕掛け、「受け」が応じ(通常の型稽古の場合はこの「応じる」段階で型が終わる)、その「応じた動き」に「取り」がさらに「応じて」型が終わる。
つまりふつうの型だと「フィニッシュ」となる動きをさらに返して「フィニッシュ」を決めるのである。
ちょっとだけ手順が複雑になる。
だが、これができると、術者はふと重大な事実に気づく。
それは「型稽古には実はフィニッシュがない」ということである。
だって、「返し技」が成立するということは、「返し技の返し技」だってありうるということだからである。
もちろん「返し技の返し技の返し技」もありうる。
つまり、武道の動きは「エンドレス」なのである。
これを限界まで拡大すると、私たちは常住坐臥、ご飯を食べているときも、寝ているときも、お風呂にはいっているときも、新聞を読んでいるときも、「返し技の返し技の返し技の・・・」無限に続く返し技のシークェンスの「どこか」にいるということになる。
「修行に終わりなし」と植芝先生はおっしゃった。
それは「この先も長く続く」ということだけではなく、「今この瞬間も(私の場合ならキーボードを打ちながら)修行している」ということなのである。

お稽古のあと着物に着替えてリッツカールトンへ。
総合文化学科の謝恩会である。
袴をつけて、守さんのところで購入した「高利貸しコート」をはおり、comme des garçons「高利貸しバッグ」を手にしてぽくぽく歩いてゆく。
着物を着ている男性というのはほんとうに少ない。
気分のよいものなのであるけどね。
学生諸君は8割ほどが振り袖である。
先方だって、朝から髪を結って、着付けをして、昼飯も抜いて、ぎうぎうに締め上げているのであるから、こちらも多少は気合いの入った格好をしてあげないと気の毒である。
卒業生諸君とぱちぱち写真を撮る。
デジカメ時代になったせいで、むかしに比べると写真の撮り方(というか撮られ方)がはんぱでない。
謝恩会の間のほとんどの時間パシャパシャとフラッシュを浴びている。
乾杯とご歓談とビンゴと写真であっというまの2時間が終わる。
ハービスエントに移動してゼミの二次会。
浅井くんが「たつるとゆかいななかまたち」と題するアルバムを贈ってくれる。
爆笑キャプション付きのみんなの写真と寄せ書きが添えてある。
ほろり。
卒業祝いの品は巨大すぎて持ち運びできないので、明朝自宅に宅急便で届きますといわれる。
まさかまた「ぬいぐるみ」じゃないでしょうね・・・
大笑いしているうちにまた2時間。
底抜けに愉快なこのゼミ生たちとももうお別れである。
みんな元気に活躍してください。
いつでも遊びにおいで。
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